第34話 思いがけない再会
※また少し暴力シーンがあります。
苦手な方はお気を付けください。
「ちょ、ちょっと待ってレオ」
「待ちません、早くしてください」
そんな問答が繰り広げられたのは、コルビアスがナハトに謝ってしばらくした時だ。時刻的には真夜中に差し掛かった頃、半日以上水も食べ物もなく極度の緊張に晒されたため、体力回復のためにもひと眠りしようという事になった。
それはコルビアスも賛成であったが、問題はこの場所だ。この牢の中はどこも汚く、そして酷い臭いがする。藁も黴が生えていて端の方は黒く変色しているし、何より量が少ないのだ。意識のない少女が大部分を使っているため、コルビアスとナハトが使用できる部分はほとんどない。コルビアスはれっきとした貴族ではあるが、どれだけ耐え難くとも意識のない自分より年下の少女から僅かな量しかない藁を奪うことは出来なかった。
そうなってくると休むにはいくつかの方法しか残されていない。固く冷たい石の地面に横になるか、それともナハトの言葉に従って、ナハトの膝の上で、ナハトに抱き着いて眠るかだ。
「さ、さすがにそれは…!ぼ、僕は…」
「コルビアス様、先ほどの発言は嘘ですか?」
「っ…!」
それとこれとは話が違うだろうと思う。ナハトが言っていたのは危険に対してであって、どう休むかを論争している今とは違うはずだ。
だがそう言ったコルビアスに、ナハトは厳しい目を向ける。
「あなたが私をそう扱う事で、私が女だとばれたらどうなるとお思いですか?」
「そ、れは…」
コルビアスには知識しかないが、それでもこういう場で女性がどう扱われるかは聞いたことがある。何より、ニフィリムも言っていたことだ。このような法が届かない場所では、女性は”慰み者”にされる―――。
それは絶対にあってはならない。ニフィリムにああ言われて、コルビアスだって思ったのだ。護衛騎士たちを、皆を守りたいと。自分の言動でナハトが守られるなら、コルビアスはどれだけ恥ずかしくとも無視して腹をくくらなければならない。
「~~~っ!わかった…!」
コルビアスの返答を受けて、ナハトは縛られている両手を上にあげた。そのあいた膝の上にコルビアスは恐る恐る座って寄りかかる。心臓の音が耳に響いてうるさい。恥ずかしさで目がぐるぐる回った。
コルビアスのそんな心境を知ってか知らずか、ナハトはコルビアスの上から外したマントをばさりとかけた。あらかじめ藁ごと寄せてあった少女の上にもかかるようにすると、両肘を開けてコルビアスをすっぽり包み込んだ。
「寒くはございませんか?」
「う、うん…」
女人に触れるなど乳母であるフィスカ以外に経験がない。だからコルビアスは本当に照れて緊張していたのだが―――寄りかかった肩や背中に回る腕の硬さが男性のもののようで思わず呟く。
「…硬い…?」
「ふっ…それはそうでしょう」
ナハトの少し呆れたような声にコルビアスは顔を上げた。
「私は護衛騎士で冒険者です。戦うことを生業にしている者の体が、柔らかい訳はないでしょう」
「あ…」
言われてみればその通りだ。いくらナハトが魔術師で劣等種とはいえ、ダガー片手に魔獣や人と戦っていた。ヴァロと鍛錬していたのも見たことがある。あれだけの動きが出来るのだからかなりの筋肉量があって当然だ。
「ご不満かと思いますが、大人しくお眠りください」
「ふ、不満なんかじゃ…!…もういい」
揶揄われたのだと分かってコルビアスは目を閉じた。こんな状態で本当に休めるのかと思ったが、人の体温や鼓動は思いのほか安心して、甘い匂いに引っ張られるようにあっという間に眠りに落ちた。
ナハトは近寄ってくる複数の人の気配に目を覚ました。まだ遠いが、こちらへ向かってきている気配が3つある。
「コルビアス様。コルビアス様、起きてください」
「ん…えっ!?あ、ここは…」
「寝ぼけている場合ではありません。人が来ます」
ぼおっとしていた様子のコルビアスであったが、すぐにここがどこか思い出したようで、慌ててナハトの膝の上から立ち上がった。まだ気配が遠いことを確認して、ナハトは隣に寝かせていた少女の様子を確認する。どうやら峠は越したようで、今は穏やかな寝息を立てている。
「僕はどうしたらいい?」
扉を確認しながらコルビアスがそう訪ねてきた。
昨日ナハトたちをここに入れた奴らはさっさと行ってしまったから、ここへ連れてこられてから初めてのまともな接触だ。これで奴らの目的などが分かるといいが―――ただ痛めつけるためという可能性もあるため、万が一に備えてナハトは口を開く。
「コルビアス様、この子と一緒に隅の方にいてください。何か言われても反発せず、常に私の指示に従ってください。…よろしいですね?」
「わ、わかった」
素直に頷いたコルビアスに微笑むと、ナハトはマントに包んだ少女をその手に預けた。酷い臭いに一瞬コルビアスは顔を顰めたが、すぐに引き締めて牢の隅に蹲った。
それと同時に、地下牢へと続く扉が開く。短髪で劣等種の割に随分と体格のいい男が2人の部下を連れて降りてきた。その顔にナハトは妙な既視感を覚える。思わず目を細めるが、男はナハトを見て興味深そうに眉を上げた。
「こいつが噂のやつか?」
「そのはずです」
「ああ?なんだ、まだ確認させてないのか。おい、あいつを呼んで来い」
「わかりました!」
すぐに後ろに控えていた片割れの男が走り出す。
(「今、奴はなんと言った…?こいつ、確認って…私を知っているのか…?」)
思わずナハトが腰を浮かせると、短髪の男は牢の鍵を開けて中へ入ってきた。ずかずかと近寄る男にナハトが立ち上がる。すると、なんの前触れもなく男はナハトの頬を殴り飛ばした。
「レオ!!」
「…っ、大丈夫です」
男の手が動くのが見えていたからギリギリで受け流せた。それでも仮面は弾き飛び口の中を歯で切ったが、他にダメージはない。
「ああ?レオだ?…おい、ターゲットの名前レオじゃねぇだろ」
「そ、それは…」
「それに…確か、そいつは女じゃなかったか?」
男の言葉にナハトは目を見開いた。彼らは探している人物がいて、その人物は”レオ”という名前ではなく、さらに”女”だという。
まさかという思いで心臓の鼓動が跳ね上がった。
「おい、こいつ男じゃねぇのか?つうか、そもそも本当に獣人じゃねえのか?」
「す、すみません…」
「すみませんじゃねぇんだよ。どうなんだよ?」
短髪の男は残った部下をそう問い詰め出した。この男がどういう立場の人間なのかはわからないが、随分と短気で荒っぽい。いきなり殴りかかってきた事もあって、本当に荒事になるかもしれないとナハトはコルビアスと少女を背中に構えた。
その時、地下牢へ続く扉が開いた。かつかつと3人分の足音が聞こえ、それと同時に入ってきた青年が口を開く。
「イルゴさん。俺に用ってなんですか?」
その声には聞き覚えがあった。ナハトが顔を上げるのと、その青年と目が合うのはほぼ同時―――。
そして、その瞬間にナハトは唐突に悟った。彼らが捜していたのはナハトだと。ゆっくりと階段を下りてきた青年”フラッド”を見てナハトは奥歯を噛みしめた。
「な、何でナハトがここに!?まさか用って…イルゴさん!」
フラッドが狼狽えた様子で牢まで駆け下りてきた。
だが焦った様子のフラッドとは反対に、短髪の男―――イルゴは、にやりと顔をゆがませてナハトを振り返る。その目には悪意しか浮かんでいない。一瞬で背筋が凍りそうな顔でイルゴは問い詰めていた部下を押すと、ナハトを振り返って口を開いた。
「なんだ!合ってたのか!!んじゃぁこいつ…んな成りして女なのか」
イルゴはそう言ってちらりとナハトの後ろにいるコルビアスたちに視線を向けた。まさかナハトが目的の人物とわかって排除するつもりか。そう思ってナハトが一瞬視線をずらした瞬間、イルゴはナハトの肩を掴んで体を背中側に滑り込ませた。ナハトを背後から抱えるような形だ。
「なっ!?」
縛られた両腕事抱え込まれたうえ背後にまわられた。腕を外そうともがいてみるが、単純な力勝負では勝てそうにない。しかもそのまま床に押さえつけられ、足の上に乗られてしまった。
(「こいつ、強い!」)
だが、そう思ったのも束の間、イルゴは左手をナハトの胸元に突っ込むと、胸を確認するように弄った。
「ああ?なんだよ。胸ねーじゃねえか」
「きっ、貴様…!?」
「あー…抑えてんのか。どれ」
「や、やめ…!!!」
恐怖で体が竦む。胸を押さえていた下着をずらされ、直に触れられて、またナハトの目の前が真っ暗になる。
だが、以前と違う事が一つだけあった。春の舞踏会ではナハトとナハトを襲うものの2人だけであったが、ここにはコルビアスがいた。身をよじったナハトの目に、怯えて真っ青な顔でこちらを見ているコルビアスが映る。
「おっ?思ったよりはあるじゃねーか。それに…はは、すげーな。この耳、この距離で見てもわからねーや」
「ぐっ…!」
「レオ…!」
髪を掴まれ、無理やり頭だけ引き上げられる。
恐怖に竦んでいたコルビアスであったが流石に耐えきれなかった。少女を抱えたまま思わず腰を浮かせると、イルゴがコルビアスの方を向いた。
瞬間、ナハトは無理やり頭と上半身をひねって、上に乗っていたイルゴを押しのけた。髪がちぎれる音や骨が軋む音がしたが無視し、バランスを崩した彼の下から転がって這い出すとそのまま反動をつけて起き上がる。
「おーおー、必至だな。この獣人の前じゃそんなに嫌か?」
「……」
ナハトは答えず、イルゴを睨みつけた。
それが気に食わなかったのか、それとも元の性格なのか―――どちらかはわからないが、イルゴはぎりっと音がしそうな勢いで歯を食いしばった。目が血走り、怒りをあらわにしながら絞り出すように呟く。
「獣人の…王族なんぞに尻尾を振る、穢れた同胞…!」
イルゴが武器を抜いた。こんな狭い牢の中で何をする気だとナハトは構える。
しかしそう思ったのは牢の外にいた面々も同じであったようで、口々にやめるよう叫ぶ。
「イルゴさん、やめてください!」
「殺しちゃダメですよ!!」
「イルゴさん!!」
コルビアスの顔も青を通り越して真っ白だ。ここでナハトが死ぬようなことがあればどんな目に合うかわかったものではない。ガタガタと震えながら呟く。
「レオ…」
「動いてはなりません。私は大丈夫ですから」
微笑みを浮かべたナハトにコルビアスが目を見開く。
それと同時にイルゴが斬りかかってきた。狭い牢内だというのに驚くほど洗練された動きだ。やはりこの男は強い。
しかし―――。
(「…ヴァロくんよりは弱い」)
突き出される短剣を避けてイルゴの懐に潜り込むと、ナハトは肘と膝でイルゴの手を勢いよく挟んだ。衝撃と痛みに上がった顎に、握り合わせた両手を叩き込む。ナハトより大柄のイルゴもさすがに顎への一撃は耐えられず後ろへたたらを踏んだ。そこへ続けざまに床に手をついて、伸び上がるように顎を完全に蹴り上げた。
「っが!あ…」
そのまま白目をむいて、イルゴは床に転がった。
「イルゴさん!?」
「て、てめぇ!!」
「…まだやるのか…」
叫んで牢へ入ってきた2人は、先ほどイルゴに連れてこられた部下2人だ。明らかにイルゴよりも弱い彼らなど、2人がかりとはいえ負ける気はない。
突っ込んできた先頭の男の攻撃を避けて転ばせると、その頭にかかとを叩き込んだ。顔面を打ち付けた男が呻いている間に、その後の男の顔面に向かって両足を突き出す。弧を描いて吹っ飛んだそいつは牢の扉に叩きつけられて動かなくなった。
がしゃんと派手な音を立てて、鉄の扉が揺れる。
「なんだ!?」
「何の音だ!!!」
音を聞きつけたのかさらに2人が地下牢の階段を下りて来た。残るはフラッドと、フラッドと共に来た淡い黄色の長い髪を縛った男、それと新しく駆け付けた2人だ。
駆け付けた者たちは牢の中を見て武器に手をかける。
「…まだ、やりますか?」
「うっ…」
流石に縛られた状態で3人を相手にするのはきつかった。肩で息をしながらナハトが問うと、フラッドと共に来た男が駆け付けた2人に視線を向けて首を横に振る。どうやらイルゴの次に立場が上なのはあの男のようだ。
ナハトは口元の血を拭い口を開く。
「…やらないなら、そいつらを連れてさっさと消えろ。…次は容赦しない」
「く、くそっ…」
扉が完全にしまったのを確認して、ナハトはやっと息を吐いた。冷汗が噴き出して眩暈がする。触れられた肌は鳥肌が立ったままで吐き気も酷い。膝をついて息をすると、垂れた汗が石の床に染みを作った。
「れ、レオ…。……大丈夫?」
気まずそうな顔で問いかけてくるコルビアスにナハトはゆっくりと視線を向けた。安心して腰が抜けたのか、少女を抱えたままぺたんと座ってこちらを見ている。
「正直に申し上げれば…あまり、大丈夫ではありませんね…」
「そ、そうだよね…。あ、もう、ナハトって呼んでもいいのかな…?」
「…それは、お好きになさってください」
相変わらず自由にならない手で汗を拭う。ずれた下着が気持ち悪いが、手がこれではどうしたって直せない。諦めて、五月蠅いほど響いていた心臓の音が落ち着いてくるのを待ってナハトは立ち上がった。引っ張られた際に取られた耳を拾って確認するが、どうやら外れただけで壊れたわけではなさそうだ。それに安心して、コルビアスの隣に腰かけた。
「コルビアス様、その子の様子を見せてください」
「あ…ああ」
コルビアスから少女を受け取って横に寝かす。少女はあの騒ぎでも、コルビアスの雑な抱き方でも起きなかった。余程疲れているのか、それとも魔力の回復のために深い眠りに落ちているだろうか。
(「…そういえば、私が魔力の枯渇に陥った時も目覚めなかったと、ヴァロ君が言っていたな…」)
そう思って少女の頬に触れる。冷たかった体温も上がってきて暖かく、寝息も落ち着いている。額に触れてみるも熱はない。
すると、少女の瞼がぴくりと動いた。ゆっくりと開いた瞳の色は明るい黄緑色をしている。
「あ…!」
目を覚ますかどうかわからないと昨日言ったからか、コルビアスはこの少女の事を随分と心配していた。嬉しそうに微笑んだその顔を寝起きの緩んだ少女の視線がとらえる。
だが、すぐにその横にいるナハトにも気が付いたようだ。視線が現状を理解するかのようにゆっくりと色を増していき―――。
「ひっ…!!」
すぐに恐怖の色に染まった。
「ごめんなさい!ごめんなさい!!!」
「ど、どうしたんだ!?」
ばたばたと牢の隅に逃げて少女は丸くなった。「殴らないで」と「ごめんなさい」を交互に繰り返しながら震えている。
自分より幼い少女が頭を庇うように抱えて丸くなる様子にコルビアスは愕然とした。こんな態度をとられたのは生まれて初めてであったからだ。優等種の少女が劣等種を見て怖がっている―――それはコルビアスにとって、とてもショックな光景であった。
「…コルビアス様、その子に私は敵ではない事を説明していただけますか?」
「ぼ、僕が…?」
ナハトの問いかけにコルビアスは思いのほか狼狽した。ナハトが怖がられているのだから対応することはコルビアスにしか出来ない。それは分かっているのにじわじわとよくわからない恐怖がこみあげて落ち着かない。
「お願いします。話をするためにも、私が敵ではない事を伝えてください」
「…わ、わかった」
そのままコルビアスは一歩踏み出そうとして、すぐにナハトに止められた。屈むように言われ、首を傾げながらも言う通りにする。そうしてそのまま少女に近づくと、何故そう言われたのかすぐにわかった。
(「視線が近い…」)
人の気配に少女が顔を上げた。その少女と視線が近かったせいか、それともコルビアスが子供であったからか、少女の瞳から警戒の色が薄れた。それにほっと息を吐いて、コルビアスは口を開く。
「怖がらなくていい。私も…ナハトも、敵ではないよ」
ナハトの事をどういうのかと一瞬悩んで、結局名前で言った。微笑みながらナハトを振り返りながらそう言うと、少女はつられてナハトを見て―――視線を落とした。
そしてしばらく何かを考えた後、震えながらも自分の耳を引っ張って呟いた。
「み…耳…」
「…え?」
「コルビアス様、おそらく耳が本物なのかを確認したいのかと」
「あ、ああ…なるほど…」
ナハトの言葉に、コルビアスが「そうなの?」と問いかけると、少女はびくりと体を震わせながらも頷いた。確認と言われてもどうしたらいいのか。そう悩んで、コルビアスもぐっと自分の手で耳を引っ張ってみた。耳と尻尾は神経が多いためかなり痛い。
痛いがそれで顔が歪んだのが良かったのか、少女があからさまにほっとして肩の力を抜いた。恐る恐る手を伸ばして、コルビアスの服の袖を握る。
「ナハトも、近づいてもいいかな?」
「……こ、怖くない?殴ったりしない?」
「絶対にしない」
コルビアスがそう言い切ると、少女はナハトを見て小さく頷いた。それにナハトも安心して、屈んだまま少女に近づく。
すると少女の視線がナハトの肩付近に向いて止まった。ナハトのマントは2重構造になっているため、少女が持つものとナハトが付けたままの物とは同じ色と素材である。それに気づいたのか戸惑った様子の少女に、ナハトも微笑んで口を開く。
「それはあなたがお使いください。その薄着では、ここはあまりに寒いでしょう」
「…い、いいの?」
「はい。もし、まだ私とお話をしてくださるようでしたら、お名前を教えてくださいませんか?」
「……………ピリエ」
ナハトの問いに、少女はたっぷり時間をおいて小さくそう名乗った。
ピリエと名乗った少女はナハトとコルビアスが話している様子を見て、敵ではないとわかってくれたようだった。寄りかかってきたのをそのまま受け入れてやると、ぽろぽろと泣きながらどうしてここにいるのかを少しずつ話し出した。
それによると、どうやら彼女はアスカレトに両親と共に住んでいたが、庭で遊んでいた際に劣等種に攫われてしまったらしい。気を失う前のことは覚えておらず、目を覚ましたら同じように誘拐された子供たちとこの牢のような場所に閉じ込められていたそうだ。トイレも風呂もないそこに押し込められ、食事は日に一度。ピリエよりも年上の者たちもいたが、度々連れ出されては意識のない状態で戻されるというのが繰り返され、死んでしまった者もいた。
そんな中、ピリエはその魔力の多さを買われ、あちこち連れまわされては魔力を使うことを強要されていたそうだ。
「ぴ、ピリエは…魔力が多いって…そう、言われて…。役に立てば、な、殴らないからって…」
「そうでしたか…」
もしかしたらピリエがナハトらと共に牢へ入れられている理由は、ここからまた移動をするためかもしれないと思う。他の牢がどうなっているのかここからは分からないが、人の気配がない事やこの臭いからしても”まともに使える牢”がここしかないというのが正しいのだろう。
そっとピリエの頭を撫でてやるとしがみつくように抱き着いてきた。聞けばまだ6歳だという。彼女が受けた苦しみを考えると、胸が痛んでならない。
「こんな事が行われているなんて…!」
怒りを滲ませながらコルビアスは拳を震わせた。コルビアスには味方が少ないため、自由に動かせる人員もディネロくらいしかいない。だから集まる情報はどうしたって首都周辺に限られた。
言い訳にもならないが、だから全く知らなかった。遠く離れたアスカレトで優等種の子供が誘拐され、このような目にあっていたとは。
「しかし…いくらなんでもおかしいですね」
ナハトの呟きにコルビアスは頷く。ピリエの話では優等種の子供がそれなりの数誘拐されているようなのに、風聞にそのような話が上がっていたことはない。ナハトもコルビアスも平民が読む風聞にも目を通していたが、そのような事が書かれたことは今までなかった。いくらなんでもおかしすぎる。
「ここにも、貴族がかかわっているのだろうか…?」
「正直なところわかりません。結局彼らの目的も…」
と、そこまで言ってナハトは思い出した。不自然な形で話を切ったために不思議そうな顔でこちらを見るコルビアスに、ナハトは深々と頭を下げた。
「ナハト…?」
「申し訳ありません。彼らの目的は…私のようです」
そう言われてコルビアスも思い出した。ナハトに叩きのめされた劣等種、イルゴが言っていた。ナハトを指して”こいつだ”と。そのあと来た者については本当にナハトの知り合いであったようだし間違いないのだろう。
という事は、コルビアスはナハトに言うことを利かせるための人質として連れてこられたという訳だ。巻き込んで申し訳ないとそう言われていることに気が付いて、コルビアスは小さく息を吐いた。
「そもそもを言えば、これは僕がナハトたちの言うことを聞いて避難できていれば避けられたことだ。だから…自業自得だよ。気にしないでいい」
「…わかりました」
それはコルビアスの本心だった。ナハトは自分のせいだと言ったが、彼らはコルビアスの事を”王族”だと言っていた。ならば、コルビアスの事を”王子である”と知って連れてきたという事だ。
両手を縛られ、魔力を使えないこの状況下でも体を張って戦ってくれているナハトに、コルビアスはこれ以上何も言うつもりはなかった。
「…お兄ちゃん、偉い人なの?」
「えっ…?えっと…少しだけ、ね」
覗きこむようにピリエに問われ、コルビアスは少し恥ずかしそうに頬をかいた。幼いピリエにはまだ王族と言われてもよくわからないだろう。首を傾げ返すピリエにコルビアスが何と返そうかと思っていると―――ナハトが顔を上げた。
厳しい視線に、誰か来たことを悟る。
「ナハト…」
「はい…。人が来ます。おそらく4人…」
流石に4人に一度に襲われたら倒し切れるか怪しい。こちらは丸一日水も食べ物も口にしていないのだ。
だが、そうも言っていられない。ナハトは牢内に視線を巡らすと、戦闘の邪魔にならなそうな右隅にコルビアストピリエを座らせる。震え始めたピリエに目深にマントを被らせると微笑んで口を開いた。
「怖いかもしれませんが、ここで大人しくしていてください。コルビアス様、私が何か言うまで動いてはなりませんよ」
「わかった」
コルビアスの返事を聞いてナハトが立ち上がったその時、また鈍い音を立てて地下牢への扉が開いた。
今回ナハトが戦えたのは、コルビアスと少女がいたからです。
守る者がいると人は強くなります。
それは戦闘面以外でも同じです。
一人では恐怖に飲まれてしまうナハトですが、自分がここでやられたらどうなるか…その想像がつくだけに、必死に自分を鼓舞しました。




