第38話 脱出
倒れた兵からさらに短剣を2本拝借して、地下牢と外を繋ぐ階段を上った。扉越しに気配を探るが、動いている者はいない。そっと扉を開けてみるが、扉の向こうは薄暗くよく見えなかった。
(「倉庫か何かか…?」)
コルビアスたちにそこで待つよう言って先に扉の外へ出る。少し進んでみると壁にささった松明の届く距離になったのか、照らされた部屋の中が少しだけ見えた。やはりそこは倉庫のようで、乱雑に物が積まれている。空箱が多く、誇りが積もって蜘蛛の巣が張ったものばかりだ。人の気配は―――離れた場所には感じるが近くにはない。
手招きをすると、すぐにコルビアスがピリエの手を引いて走ってきた。足音に気を付けているから遅いが、音がするよりはマシである。とはいえ少々緊張しすぎている。大丈夫だと安心させるつもりで2人の頭を撫でると、ピリエの緊張は少し軽くなったようだが、コルビアスは目を真ん丸に見開いてナハトを見上げてきた。
「コルビアス様…?」
「な、何でもない…!」
何でもない事はないだろうと思うが、今ここで聞いている時間はない。頷いてそのまま倉庫の先へ進む。外はもう真っ暗で、松明の明かりに照らされて入り口が明るく光っている。背中や足に伝わる感触は硬い岩のそればかりで、どうやらここは大きな岩山の中をくりぬいてできた場所のようだ。
また少し離れた場所でコルビアスたちに待つよう言い、ナハトは出口から顔を出した。夜とはいえ見える範囲には複数の人間がいる。全員の視線をどうにかする必要はないが、少なくともこちらを向いている2人はどうにかする必要があるだろう。
周囲の気配を丹念に探るとナハトは地面に魔力を流した。視界の端に見える木の奥、そこにトゥルペを咲かせる。
「私が走ったらすぐについて来てください」
コルビアスが頷くのを確認して、ナハトはトゥルペの花を咲かせた。花が咲くときに響く破裂音に、全員の視線と注意がそちらへ向く。それを見計らって走った。先ほどまでいた倉庫の裏へ回って進み、そのまま真っ暗な闇の中へ。月明かりに薄く照らされた山へと向かった。
山道はかなり険しい。しかも土地勘があるわけではないので、ここから離れる事だけを優先して進む。全体を見渡すために山の後方へ回り込みながら、ナハトは手近な木陰にまず2人を隠した。
「念のために聞きますが、ピリエさん。ここがどこかわかりますか?」
そうナハトが問いかけると、ピリエは戸惑った顔で首を横に振った。ピリエは魔力の多さを買われてあちこち連れまわされていたというから、もしかしたら何か知っているかもと思ったが―――残念ながら当てが外れた。
ならばやはり自力で把握するしかない。
「ではほんの少し、ここでじっとしていてください」
「ナハトは?」
「私は逃げ道を確認するために少し離れます。すぐ戻ってきますから、決して騒がないようにしてください」
「…わかった」
真っ暗なため心細いだろうがそこは我慢してもらうしかない。
コルビアスとピリエが頷いたのを確認してナハトは山を駆け上がった。そこから空中に張り出した木を見つけて、その先端へ慎重に進む。生い茂る葉を抜けて開けたそこからは、月明かりに照らされた広大な森が見えた。その森の先、直線距離にして4、5キロと言ったところだろうか、そこに人工的な明かりが見える。
目指すならあの明かりだ。だがコルビアスとピリエを連れて、追っ手から逃げながらどれだけ行けるだろうか。気配はしないが、魔獣や凶暴な獣が出る可能性だってある。
(「…やるしかない」)
魔力は殆どなく、体力も厳しいが泣き言は言えない。ナハトは大きく息を吐いて心を決めると木から飛び降りた。すぐさま2人の元へ戻り、山を下る。
「私の手を掴んで。そう…そのまま飛び降りてください」
転がる岩や木の根に足を取られ思うように進めない。少しの段差も子供のコルビアスとピリエにはきついため、その度にナハトが抱き下ろした。そうしてどんどん体力が削れていく。
「はぁ…はぁ…」
「…ぜぇ…ぜぇ…」
それでもナハトよりコルビアスたちの方の体力がなくなるのが早い。慣れない道は容赦なく幼い2人から体力を奪い、夜という事も相まって眠たそうだ。それでも休ませるわけにはいかない。ナハトでは2人を運べないのだから。
荒い息を上げるコルビアスとピリエを励ましながらなんとか山を降りきった。その先は広大な森だ。まだ今通ってきた道なき道の数倍の距離がある。先に進みたいが―――コルビアスもピリエもすでに限界だ。せめて少し休まなければ動けそうにない。
(「…仕方ない」)
ナハトはコルビアスたちに少し休むよう言って手近な木を駆け上がった。そこから逃げて来たあの場所へ、ヴァロの真似をして魔力を薄く延ばす。そうして感じた気配は穏やかで、どうやらまだ脱走に気づかれた様子はない。
(「時間がかかるだろうと思ったが、どうやら当たりのようだな」)
フラッドたちは魔道具を取りに行ったが、あの魔道具はそう簡単に手に入るものではない。カントゥラでナハトは一度あれを使われたことがあったが、後々イーリーはあの魔道具は厳しく管理されているため数がないと言っていた。なにより魔石がいっぱいにはまっていなかった事からしても、予備の用意にはそれなりの時間がかるだろうとナハトは予測していた。
それもあってすぐに行動へ移したのだが、今のところ作戦ともいえない脱走はうまくいっている。あとはコルビアスとピリエの体力次第だ。
木から飛び降りると、うとうとしていたのかコルビアスとピリエがびくりと体を揺らして顔を上げた。休ませてやりたい気持ちはあるが、気づかれていない内にもう少し距離を稼ぎたい。
「すみませんが、もう少し頑張ってください。まだ気づかれていないようなので、今の内に離れたいのです」
「……わ、かった…」
「うっ…ぐすっ…」
コルビアスはふらふらしながらも立ち上がったが、ピリエは疲れ切ったのだろう泣き出してしまった。それでも立ち上がった彼女の頭を撫でて、ナハトはその手を引く。
「コルビアス様、一人で歩けますか?」
「だ、大丈夫…」
虚勢だがそう言って、コルビアスは何とかナハトの後をついて行く。
すると、突然ふっと何かを通り抜けたような感覚がした。思わず足を止めて顔を上げると、ナハトも気づいたようでこちらを振り返った。
「いま、何か…通り過ぎたような…?」
「ええ…」
それが何なのか、ナハトには予測がついた。まさかという思いが胸に広がり、同時に強い興奮を覚える。
ナハトは今通ってきた木や草の位置を覚えていた。だから、振り返って目に入った景色がそれと違う事にすぐに気づいた。これは、この魔力の幕は、カルストが千年前に仕掛けた”視覚を惑わす”魔術だ。残っているだなんてどんな奇跡だろうか―――。
「…ナハト?」
今は考えないようにと、思い出さないようにとしている感情が込み上げて目が潤む。それをぐっと奥歯を噛みしめてナハトは顔を上げた。微笑んで口を開く。
「……すみません。行きましょう」
「う、うん…」
そのまままた数時間、ナハトはコルビアスとピリエを励ましながら森の中ほどにある小さな洞窟へとたどり着いた。少し休むように言う間もなく、2人とも倒れこむように眠りにつく。それほど長くは眠らせてあげられないが、この先を考えると休める時に休んでおいた方がいい。
しかしその頃には、ナハトらが逃げたことはもうばれたようだった。南の方から微かに怒鳴り声が聞こえ、木に登れば明るくなり始めた地平線と松明の明かりが山を降ってきているのが見えた。足跡を消し切れなかったためにしょうがないが、可能ならすぐ移動した方がいい。
「コルビアス様、ピリエさん。起きてください」
「んぅ…」
寝付いてから2時間足らずしか経っていないため、まだまだ休み足りないだろう。だが彼らを担いで移動は出来ない。起きてもらうしか方法はない。
「起きてください」
声は抑えたままだが、少し強めに揺らす。するとコルビアスが薄く目を開いた。焦点の定まらない疲れた瞳で見られ、ナハトはもう一度声をかける。
「コルビアス様、起きてください。私たちが逃げたことがばれました。まだ距離がある内にここを離れます」
「…あ…わ、わかった」
のそりと体を起こしたコルビアスに前に、ナハトは2人が眠っている間に捕ったアガリ鳥の生肉を置いた。それにコルビアスがぎょっとした顔でナハトを見る。
「ご不快だと思いますが、食べてください」
「で、でも…これは…!」
「…わかっています。それでも、食べてください。ここからは時間との勝負なのです」
コルビアスは俯いて目をきつく閉じた。生肉を食べる。それは優等種にとっての禁忌の一つだ。
優等種は獣でも獣人でもない新しい種族。そう定められて国を興したその時から、獣のように生肉を食べることは禁忌とされているのだ。食べれない事はない。だが、食べる事にはとてつもない抵抗を感じる。どうしても、食べなければいけないのだろうか。
そう考えて、ふとコルビアスは去来したその考えに顔を上げる。ナハトは起きないピリエを揺すっていてこちらを見ていないが、その表情は険しい。眉を寄せて嫌なものを見るかのような目でピリエを見ている。
(「ひょっとして…嫌がらせ…?」)
もしかしてとコルビアスはナハトを疑いの目で見た。ナハトは劣等種だ。やはりあちらの味方につこうと決めて、それでコルビアスやピリエにこんな嫌がらせを働いているのでは―――。
訝しんでナハトを見るも、その視線に気づいていないのか、ナハトはやっと起きたピリエの前にも肉を置く。やはり驚いた顔をするピリエに、ナハトは視線を合わせて口を開いた。
「嫌だと思いますが、火を使っては追っ手にばれてしまいます。ですが、ピリエさんとコルビアス様には肉が必要でしょう。これを食べて、もう少しだけ頑張ってください」
「…いいの?」
「ええ。ですが、秘密にしておいてくださいね」
そう言って微笑むナハトの顔には疲労の色が濃い。顔色は一層悪くなり唇の色も青く、熱くも寒くもないのに汗を大量にかいている。
(「…僕は馬鹿だ…!」)
コルビアスは己の短慮を恥じた。死ぬほど疲れている事もあって己の考えが濁り切っている事が分からなかった。一人で逃げるのであればナハトはこんなに苦労をしていない。どう考えてもナハトの足を引っ張っているのはコルビアスとピリエなのだ。2人が寝ている間も見張りをして、その合間で捕ってきた肉でなんとか動けるようにしたいと、そう考えての苦肉の策で生肉を差し出してきたのだ。
コルビアスは目の前に置かれた生肉を掴んだ。それを持ち上げて、意を決して口に入れる。ぐにぐにとした触感が気持ち悪いが、口の中には程よい甘みと肉の味が広がった。そう悪くない味だと思う反面、言いようのない負い目のようなものが胸に広がる。
「…お兄ちゃん…」
「ピリエ、君も食べるんだ。僕たちが動けないと、追っ手に捕まってしまうから…」
「……」
そうコルビアスに言われて、ピリエも己の前に置かれた肉を口に入れた。ギュっと目をつぶって飲み込み、口を開く。
「食べたよ…!」
「ありがとうございます。では、すぐに行きましょう」
「うん」
立ち上がったナハトに続いて、コルビアスはピリエの手を引いて洞窟を出た。外はもうかなり明るくなっていて、その分くらい間にさんざん足を取られた岩や木の根が良く見える。
その時ナハトが突然振り向いた。その険しい表情に、何かあったのだと気づく。
「どうしたの?」
「…私が仕掛けた罠にかかったようです。これで少し時間が稼げればいいですが…」
ナハトが仕掛けた罠は3つ。なけなしの魔力で仕掛けたそれはすべて足止め用の植物を咲かせる魔術だ。劣等種には魔力がないので、最初から花を咲かせた状態で枯葉の下を這わせるようにしていた。
それが踏まれて、花粉が広がった気配がしたのだ。ナハトが仕掛けた植物にはすべてナハトの魔力が通っている。だからそれが広がればすぐにわかる。
(「これは山の麓近くに仕掛けたものだな…」)
全員がかかってくれていればいいが、それはあまりにもうまく行きすぎというものだろう。少しだけ速足になりながら、ナハトは洞窟の近くにも一つ罠を仕掛けた。
コルビアスもピリエも肉を口にしたからか、眠る前よりも明らかに足取りがしっかりした。明るくなって視界が良くなったせいもあるだろうが、思っていたよりも速いペースで森を抜けることが出来た。
ピリエがぐずりだしていたが、森を抜けたことでほっとしたのか笑顔でナハトを見上げてくる。
「はぁ…あちらに、村が見えますね…。足がつくと思いますが、森を進み続けるよりはマシでしょう。行きますよ」
「わかった…」
追っ手の気配はあるがまだ少し遠い。うまい事罠にかかってくれているようだ。
だが、ナハト自身の疲労が酷い。無理やり動き続けているために熱も出てきてしまったようだ。
「ナハト、体調は…大丈夫なの?」
「ふふ…もう少しなら大丈夫です」
しきりにコルビアスが声をかけてくる。それに笑顔を返しながらナハトたちは村へと急いだ。
村はそう大きなものではなく、15戸ほどの民家と宿、それと万屋があるだけのようであった。人口比は優等種7割、劣等種3割というところだろうか。畑へ出ている村人たちにじろじろ見られながらも、ナハトはまっすぐ村の中心部へ向かう。
その迷いない足取りに、コルビアスは不思議に思って問いかけた。
「どこへ行くんだ?」
「万屋です。ここから戻るにしても、私達には金銭がありません。私の持ち物や武器は全て取られてしまいましたし、金目になるものといえば…この服しかありません」
「ふ…!?」
「服を売るの!?」と思わず出そうになった声は、素早くナハトに防がれて出ることはなかった。一瞬出た声はコルビアスが思っていたよりも大きかったようで、じろりと視線がこちらへ向く。
それを背で隠しながらナハトは口を開いた。
「お静かに。服を売って金銭に変えて、平民の服に着替えるだけです」
「平民の服って…」
そう呟いて向けた視線の先には、薄汚れた服を着て畑仕事をする平民の姿がある。あのような服を着ることに抵抗があるのだろう。貴族が着る服と比べたら、色も褪せていて相当汚く見えるはずだ。
「それと、今から私はコルビアス様の事を”コル”と呼びます。敬称もつけませんが、ご理解ください」
「え…ええ?」
戸惑うコルビアスだったが、ナハトは有無を言わせずコルビアスとピリエの手を引いて万屋の扉をくぐった。思っていた通り、この規模の村であれば万屋は食品から服、武器から雑貨まで何でも置いてある。数は少ないが必要なものが揃いそうだと、視線を滑らせながらナハトは思った。
店番の老婆は灰色の薄い大きな耳ををこちら向け、少々薄汚れてはいるが綺麗な身なりをしたナハトとコルビアスを見て眉を潜める。
「なんだね、あんたたちは」
「こんにちは。実はここから少し離れたところに追いはぎが出まして…」
「ああー、そうかい、そうかい。そりゃぁ災難だったねぇ」
ナハトが”追いはぎ”というと、老婆は怪しんだ表情を崩して眉を下げた。
カントゥラ周辺では追いはぎは一般的ではなかったが、南の方では劣等種の追いはぎが発生すると聞いた事があった。夜も暖かかったことから南の方であると予想してはいたが、どうやら当たりだったようだ。
「ええ。財布も武器も取られてしまって…命があっただけマシなのですが、ここから戻るにも金銭がないので、今着ている服と靴を買い取っていただきたいのです」
「ああ、なるほどね。あんただけでいいのかい?」
「この子の着ているものもお願いします」
「この…!?」
「この子」と言われてコルビアスは驚くが、やってきた老婆はそんな事気にも留めず、ナハトとコルビアスの周囲をまわって洋服を確認した。飾り用の金属は取られてしまっていたのでほとんど布だけの値段だが、それでも作りがしっかりしていたことともあって中銀貨4枚と小銀貨7枚になった。
もう少し高くても良かったはずだが、この規模の雑貨屋ならばこの程度だろう。ごねるよりも先を急ぎたいため、了承してその場で代えの古着を手に更衣室へ入る。少し大きいがベルトで抑えれば何とかなりそうだ。
「次はコルです。こちらへ来てください」
「…あ、うん…」
慣れない呼び名に反応が遅れるが、ナハトにぐっと腕を引かれて更衣室へ引き込まれる。そのまま抵抗する暇もない勢いで服を脱がされた。
「えっ!?わっ…」
コルビアスの着替えはフィスカが行うことが多かったし、何なら風呂の介助もフィスカがすることが多かった。だから他人に着替えさせられることにも特に抵抗はなかったのだが、ナハトのそれは貴族にするようなものではなく、平民の子供にするようなものだった。つまり雑なのだ。
次から次へぽいぽいと脱がされて、感じた事のない羞恥心がこみあげる。
「しっ…」
だがすぐに口元に指を立てられてしまい、声を飲み込む。そうしている間にコルビアスは着替えさせられてしまった。ごわごわした服が気持ち悪いが、どんな姿になったのかを確認する間もなくピリエと入れ替えられる。ピリエの着替えは一瞬で終わり、そうして瞬く間に3人とも着替えが終わった。
「そんじゃ、これで」
「ありがとうございます」
状況についていけないコルビアスを置き去りにして、ナハトは受け取った金銭で中古の鞄と干し肉、少しの果物とパン、それと水筒を買い込み、さらに何枚かのタオルと
火をつけるためのクズの魔石がついた簡易魔道具を買った。
「ああ、それと地図はありますか?」
「地図ねぇ…この辺ので良けりゃあるよ。ほれ」
そう言って出されたその地図もだいぶ使い込んだ様子の物だった。それでもないよりはマシだと覗き込むと、老婆が村の場所を指して口を開く。
「この村はここさね。あんたたちどこへ行きたいんだね?」
村は地図の左端に書かれていた。その北東にレザンドリーという町の名前が見える。他にもいくつか村の名前が書かれていたが、ナハトが知る物は一つもなかった。
「ダンジョン都市へ行きたいのですが…」
ダメもとでそう口にすると、老婆は「ああ」と呟いてレザンドリーの更にその先を指した。地図もない机の上だが、どうやらその場所にアスカレトがあるらしい。
「アスカレトなら大体この辺かね。かなり距離があるから大変だろうが…まぁ、頑張んなさいな」
「ありがとうございます」
「ああ、それと…毎日今くらいの時間に、近隣の村から人を乗せてまわる辻馬車が通っているよ。安く済ませたいなら使うといい」
老婆に礼を言って慌てて外へ出ると、少し離れた場所に確かに辻馬車が止まっていた。慌ててピリエとコルビアスの手を引き、鞄を背負って走り出す。馬車が出る前に何とか乗り込むと、ほんの少しして馬車は走り出した。
(「これで…少しは休めるだろうか…」)
追っ手の気配は今のところない。森の洞窟の外に仕掛けた魔術が発動した気配はあるが、森を出たところに仕掛けたものはまだ反応した様子はない。迂回している可能性も考えられるが、荷台を引くスーリオは徒歩よりも早く進む。これで少しでも引き離せると良いが―――。
そう思いながら、ナハトはずきずきと痛み出した頭に手を当て、深く息を吐いた。
コルビアスは初めて着る平民の服にげんなりしています。
臭いし古いしごわごわするし、靴も厚みがなくて履き心地が悪いと思っています。
ですが口には出しません。金銭がない以上しょうがないとは思っています。
テルサ村は劣等種と優等種が仲良く暮らしているように見えますが、実際はそうでもありません。
テルサ村の近隣には追いはぎが出ると言われているからです。
それはフラッドの仲間たちのせいなのですが…彼らのアジトは隠されているのでわかりません。
襲われるのも優等種だけなので、どうしても劣等種との間には溝が出来てしまいます。




