第46話 気づき
「こんなところでなに油売ってんだい」
「…っ団長!?」
突然聞こえた声に顔を上げると、積まれた荷物の影から団長と護衛のロクサナが姿を現した。呆れ顔の団長と困り顔のロクサナは今の緊迫した状況とあまりに不釣り合いで一瞬気が抜ける。
だがすぐにまずいと気づく。怒りで魔力を膨れがらせたコルビアスは、そのまま2人を振り返った。魔力で周囲が見えていないこの状況では何をしでかすか分かったものではない。使い慣れない魔力を放出する前に、ナハトは反射的にコルビアスを抱え込んだ。
「離せっ離せぇえええ!」
「コル…!っダメです!魔力を抑えてください!!」
「う”うううっ!!!」
魔力を放出しながら暴れるコルビアスを力で抑えるのは難しい。魔術も使って無理やり手を押さえつけるがそれでも地力が違い過ぎる。
(「このままではすぐに限界が来る…!」)
ナハトはコルビアスを押さえつけたまま、団長とロクサナに向かって叫んだ。
「すぐにここから離れてください!」
2人が離れたらどうにかコルビアスを落ち着かせて―――だがどうやってと必死に頭を働かせるナハトの前に団長の杖が付きつけられた。
「…おまえ、いつまでそうしているつもりだい?」
「こんな時に何を…!それより早く…いっ!」
振り回されたコルビアスの拳が頬にあたった。歯で切れたのか、口の端から血が流れる。
それを見た団長は盛大にため息をつくと、コルビアスの頭に突然杖を振り下ろした。鈍い音がして、殴られたコルビアスは目を瞬かせる。
「いい加減にしな!この馬鹿ども!!」
「いっ!?」
「いつまでもグダグダと…喚くことしか出来ないのかいこの小僧は」
「何だと!?僕が誰だと…!!」
「コル、やめなさい!」
コルビアスは一瞬頭が殴られた衝撃の方へ頭がいったようだったが、すぐまた怒りに体を震わせた。
だがそれが見えた瞬間、また頭に団長の杖が振り下ろされる。今度は先ほどよりも高い位置からだ。衝撃にコルビアスが目を回している間に、団長が口を開く。
「おい、野良猫。小僧を置いておまえは仕事に戻りな」
「…出来ません。この状態のコルをおいては…」
「つべこべ言うんじゃないよ!とっとと行きな!」
行けるわけがないだろうと再度口を開こうとすると、困った顔でロクサナが間に入ってきた。女性の割に大柄なロクサナは出会った頃のヴァロに似た気の弱さを感じるが、彼女は自信がなさそうにしているだけで言うべきことはしっかり言うタイプだ。
一瞬ナハトから目をそらすも、すぐにロクサナは眉を下げながらもこちらに視線を戻す。
「あの…今は団長に任せてください。あなたの知らないところで追い出したりはしないので」
「こらロクサナ!勝手な事を言うんじゃないよ!」
「…団長はこう言ってるけど、大丈夫だから。それに手当てもした方がいい。私なら、この子を問題なく抑えられるし…」
そう言ってロクサナはナハトの手からコルビアスを受け取ろうと手を広げる。ロクサナとはほとんど言葉を交わしたことがないため、信じていいのかと不安に思うが―――。
この一座の者たちは、団長の嫌味を抜かせば誰も故意にナハトらを傷つけたりはしていない。話を聞いていただろうに驚いていないという事は、ロクサナも団長と同じようにコルビアスの事を王子とわかっているのだろう。コルビアスを押さえるのにわざわざ”私なら”と言ったところを見ても、ナハトの事も劣等種だとわかっているのかもしれない。
そのうえで言ってきているのなら、信用してもいいのかもしれない。少なくとも抑えるのに精一杯のナハトよりはマシな話が出来るだろう。このロクサナとなら。
視線を向けるとロクサナが頷いた。それを確認してナハトは息を吐く。
「…わかりました」
両手を離すと、ロクサナは蔦でぐるぐる巻きになったコルビアスをひょいと持ち上げた。それで目を覚ましたのか、コルビアスが信じられないといった顔で声を上げる。
「何をするんだ!離せ!」
「あーうるさい。うるさいねぇ」
団長が顔をしかめてまた杖を振り上げると、コルビアスはびくりと肩を震わせた。そして視線の先にナハトを見つけるとすぐさま助けろと声を上げる。
しかし―――。
「うるさいってんだよ小僧!!ロクサナ、そいつの口も押えときな」
「はい」
「んー!!!」
じたばた暴れても完全に抑え込まれ、小脇に抱えられたままコルビアスは団長とロクサナと共にテントの中へ消えて行った。
残されたナハトは自身の傷だらけになった両手を見て小さく息を吐いた。
「うわっ!?」
土の地面に放り投げられてコルビアスは声を上げた。眼帯をしたロクサナと杖を持った団長に見下ろされ息をのむ。体は拘束されたままで、あたりを見回しても他には誰もいない。3人だけである。
「ナハト!?本当に僕を置いて行ったのか!?」
護衛騎士であるはずのナハトがコルビアスを置いて行ってしまった。離せと言って暴れたことなど忘れ、職務を放棄したナハトに対する不信感と不満が膨れ上がる。
そんなコルビアスの頭にまた団長の杖が降ってきた。だがそれは叩くというより言い聞かせるように軽くこつこつと当たる。
「はぁ…呆れたもんだ。こんなのがこの国の王族とはねぇ…」
「なっ…!?僕を、知っているのか?」
知っていてこの態度かと頭に来るが、開きかけた口を指示されたロクサナが覆った。大きな手で顎ごと固定されてまったく動かすことが出来ない。コルビアスがそうしてロクサナの手と格闘している間に団長は部屋の中心にある椅子にふんぞり返っていた。火のついていない煙草を咥えて―――まるでこれでは、団長が王でコルビアスがその臣下のようだ。
自身を這いつくばらせたまま偉そうな態度をとる団長に先ほどナハトへやったように魔力をぶつけようと試みるが、何故か急に酷い眩暈がして顔を上げることも出来なかった。土の地面に顔を付けたまま呻くことしかできない。
「でかい声出すんじゃないよ。盗聴防止の魔道具なんて上等なもんはここにはないんだ」
「次に大声を出したら問答無用で町に捨てるからね」と、団長はそう言ってロクサナに手を離すよう指示を出した。
だがロクサナは手を離しただけでコルビアスのすぐ横に膝をついたままだ。コルビアスがまた無駄に声を上げれば口を押えるつもりなのだろう。コルビアスを王族とわかっていての扱いに、腹の底にどろどろした感情が蠢く。
「…僕にこんな事をして、ただで済むと思っているのか?」
精一杯の虚勢であったのだが、コルビアスの言葉を聞いた団長は一瞬きょとんとすると、見る見るうちに顔を真っ赤にして笑った。笑い過ぎてせき込んでいる。
「団長…」
「あ”ー笑い過ぎたね…。まさか芋虫みたいに這いずるしかできない役立たずの王子様からそんな言葉が出てくるとは思わなかったからねぇ」
「貴様…!!」
「おっと、大声出したら捨てちまうよ?いいのかい?」
「っ…!」
ぎりっと奥歯が割れそうなほど噛みしめると、団長は笑って頷く。
「今から、この優しいあたしが、懇切丁寧に、小僧の至らなさを説明してやるから。耳かっぽじってよく聞きな」
そう団長は言ってまたロクサナに指示を出した。
頷いたロクサナは背もたれのある椅子を持って来るとそこへコルビアスを座らせた。だが体中についた土はそのままで、それにまた奥歯を食いしばった瞬間、見計らったように猿轡を嵌められる。
同じ高さになった団長を睨みつけると、にやりと笑って彼女は言う。
「どうも静かに出来ないようだからね」
「……」
「ひっひっひ、やっと静かになったね。さて、どう話すか…あの野良猫よりもおこちゃまな小僧には分かり易い方がいいか」
団長は一度言葉を切ると、コルビアスに静かに話しかける。
「小僧…おまえは洗濯と裏方の仕事を放りだし、何度もさぼって周囲に迷惑をかけたね。あたしに拾われて、食べ物も寝る場所も与えてもらっているのに、ちっとも役に立とうとはしない。それでいて文句ばかりだ。だからみんな迷惑してるんだよ、…わかるかい?」
「……」
コルビアスは顔を背けて視線を外した。
それに団長は笑みを深くすると、囁くように呟いた。
「…おまえが第3王子で、おまえたちが劣等種に追われているってのは分かってんだ。そのうえでここを一人出ていくか、言われた仕事を全うするか…今、決めな」
「ん”っ!?」
「ああ、喋れないってことかい?んなもん、別に口をきけなくたって答えられんだろう。頷くか、首を横に振るかだ。で、おまえはどうするんだ?やるのかい?」
問われて、コルビアスは答えに詰まった。こんな所にいるのはごめんだと思っているが、そう言えていたのは”追い出されてもナハトがいる”と思っていたからだ。
だが今ナハトはコルビアスを団長らに任せて行ってしまった。常に探せばいたナハトがこのテントの中にはいない。そう考えると今になって血の気が引いた。もし襲われたら、コルビアスでは何の対処も出来ない。
「少しは冷静になったようだね…。で、どうするんだい?首を横に振るなら、あの野良猫と小娘も一緒に追い出してやるが」
「……!」
一人だけで追い出されるのかと思っていたが、ナハトも一緒に追い出されるなら”いいかも”しれない。そう思って首を横に振ろうとして―――気づく。
(「…僕は今…何を考えた?」)
ナハトはコルビアスとピリエの安全のためにここにいると言っていた。
もしナハトとピリエと共に追い出されれば、ナハトだけでコルビアスとピリエの安全を確保しなければならない。ナハトがたった一人でだ。それがどのような結果をもたらすのか、一対多で傷だらけになりながら戦ったナハトを見れば明らかだ。
浅はかすぎる己の考えに手足が冷たくなっていく。
「小僧、おまえ…今、首を横に振ろうとしたね?」
「…っ」
「野良猫も可哀想に。あれほど必死に護ろうとしている小僧からぞんざいに扱われるなんてねぇ」
ナハトはコルビアスの護衛騎士だ。それに、コルビアスが誘拐されたのはナハトが狙われたからだ。コルビアスを巻き込んだのだから、ナハトはコルビアスを守らなければならない。そうするのが当然である。反発するようにそんな考えがコルビアスの頭を埋め尽くした。
喋れない代わりに睨みつけると、それまでにやにやと笑っていた団長は急に眉をしかめてコルビアスを睨む。
「”あれ”が怒らないから勘違いしたんだろうが…小僧。おまえにあの野良猫を責める理由なんかありゃしないんだよ。脆い劣等種のくせに頑丈な優等種の子供2人を連れて追っ手から護りきり、あたしにどれだけ嫌味を言われてもここにいることを選んだ。それで十分責任は果たしてんだよ。ここが居心地悪いのはおまえのせいさ。おまえが役立たずでくそったれで甘ったれなクソガキなせいだよ」
「ん”ー!!!」
他人にそこまで言われるいわれなどない。コルビアスは王族で、本来こんな扱いを受けていい人間ではないのだ。何より巻き込んだナハトではなく、巻き込まれたコルビアスがこれほどまでに貶されることに我慢がならなかった。
その時ずっと解こうと暴れていたかいがあったのか巻き付いていた蔦がやっとほどけた。そのまま猿轡も剥ぎ取って、コルビアスは叫ぶ。
「平民風情が…!王族に楯突いたらどうなるかどうなるか教えてやる!!」
「ほほぉ?どうやって」
にやにや笑う団長に向かってコルビアスは両手を向けた。コルビアスの魔力は平均的な貴族よりも多い。怒りのままに覚えたての魔術で複数の水の球を出すと手を振り上げた。これで脅そうと思ったのだが―――。
突然かくんと膝が抜けて倒れた。操作を失った水の球はそのまま落ちて地面に吸い込まれ、それに団長はまた笑っている。倒れたコルビアスは呆れた顔のロクサナに椅子に座らされたが、ぐらぐらと視界が揺れて気持ち悪さで指一本動かせない。
「ひーっひっひ!ざまぁないね小僧!おまえが感じてる気持ち悪さは魔力の枯渇さね。自分の魔力管理も出来ないで…笑わせてくれるじゃないか!」
「団長…やり過ぎですよ」
「…っ」
これが魔力の枯渇かと思うと同時に涙が溢れた。なんでこんな事になったのかと思わずにいられない。辛くて苦しくて、コルビアスはどうしたらいいのかわからなくて泣いた。泣きたくなかったが止まらなかった。次から次へと涙が頬を伝うのに、体が動かなくてそれを拭う事も出来ない。
何よりこんなみっともない姿を晒したことが情けなくてどうしようもなかった。
「…小僧。おまえは頭が良いんだろう?なら、もっとちゃんとその頭を使ったらどうだね」
呆れ果てたような団長の声にコルビアスは首を横に振る。もうどうにでもなれというような思いだった。頭がいいと言われる事が唯一の誇りだったが、そんなもの何の役にも立たない事を思い知らされた。こんな醜態も晒した以上、もう自分は王子とは言えないかもしれないとさえ思う。
だが、そんなコルビアスの頭にまた団長の杖が降ってくる。顎を掴まれて無理やり顔をあげさせられると、団長の緑の目と無理やり視線を合わせられた。
「甘ったれるんじゃないよ。おまえは王族なんだろう?必死に縋るほど、おまえにとってその地位は大切なものなら、平民のふりくらいしてみたらどうなんだい」
「そ、そんな事…」
「出来ないとは言わせないよ。おまえは本当は自分がどうすべきか”わかってる”。わかっててやりたくないとあの野良猫に甘えてるんだ。あれが助けてくれるからってな」
「違う!!」
コルビアスは全力で否定したが、団長は「違わないさね」と笑う。その笑い声が酷く耳について、恥ずかしくて情けなくてしょうがない。コルビアス自身もわかってしまった。ナハトに甘え続けていたことを。
わかっていたのだ。ここにいればあれほど苦労していた移動も簡単で、食事も出来て、眠るのにも困らない。気を張り続けていたナハトも休めているから、顔色だってずっといい。追っ手の気配もない。その代わりに仕事を要求されるなら、それはしなければならない事なのだ。
分かっていたけれど、出来ない自分が情けなくて我慢が出来なかった。馬鹿にされることが惨めで許せなかった。それを放置するナハトも、そう思っているんじゃないかと思って頭にきた。だから試すような事をしてしまったのだ。
逃げても、暴れても、ナハトはコルビアスを見捨てなかった。ナハトが”コルビアスを巻き込んだ”という事を気にしていたから―――そこに付け込んで甘えていたのだ。そんな事をしてしまうほど自分が子供で、どうしようもない人間だと、気づいてしまった―――。
「…泣くんじゃないよ。ったく、あたしが泣かしたみたいじゃないか…」
「団長が泣かせたんですよ」
「うるさいねぇ…」
文句を言いながらも団長がコルビアスの顔をハンカチで拭ってくれる。ばつが悪い顔で団長がもう一度呟く。
「それで…どうするんだね?やるのか、それとも…」
「………や…」
「やる」と言おうとして、コルビアスは言葉に詰まった。今更だが、ナハトにさんざん酷い事をしてしまったと思ったからだ。ただでさえナハトには舞踏会の事やそれ以外の事でも迷惑をかけていたのに、ここへきて見捨てられてもおかしくないほどの事をしてしまった。
「やる」と言ったら、ナハトは団長にコルビアスとピリエ預けて行ってしまうのではないかと思う。その方が、身軽に騎士団を呼びに行くことが出来るのだから。
そんな不安が分かったのか、団長はまた「小僧」と言って口を開く。
「そんな不安がらんでも大丈夫だろうさね。あの野良猫は、我慢には慣れているようだからね」
「…?どういう意味だ?」
言っている事が分からなくて首を傾げると、団長はどかりと椅子に座って呟く。
「何回も怒らせようとしたが、ちっとも怒らんで我慢ばかりしよる。あれは、自分を下に置いてるんさね。傷つけられてもしょうがないものとしてね」
「そんな…!?」
声を上げて、ふと思い出す。だからコルビアスがした数々の過ちも赦してくれたのだろうか。もしそうならコルビアスがやったことは、ナハトの弱みに付け込んだという事に他ならない。
知らなかったとはいえ、なんて非道を働いたのかと息がつまる。
「悪いと思うならしっかりおしよ。さっさと王になって、報いてやるこったね」
「えっ…?いや、僕は王にはならない」
突然かけられた”王になれ”という言葉に、コルビアスは反射的にいつも通りの言葉を返していた。
だが、それに団長は眉を潜める。
「王にならないって…なら、おまえは従者たちにどうやって報いるんだね」
「報いる…?」
「そうさね。まだ国王は正式に王位継承第一が誰かを公表していないだろう。なのに王を目指さないなら、おまえは何者になるつもりなんだね。おまえの従者は、おまえを王にと言った事はないのかい?」
シトレンやリューディガー、フィスカやディネロが”コルビアスを王に”と言った事は少なからずあった。だがずっと外見のせいで王族と認められていなかったから、コルビアスはその資格がないとずっと言っていたのだ。
しかし、今は王族として認められている。
「第三王子のコルビアス様よ。おまえは自分の地位に執着を示したが、周囲の者にどれだけの影響があるかを考えたことはあるのかね」
「い、いいや…」
「でしょうとも。ならば、それも今から考えるんだね。おまえが死ねば、おまえの従者たちがどうなるか。その従者たちに報いるにはどうしたらいいのかを」
心臓が耳元でなっているかのように五月蠅い。いろんなことがおきすぎて頭の中がぐちゃぐちゃだった。己の手を見たまま動かないコルビアスに、団長はパンと手を叩いて顔を上げさせる。
「とにかくだ。おまえは洗濯も裏方の仕事もやるんだね?」
「あ…や、やる」
「ならとっとと仕事に行きな。考えるのなんか、夜寝る時にでもまわしとくんだね」
団長はそう言うと、ロクサナに言ってコルビアスの手に小瓶を持たせた。それを飲んでから仕事に戻る様にとだけ言うと、戸惑うコルビアスの背中を押してテントから追い出した。閉められた入り口を見つめるが、そこはもう開く気配はない。
瓶の中身を飲んで振り向くと、少し離れた場所で包帯とガーゼだらけでコルビアスの代わりに洗濯をするナハトが目に入った。
「ごめんなさい」とそう言うために、己の仕事をするために、コルビアスはナハトの元へ向かった。




