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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第四章
153/189

見つかった痕跡

だまし討ちの1話前の話の続きです。

番外編の続きという形です。

本編はまた次話から始まります。

 ヴァロとロザロナ、シンとリーベフェルトはニグルのもと捜査を続けていた。ニグルは動けるのはこの4人だけと言っていたが、実際に捜査を開始してみると、想像以上に動ける時間と人員には限りがあることが分かった。

 マシェル騎士団は貴族と平民に分けられ、貴族はガイゼンの指揮下に入って近衛騎士団と共に捜査にあたり、ニグルのもとに残された平民の騎士はニグルと共に町の警備に当たっている。ガイゼンの目に入る前に戸籍を”平民”と書き換えられたロザロナとシンも無事にニグルの指揮下へ入ったが、いくらマシェル騎士団は平民の貴族も多いといってもそれは他の騎士団に比べてだ。平民の騎士はマシェル騎士団の全体数でみると貴族の騎士の半数ほどのため、普段行っている町の警備の任務をこの人数でこなすのにはかなりの無理があったのだ。

 怪しまれないで捜査にあたるためには、普段の警備任務を行いつつ捜査にあたらなければならない。4人だけではその時間を取るのも難しく、更にヴァロは誰かと共に行動することが義務付けられているため余計に行動が制限されてしまっていた。


(「くそっ…!ただでさえ時間がないっていうのに…!」)


 マシェル騎士団の制服に身を包んだヴァロは町の哨戒にあたりながら奥歯を噛みしめた。時間の経過は早いのに動ける時間は短い。外へ出れるようになってから4日も経っているのに、まだ一度も捜索に出れていなかった。


「焦らないでください。今日は出てきている騎士も多いですから、外へ出る余裕があるかもしれません」

「はい…」


 今日一緒にまわっているリーベフェルトがそう声をかけてくれるが、焦りは募る一方だった。

 夕方になってやっと時間が取れた。夜のうちに戻ってこなければいけないという事も考えて今日は燃えた小屋周辺の捜索を行おうという話になったが―――。


「スーリオに乗れないのですか?」


 目的の小屋は馬車で数時間かかる場所だ。スーリオをとばせばそこまでかかる距離ではないが、乗れないのでは行くだけで深夜になってしまう。事前に確認をとっていない事を悔やむリーベフェルトだったが、そんな彼をおいてヴァロは軽く体をほぐすと堂々と言い放った。


「俺は走ります」

「無理だ!仮にスーリオと並走して走れたとして、体力が持つとは思えない」

「大丈夫です」

「だが…!」


 リーベフェルトは食い下がるが、ヴァロはここでこうして話している時間の方が無駄に思えてならない。やっと探しに行けるというのに、こんなところで時間をとっている暇はないのだ。

 ヴァロは小屋があった付近の地理を思い出すと、ぐっと足に力を込めた。


「走りますからついてきてください」

「…!?」


 リーベフェルトが何か言う前に、ヴァロはそのまま走り出した。




 予定よりも早い時間で現場に到着し、ヴァロは流れ落ちる汗をぬぐう。体力と足には自信があったが、それでもこの距離を走りきるには少々きついものがあった。それでもやっと実際に目にすることが出来た現場に、逸る気持ちを抑えきれない。


「早すぎます!私と離れたら外出できなくなる事をお忘れですか!?」

「す、すみません…」


 少し遅れてきたリーベフェルトに叱られ、ヴァロは素直に頭を下げた。確かに少し飛ばし過ぎてしまったようで、リーベフェルトの乗るスーリオの息が完全に上がってしまっている。可哀想な事をしてしまった。


「とにかく、私から離れ過ぎないようにしてください。何かあった時に言い訳が立たなくなってしまいます」

「気を付けます」


 スーリオを近くにつないだリーベフェルトと共に、現場の小屋の燃えあとへと近づく。そこは元々は背の高い草が生い茂る小さな広場のようになっていたのだろうが、今は小屋があった場所を中心に真っ黒に焦げた板や草、焦げた土とで酷い臭いがしていた。

 小屋から少し離れた場所は背の高い草だらけで、人が通った形跡は新しいものばかり。おそらく近衛騎士団の捜索の跡だろう。


「これが転移の魔法陣があったであろう場所ですか…何も残っていませんね」


 リーベフェルトがそう言って床の上の燃えカスを退かした。どれもこれも炭化していて、報告書にあった通り手掛かりになりそうなものはなにも見当たらない。というか、探すほど物がないのだ。燃えカスばかりで何も役に立ちそうにない。


(「確かに何もないけど…ナハトがもしここを通っていたなら絶対に何か残そうとするはずだ」)


 意識がなかったという事もなくはないだろうが、馬車のような揺れにさらされれば目を覚ましている可能性の方が高い。であれば、ナハトは抵抗したはず。それが出来なかったなら何か手掛かりを残そうとするはずだ。

 小屋の燃え跡を見るリーベフェルトから少し離れ、ヴァロは近場の木の上へ上る。そうすると地面にいた時は分からなかった、ナハトとコルビアスが乗せられていたであろうから馬車から小屋への通り道が見えた。


「どうしましたか?」

「少し離れていてください。においが混ざります」

「はっ?におい?」


 地面に降りると僅かに草が倒れたその道に沿って膝をつき、鼻を地面へ向けた。獣のようだと昔はよく怒られたが、ヴァロの鼻の良さは折り紙付きだ。他の者が分からなくともわかることがあるかもしれない。

 しかしそうしてみても何も見つけることが出来なかった。ナハトならば血の臭いくらい付けてくれていたかもしれないが、攫われてからもう半月近く経ってしまっている。僅かな血痕ではとうに洗い流されてしまっているはずだ。


「…残念ですが、報告通りここには何もないようです。日も暮れましたし、そろそろ帰らないと」

「すみません。もう少しだけ時間をください」

「だが…」

「もう少しだけでいいんです」


 渋い顔をするリーベフェルトに頼み込んでほんの少しの猶予をもらった。猶予はもらえたが時間がないのは事実だ。少ない時間であと出来るとは―――においでわからないのなら、残された手段は”しらみつぶし”しかない。

 ヴァロはナハトらが歩いたであろう場所の草を、根元の土から掘り返しだした。服が汚れると止めるリーベフェルトの声も聞かず、轍から小屋跡までどんどん掘り返していく。

 そうして周辺を草の根本から探すが、やはり何も見つからない。


「いい加減にしろ!また軟禁されてもいいのか!?」

「わかってます!だけどもう少しだけ…!」


 そうして焦げた土の地面をいくらか掘り返した時、焦げて張り付いた草の下に何か光るものが見えた気がした。腕を掴むリーベフェルトを振り切って草を退けると―――そこから見覚えのある指輪とボタンが現れた。


「それは…!?」

「ナハトの指輪と、コルビアス様の服のボタンです」


 これはナハトが左右の指に嵌めていた指輪の一つだ。いつでも傷を作れるよう小さな刃物がついている。それと共にあったボタンは、狩猟大会の日にコルビアスが来ていた上着の物だ。


「この2つが共にあったという事は…」

「はい。な…レオは、コルビアス様と共に攫われて、それを知らせるためにここに自分の指輪を埋めたんです」


 少々懐疑的であったリーベフェルトも、ヴァロの言葉に頷いた。ナハトの指輪が武器としても使われている事は騎士は皆知っている事だ。その指輪が埋められていたという事実が、ナハトの身の潔白を証明している。


「…念のため、もう少し周辺を探して戻りましょう。この事実は急ぎ侯爵様に知らせねばなりません」

「はい…!」


 頷いて、ヴァロは手の中にある指輪に視線を落とし、握りこんだ。




 予定の時間を過ぎて戻ったことと服を泥まみれにした咎は受けたが、今まで近衛騎士団がいくら探しても見つからなかった物証にニグルは喜んだ。


「こうなると、次に考えるのはどこへ行ったか…ですね」


 机の上に置かれた指輪とボタンを見てロザロナがそう呟く。一緒に移動した事が確実なら、今度はどこへ移動したかだ。転移の魔方陣が使われたことは確実だが、その魔方陣は燃えてしまってわからない。

 ヴァロは帰宅時にずっと気になっていた質問をニグルに問いかけた。


「侯爵様。質問があるんですが…」

「なんだね?」

「レオとコルビアス様が逃げている可能性だってあるのに、そちらの捜査に関しての情報が入ってこないのは何故ですか?」


 ヴァロの発言に、ニグルは少々戸惑って顎に手を当てる。ニグルとてその可能性はもちろん考えていたし、そのような捜査も当初はされていた。

 だが今それは打ち切られている。理由はその可能性低いと判断され、ナハトが主犯であると判断されたからだ。


「それは話しただろう。レオがこの騒ぎの主犯と判断されたから…」

「それはレオが犯人と言われてからの話ですよね?それまではその形での捜査もされていたのでしょう?今だって…侯爵様はレオがコルビアス様を攫ったわけではないとわかってるじゃないですか!なら…!」

「落ち着きなさい。考えてもみたまえ、もし本当に逃げているのであれば何かしら知らせてくるはずだろう?それがない以上、未だ囚われていると考えるのが普通ではないか?」


 ニグルの言葉に、ロザロナもシンもリーベフェルトも頷く。

 それにヴァロは大きな違和感を感じた。何かお互いの認識に大きなずれがあるように思えてならない。


(「どうしてみんなそう思うんだ?逃げれたとしても、どうにもできない可能性だってあるのに」)


 皆の反応の理由は分からないが、それを探れるほどヴァロは聡くない。だからそのまま思ったことを口にした。


「身分証がなきゃお金を引き出すことも、町へ入ることも出来ないんですよ?その状態でどうやって連絡が出来るっていうんですか!?」


 ヴァロの言葉にニグルらは不思議そうな顔を返す。それがヴァロには理解できない。


「ま、待て。身分証は分かるが…」

「あっ!」

「リーベフェルト…?」


 突然声を上げたリーベフェルトに今度は視線がそちらへ向く。みるみる顔色を悪くしたリーベフェルトは、ニグルの前に膝をついて口を開いた。


「侯爵様!平民は貴族と違い、転移の魔方陣での移動は行いません。身分証は生活の上で必ず必要になるものなのです」

「…詳しく説明せよ、リーベフェルト」


 促されるままリーベフェルトは貴族と平民の違いを口にした。

 平民は常に身分証を持ち歩き、町への出入りも、金の入出も、高い買い物をするときや冒険者への依頼、結婚するときにも身分証が必要だ。だが高位貴族は転移の魔方陣を使用するし、中位や下位の貴族ですら町への入出は自分では行わない。全てお付きの、自分よりはるかに身分の低い者たちに行わせるのだ。その仕組みすら知らない貴族だって多い。

 金銭に関してもそうだ。貴族はギルドを使用せずに自分たちで金銭の管理を行う。結婚や商売に関しては許可がいるのは王族へで、ギルドへの依頼などだって自分で行う事はないため、やはり身分証を身近に感じている貴族はいないのだ。


「では…身分証を取り上げられては…!」

「平民は出来ることがほとんどありません」


 村ならばそこまでではないが、金銭の問題はどうにもできない。ニグルも事の重大さが分かったのか一瞬で血の気が引いた。こんな所でも、貴族と平民の違いが捜査の足を引っ張っている。


「で、ですが…コルビアス様は王族ですよ?近場の貴族の元や騎士団へ助けを求めることも…」

「いいや、シン。それはない」

「侯爵様…?」

「どれだけの貴族がコルビアス様のお顔を知っていると思う。王族を王族たらしめているのは赤い髪と金の瞳、それと肌の色だ。それから逸脱しているコルビアス様をその特徴無しに判別できるものがどれだけいると思う?」


 シンは言葉につまった。その場所に、その地位の者としているからコルビアスをそう認識できているが、見ただけで確実にそうだといえるかと聞かれれば怪しい。金の目はそう多くないが、空色の髪は珍しくない色だ。肌の色にも特徴がないため余計に難しいだろう。


「アロ、他に思い当たる事はあるか?」

「逃げれたとして、一番困るのはお金だと思います」


 魔術が使える状況にあれば、ナハトなら逃げ出すことは造作もないはずだ。魔力を封じられる可能性もあるが、普通の人より魔力が多いナハトなら壊せるはず。そうして逃げられたとしても金銭がなければどうにもできないが―――。


(「もしそうなったら、ナハトはどう対処する…?」)


 身分証がない状態で金銭を得る方法はと考えて、一番可能性があるそれをヴァロは思いついた。ナハトならば、合理的なナハトならばそう考えるはずに違いない。


「多分、物を売ると思います」

「物を…?だが、貴金属などは取り上げられてしまうものだろう」

「はい。ですが、例えば服ならどうでしょう?服も取り上げられてしまう可能性もありますが、もし取り上げられていなければそれを売ってお金を得ることが出来るはずです」

「なるほど…」

「それともう一つ。…描くものありますか?」


 ヴァロが問うと、ロザロナが紙と羽ペンを差し出してきた。それを受け取って、覚えている限り正確にそれを描く。


「これが売られた場所がないか探してみてください」

「…これは?」

「ナハトの耳飾りです」


 取り上げられる可能性が低く、そのうえで多くの金銭と引き換えになりそうなものではこれが一番のはずだ。耳飾りならナハトの本当の耳についているものだから、バレる可能性は低い。

 少しだけ痛む心に見ないふりをして、ヴァロははっきり言い切った。


「これは高価なものなので、村などでは買取が出来ないはずです。探すなら町を探してみてください。これが売られた場所の近くに、レオ達はいるはずです」

「わかった。すぐにその線で探りを入れてみよう。…引き続き、おまえたちは捜索にあたってくれ。それと、思いついたことはどんどん言ってほしい」


 誘拐したのは劣等種―――つまり平民であるのに、貴族だけで動いていたからこんなことになったのだ。今も貴族を中心に捜査を続けている。これでは、このままではずっと2人を見つけることは出来ないだろう。

 だからわざわざニグルはそう言葉にした。立場が近いヴァロとリーベフェルトにしかわからない事もまだまだあるはずだと。ヴァロは大きく頷いて、リーベフェルトと視線を合わせた。













リーベフェルトが平民なのに気付かなかったのは、騎士団が移動するときはその鎧が身分証の代わりになるからです。

騎士団は他の町へ移動することはまずなく、移動する=有事のため、身分証どうこうは話に上がりません。

その鎧を着ていることが騎士団の証であり証拠で、結婚もしていなければ商売もしていないリーベフェルトは身分証の必要性を感じていませんでした。

金銭も騎士団ではそれぞれが個人の金庫で管理することが多いです。


ニグルやロザロナ、シンはそもそも自身の身分証をまともに見たこともありません。

だからその必要性がまったく頭にありませんでした。

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