第16話 旅立ち
「ナハトさん、また遊びに来てくださいね!」
「またいつでも雇ってやるから、冒険者失敗しても気にすんなよ!」
「ゴドおじさん、何てこと言うのよ!」
「ふふふっ、お二人とも、ありがとうございます」
わざわざ村の入り口まで送りに来てくれた2人に礼を言う。ヴァロとは今朝彼が仕事に出かける時に挨拶をしたので、今ここにはいない。エルゼルとゴドは、ヴァロの分もとでも言うように明るく振る舞う。
「本当にお世話になりました。お二人ともお元気で」
頭を下げると、エルゼルがギュッとナハトの両手を握った。
「また絶対、遊びに来てくださいね…!ドラちゃんも、また遊んでね」
「ギュー!」
ドラコが撫でてくれたその手をぺろりと舐めると、エルゼルは泣きながら微笑んだ、
その涙にまた少しの寂しさと嬉しさを感じながら、ナハトは村を後にした。2人はナハトの姿が見えなくなるまで、手を振り続けてくれた。
隣町カントゥラまでは、彼らの足で1日と聞いた。彼らの足で1日ならば、ナハトの足ではもう少しかかるだろう。気持ち早足で道を歩いていくと、同じ町へ向かうのだろう、急足の荷馬車に何度も追い抜いていかれた。
そうして道場半ばに差し掛かった頃、突然聞き覚えのある声がした。
「ナハト!!」
足を止めて振り返ると、そこには予想した通りの人物がいた。余程急いで来たのか、汗だくで荒い息を必死に整えている。
「ヴァロくんじゃないか。いったいどうしたんだい?」
問いかけると、ヴァロは意を決したように拳を握って叫んだ。
「俺も一緒に行く!」
「いや、遠慮するよ」
間髪入れずにそう答えると、ヴァロは一瞬何を言われたか分からなかったようだ。
困惑した顔で、かろうじて「なんで?」と言葉を口にする。
「何故って…私と一緒にいて、君には何のメリットもないだろう?ある程度の常識は身につけたし、少ないが金銭もある。冒険者登録も出来たから、身分証明書もある。だから君に助力を乞わなくとも、もう大丈夫なのだよ」
「いや…でも…。お、俺!町のこと詳しいよ!何より事情を知ってるし、助けにだって…!」
「町について詳しいのは魅力的だけれど、君の助けになることはもうないよ。私はこれから冒険者として、依頼をこなしながら、各地をまわるつもりだ。そうなれば、あの町に詳しいだけの君は私と同じになるし、冒険者なのだから暴力は避けられない」
「だけど…なら!俺も戦えるように…!」
「やめた方がいい」
キッパリと言い切ると、耳も尻尾も垂れていく。彼には暴力は向いていない。そんな無理をすれば、心を壊してしまうだろう。
「そんな理由で、君は拳をふるってはいけない。言っただろう?心を壊してしまうと」
「なら、なら!俺壁になるよ!ナハトを守る。ナハトが傷つかないように守るから…!」
ナハトは首を横に振る。
「君が傷付かずとも、私は自分を守れる。それだけの理由で一緒に行きたいというなら、後々君は後悔する。ヴァロくん、君は、私にそんな物を背負わせたいのかい?」
ヴァロは口を開けて、閉じた。確かにその通りだった。ナハトは自分がいた村の事、そこにいた人達のことを知りたい、探したいと言っていた。身分証の獲得の為でもあったが、1番はそれを効率的に行うため、冒険者登録をしたはずだ。
冒険者と暴力は切り離せない。荒事に駆り出されるのは冒険者で、荒事には不可思議な情報が集まる。そうしたら、何も出来ないヴァロは邪魔になる。
「…君は、何故私について行きたいんだい?」
ぐるぐる考えている最中、そう問いかけられた。いつの間にか俯いていた視線を上げると、ナハトがこちらを見ていた。
その眼は見たことがあった。あの日、ヴァロに痛めつけられて帰り、ナハトに当たり散らした日に見た眼だ。あの時ヴァロに、何がしたいのか、どうして欲しいのかを問うた眼だ。
ヴァロは真っ直ぐその目を見返し、口を開いた。もう恥も外聞も関係ない。
「俺はナハトと一緒にいたい!」
ヴァロの言葉に、一瞬でナハトがぽかんとする。同時にドラコが不満そうに鳴いて、慌てて言葉を訂正した。
「俺は、ナハトとドラコと一緒にいたい!2人と一緒に暮らして、凄く楽しかったんだ。稽古つけてもらった時も本当に楽しくて、ナハトがヨルンにやられた時も、守れたかもしれないと思った!ナハトとドラコがいないと俺は寂しい!ナハトたちを守れるなら俺は後悔しない!壁にでも何にでもなるから、俺も連れてって!」
言い切った。そしてとても恥ずかしい。
だけれど全部言ってスッキリした。どうだとばかりにのけ反ると、ナハトが片手で顔を覆った。そのまま肩が震えだす。
「な、ナハト…?」
「ふふっ…くっ、あっ、あはははははっ!」
「えっ…?」
大きな口を開けて、ナハトが笑い出した。お腹を抱えて苦しそうに爆笑している。
何故そんなに笑われたのか分からず混乱していると、一頻り笑った後に顔を上げた。笑いすぎて涙が出ている。
「そうか、君は寂しくて、私たちのことが大好きなんだな。そうかそうか、なるほどな」
改めて言われるととても恥ずかしい。自然と耳と尻尾が下がる。
「そんな顔をするんじゃない、23歳。そこまで熱烈に口説かれるとは思わなかったから、不意をつかれて笑ってしまっただけだよ。わかった。そこまで言われてNOと言うのは私の方が野暮だな」
「…それじゃぁ…」
ナハトはヴァロを振り返って手を出した。
「あぁ。一緒に行こうか、ヴァロくん」
「…うん!」
差し出された手を握ると、ナハトは笑って走り出した。慌てて荷物を持って追いかける。
「さぁ急ぐぞヴァロくん。エルゼルさんに言われたから走らずにいたが、このままでは町に着くのは夜中なってしまう」
「…えっ、エルゼルにって…ええっ!?」
ナハトは最初からヴァロがあって来ることを知っていたと言うことだ。振り返って笑う顔はとても意地の悪い顔をしている。
「君がいつまでももじもじしてはっきりしないのが悪い」
「ギュー!」
「ほら、ドラコもそう言ってるじゃないか」
「…ああもう!わかったよ!」
ヴァロも走り出した。すぐに追いつくと、後ろからナハトとドラコを掬い上げる。
「ヴァロくん!?」
「ナハトは足が遅いから、頼りになる俺が連れて行ってあげるよ」
「…言うじゃないか。ならば、存分に役に立ってもらおう。走れ!」
「うん!」
「ギュー!」
道に笑い声がこだました。
楽しそうなその声は、町へ向かって続いていった。
次話から2章開始です。




