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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第四章
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第52話 戻るために

 ピリエと別れ、ナハトらは大通りにある商業ギルドの近くの宿をとった。ピリエと別れたあの場にいた者たちの中に悪意のある者はいないようであったが、それでも念には念を入れておいた方がいい。夜でも人通りの多い場所の宿ならば、万が一襲われたとしても逃げようはある。

 屋台で適当に食事を買い、部屋へ入る。場所が場所だけに少々うるさいが中は値段の割にいい部屋で、ベッドもソファもそう悪くない。ナハトがカーテンを閉めてまわっていると、コルビアスがソファに座って口を開いた。


「ナハト、これからどうするつもりなんだ?」


 ピリエは両親のもとへ帰した。ならば次はナハトとコルビアスが戻る番だ。

 当初の目的であればコルビアスの学友のもとを訪ね助けを乞う予定であったが、一座と共にアスカレトへ向かっている間に学院の季節が巡ってきてしまった。学生は早ければ1か月前には首都ビスティアへ移動している。コルビアスの学友は皆伯爵以上であるため、学友に直接助力を乞うことは出来なくなってしまった。


「僕が考え付くほかの案は…おそらく無理だろうが、アスカレト公爵へ助力を乞う事。それか、このまま旅を続けてビスティアへ向かうかだ。だけど、僕にはここからビスティアへどれほどの時間とお金がかかるのかわからないし…何よりナハトは手配されている。現状、旅はあまり望ましくないだろう」

「……そうですね」


 ナハトは頷く。そのナハトの目をまっすぐ見て、コルビアスは口を開いた。


「なのにナハトには焦った様子もない。という事は、まだ何かほかに方法があのだろう?どうするつもりなのか、教えてほしい」


 コルビアスは、本当ならずっと前から聞きたかった。一番有力であった”学友を訪ねるという”ことが出来なくなってしまった時点で不安でしょうがなかった。

 だがそれを堪えて今の今まで聞かなかったのは、ナハトがずっと悩んでいるようだったからだ。今回コルビアスは巻き込まれた側だが、これまで散々ナハトには無理をさせてしまっている。巻き込まれたとはいえ、命がけで守ってもらってもいる。そんな状態で、これ以上何かに悩んでいるナハトの負担になるようなことはしたくなかったのだ。

 コルビアスの言葉に、ナハトは自身の右手に視線を向ける。それを目で追って―――気が付いた。


(「そういえば…何故ナハトは”あのような細工の指輪”を持っているのだろう」)


 宝石や魔石のついたものは攫われた時に全て取られてしまったはずだ。コルビアスの視線に気づいたナハトは、一度目を閉じて口を開いた。


「この指輪は少々特別でして…魔力のない者には見えないのですよ」

「見えない?何故そんな物を…」

「それよりビスティアへ戻る方法ですが…戻る方法はございます。この方法であれば、確実にシトレンたちと連絡がつくでしょう」


 ナハトの言葉にコルビアスは腰を浮かせた。そんな確実な方法があるなら最初からそれを教えてくれれば良かったのにとそう思うが、コルビアスが口を開く前にナハトは続ける。


「ですがその前に一つお尋ねします。コルビアス様は、戻られてどうするおつもりですか?」


 コルではなく”コルビアス”と呼ばれて問われたことに、こくりと息を呑む。


「死亡説が流れているという事は、首都ではどういう話がなされているかお分かりになるでしょう。そのうえで戻って、あなた様はどうされるおつもりですか?」


 ナハトはコルビアスの誘拐犯にされ、コルビアスは死亡説が囁かれている。それはつまりナハトが狩猟大会の場で劣等種を手引きし、コルビアスを攫い、殺したと言っている者が捜索に当たっている者の中にいるという事だ。そしてその者ははっきりしないコルビアスの行方に死亡説を持ち出すほど、コルビアスの死を望んでいる。

 王族の誘拐ともなれば中心になって動くのは同じ王族だ。狩猟大会で国王であるウィラードの出席がなかった事から、今回捜査にあたっているのは第一王子のリステアードか第二王子のニフィリムのはず―――。

 王子二人の身近にいるものか、もしくはどちらかの王子かはたまた両方か。そこに、今回の事を仕組んだ犯人がいる。


「…コルビアス様。あなたは劣等種に捕まった牢の中で、私がリステアード様のお名前を出した時に強く否定されましたね」

「…うん」

「今でも同じ気持ちですか?」


 コルビアスは少しして―――小さく首を横に振った。

 牢の中でナハトに問われたとき、コルビアスはバレットとリステアードについて思い出したことがあった。それは幼い頃、まだバレットがリステアードの派閥にいた頃の事だ。バレットはリステアードの腹心とも言われる存在で、リステアードの傍らにはいつも彼の姿があった。それがいつからか見なくなり、気が付いた時には”不興を買って追い出された”とそう噂されるようになったのだ。

 不興の内容は語られることはなかったが、リステアードはそもそも”穏やか”と称される人物で、その理由として挙げられるのが彼に処分された貴族がいない事であった。口頭での注意はあっても、彼が直接手を下した貴族はいない。それが王族としては甘すぎると言われていたのだ。

 そのリステアードの不興を買い、追い出されたというバレット・アヴォーチカ。当時王族に認められようと躍起になって周囲を探っていたコルビアスには、バレットはそれはそれは怪しい人物として映っていた。


(「…もし、アヴォーチカ伯爵がまだリステアード兄様の腹心であったなら…」)


 そう考えると様々なことが腑に落ちてしまった。過去コルビアスに危害を加えてきたのは、何もニフィリムだけではないのだ。他にもコルビアスの外見を気に入らない貴族や、”犯人が分からない”ものだってある。


「…今は、違う」


 それらを見ないふりをして、コルビアスは自身の命を買うためにリステアードの下についた。表立って何かされたわけではないし、リステアードがコルビアスを害そうとしたという証拠がないからそうやって行動した。兄弟であると、リステアードだけはそう思ってくれているのだという思いに縋りたかった。

 だが今は、それが間違いであったとわかる。


「全部かどうかは分からないけど…少なくとも劣等種とリステアード兄様に何かしらの関係があるのは確かだ。兄様が本当に僕を排除したいのであれば、城へ戻ったら今度は直接的に何かしてくる可能性もあると思う」

「では、どうされますか?」


 もしすべてを裏で操っているのがリステアードであるなら、戻ったとしても安全でいられる保証はない。様々なことが中途半端で、リステアードが本当は何をしたかったのかも今は分からない。全てをはっきりとさせるためにも、コルビアスは必ず城へ戻って確固たる自分の地位を築く必要がある。

 コルビアスはナハトを見て口を開いた。


「ナハト、僕は城へ戻ったら王位を目指すことを父上に…国王陛下へお伝えする。味方を増やし、保留になっている様々な件の再調査を行う」

「…どうやって?」

「クローベルグ侯爵に助力を乞い、そこから味方を増やせるよう交渉するつもりだ。もちろん、ナハトとヴァロは自由にしていい。だけど、ナハトの手配については時間がかかると思う。だからその時間を僕にくれないだろうか。…もう絶対に、勝手をしない事は約束するから」


 強い瞳で見つめられ、ナハトは息を吐いた。団長とどんな話をしていたのかナハトは知る由もなかったが、コルビアスは己の周囲にいる者達に関する無頓着を反省し、考えて―――そう口にした。

 以前と違う様子にコルビアスの覚悟を見て、ナハトもどうするかを決めた。


「…わかりました。では、ここからどうするかご説明させていただきます」


 ナハトが戻る方法として”それ”を候補に入れたのはアスカレトに着く少し前だった。コルビアスとピリエと共にテント内で仕事をしていた時、指輪が光ったのだ。ビルケからもらったあの指輪が。

 その時ナハトはダンジョン内を横断してノジェスへ向かい、フレスカに助力を乞う方法を思いついた。フレスカは王族と関係があるわけではなく、コルビアス個人と関係がある。ナハトの事も知っているし、何よりコルビアスと面識がある彼ならばコルビアスの顔が分からないという事はない。


「確かにフレスカであれば僕の事を知っている。彼は良識ある人間だから、ナハトの手配の事を知っていてもそれを王家に通報するような人間ではないと思う。だけど…ダンジョン内を横断…?そんな事が可能なのか?」

「可能です。ですが、ダンジョン内は魔物が蔓延り、そこにいるだけで危険を伴うような場所です。…万が一、命を落とすこともあるかもしれません。その覚悟はよろしいですか?」


 ナハトの問いに、すぐさまコルビアスは頷く。


「無論だ。まかせる」


 コルビアスの言葉に、ナハトは頷いて微笑んだ。




 その日は体を休め、翌日は朝から動きだした。

 カティに頼んでいた荷物はダンジョンを横断することも想定していたので、必要なのは主に火と水の魔石だ。最低でもこれがないとダンジョン内で過ごすことは出来ない。その他には防寒具も買う。ノジェスほど防寒具は豊富でも安くもないが、なければノジェスでは過ごせない。荷物になるが、これも最低限必要なものだ。

 必要なものを買い揃えると、その次は運送ギルドへ向かった。運送ギルドは荷物や手紙などを町から町へ、町から村へと安全に運ぶことを生業としている。それは主にカウムやスーリオを使用して行われるが、それ以外にも大金を払えば手紙や物専用の転移の魔方陣で該当の町のギルドへ送ってもくれるのだ。送られたそれらは送り先のギルドから届け先まで持って行ってくれる。


「何を送るんだ?」


 ギルドで周囲を警戒しながら手紙の手続きをしていると、コルビアスが手元を覗き込みながらそう聞いてきた。ギルドに来たことなどないから目新しいのか、きょろきょろしながらあれこれと質問を繰り返す。


「手紙です。あちらにも準備があるでしょうから」

「…なるほど」


 瞳を少しでも隠すための帽子を引きながらそう言うと、コルビアスは気が付いたように鍔に手を当てる。

 その横でナハトは受付に手紙を渡し、代金を払った。転移の魔方陣を使う手紙の郵送は1枚につき小金貨1枚。団長からもらった銀貨は必要物資の購入でとっくに消えてしまった。魔石を買うのにもう1つの金貨は使ってしましまったし、耳飾りを売っていなければ用意できなかった物は多かっただろう。この手紙だって送れなかったはずだ。

 随分軽くなった財布を覗き込んで、ナハトはそっと耳に手を当てる。


「これで受け付けは終了です。何か質問はございますか?」

「いいえ。よろしくお願いします」


 受付にそう言ってギルドを出た。これで本日中にフレスカのもとへ手紙が届くはずだ。あとはあちらが対応してくれるのを願って数日をここで過ごし、ダンジョンへ向かうつもりである。

 そのまま宿で2日を過ごし、夜になって宿を出た。この時間に宿を出るのは怪しまれたがそれはもう今更である。


「これを着てください」


 服の上から冒険者が良く着るフード付きのマントを着て、冒険者や町人に紛れてダンジョンの巨木へ向かう。大通りを進み、冒険者が増えてきたところで道を変えて民家の間の細い道を走った。このまま巨木を囲う壁の近くまでできる限り進む。

 だが順調だったのはそこまでだった。アスカレトのダンジョンの外壁の周囲は広場になっていて、隣接する飲食店の机や椅子が並べられていたのだ。ダンジョンに潜る冒険者は昼夜問わずいる。その為夜中まで待っても人が一定以上減る事はなかった。

 このままここで待っていても、人の波が引くことはないだろう。明るくなれば余計に人が増えかねない。コルビアスも待ちくたびれて少々眠そうだ。


(「煙幕で誤魔化して乗り込むか…?いや、そんな事をして駆け抜ければ、気配に敏感な冒険者たちに敵と間違われかねない」)


 せめて視線を道の方へ向ける事が出来れば―――。

 そう思った時、突然音楽が聞こえだした。響く楽器の音に視線がそちらへ向く。


「なんだ、なんだ?」

「どうした?」


 ナハトとコルビアスも覗き込むようにそちらを窺うと、カティやリズベルら一座の者達が楽器と芸、踊りを見せながら通りを練り歩いていた。艶やかで華やかな彼女たちに、周囲の視線がそちらに集中する。


「我らは曲芸師の一座、ファルファーレ!これより特別講演を行います!」

「東門前の広場で行いますので、皆さんぜひいらしてくださいね!」


 その中で一際声を張り上げながら演目に使う高い棒に車輪がついた物の上で、カティがくるくる踊っていた。その下ではリズベルとフィリーも息の合った芸を見せていて、見ている観衆から声が上がる。

 その時、カティの視線がこちらへ向いた。可愛らしくウインクをした彼女は、踊りながら道の先を指す。


(「どうやら、どこかで話を聞かれていたようだな…」)


 それに薄く笑いを浮かべて、ナハトはコルビアスの手を取った。


「行きますよ。何も考えず、私の背中を見てついてきてください」

「えっ…?だ、大丈夫なのか?」


 コルビアスの問いに頷いて、ナハトは物陰から広場へ歩き出した。

 冒険者の視線も、町人の視線も、漏れなく一座の者達へ向けられている。広場の前で止まった彼らは、サービスとばかりに楽器の音量を上げた。それに紛れて歩みを進め、木の裏の壁まで来るとすぐさまコルビアスを抱え上げた。


「わっ!?」

「私がいいというまで目と口は閉じていてください」


 返事の代わりに頷くのを確認して、ナハトは指の腹を切った。ダンジョンの巨木―――世界樹は、木自体が魔力を帯びている。なのでここで魔力を使えば木に紛れて分からないはずだ。

 地面から蔦を生やし、そのまま一気に壁を上る。上まで到達すると、ナハトはコルビアスに目と口は閉じたままでいるよう再度告げて壁の中の様子を窺った。


(「4人か…」)


 おそらく彼らが当番の冒険者なのだろう。それ以外に気配はなく、冒険者がダンジョンから出てくるときの魔力の揺らぎも感じない。行動に移すなら今だ。

 ナハトは壁伝いに魔力を流すと、彼らの死角になる場所にタロムの花を複数咲かせた。そうしてそれにどんどん魔力を流していくと、花が震えて花粉が周囲に飛び出した。

 タロムの花はその花粉に強い催眠の効果がある。そしてその花粉は、強力な眠りの効果を持ったまま花が枯れる瞬間周囲に飛び散る性質を持つのだ。

 案の定、ものの数分で冒険者たちは眠りについた。ばたばたと4人分の倒れる音が聞こえるのを待って、コルビアスの口元に布を当てる。


「もう目を開けていいです。ですが、入るまでは呼吸はこの布を口に当てた状態でしてください」

「わかったけど…しないとどうなるんだ?」

「3日は寝たまま起きません」

「……わかった」


 ナハトも口布を当てて、またコルビアスを抱えて一気に壁を降りた。念のため冒険者たちの様子を窺うが、怪我などはなさそうである。


「行きますよ」


 ナハトはベルトの魔道具を起動してコルビアスの手を取った。

 異変を察したのか、ギルドから職員が駆けてくる。恐々頷いたコルビアスの手を引いて、ナハトらはダンジョンの虹色の膜の中へ飛び込んだ。













一座の名前はファルファーレです。

設定としてはあったのにずっとお話に盛り込めていませんでした…

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