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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第四章
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第32話 襲撃者たち

「何事だ!」


 悲鳴と同時に、どん!という低い地響きがした。ナハトが魔力を使った際に響くそれとは違い、少しして爆風が襲ってくる。バサバサとテントが揺れ、一斉に鳥が羽ばたいた。

 すぐに近衛騎士団が構えて森へ向かって駆けて行くが、距離が離れ過ぎていてここからは様子が見えない。

 だが―――。


「レオ!」

「ああ、これは…!」


 流石にナハトでもわかる。爆風と共に、森から噴き出すように魔獣の魔力の気配が流れてきた。これだけ離れていてもわかるフルブルとオルブルの気配。いったい何体の魔獣が現れたというのだ。


「コルビアス様、こちらへ…!俺についてきてください!」

「わかった!」


 あらかじめ避難経路は相談してあった。ヴァロを先頭にコルビアス、シトレン、フィスカと続き、殿はナハトだ。

 だが飛び出したテントの外は阿鼻叫喚と言った様子であった。足の速いオルブルに翻弄された者たちが逃げ惑い走り回る。警備の騎士はいるが、多くは森に狩に出てしまっていて全員を守るには到底手が足りない。しかもオルブルは倒すのにコツがいる。


「コルビアス様!早くお逃げください…!」


 コルビアスのテント前にいたマシェルの騎士がそう言って駆け寄ってきた。その背にオルブルが飛びつく。ナハトとヴァロが助けに出る間もなく、オルブルに翻弄された騎士は首から血を流して倒れた。それを見たコルビアスが声を上げる。


「アロ、レオ!みんなを…!」

「駄目です!今はコルビアス様の避難が一番です!」

「でも!!!」

「駄目です!」


 今にも飛び出しそうなコルビアスを無理矢理ヴァロが抱え上げ、そのまま走り出した。ヴァロもナハトも助けられるなら助けたいと思っている。

 だが、如何せん敵の数が多すぎるのだ。この状態でコルビアスを守りつつ他の者までは手が回らない。


「コルビアス様、堪えてください!貴方様の避難が最優先です!」

「くっ…!」


 シトレンが抱えられたままのコルビアスにそう声をかけた。コルビアス自身も分かっている。今は自分の避難が最優先だと。

 分かってはいるが、抱えられた事で高くなった視界は森近くのテント様子までコルビアスのもとへとどけた。倒れる多くの人々、魔獣に手こずる騎士たち。怪我人すら武器を手に戦っている。なにより、ナハトとヴァロは彼らが手こずる敵を片手であしらっているように見えた。実際は戦ったことがあるかどうかの差であったが、そんなことを知らないコルビアスには、こちらの戦力は有り余っているように見えたのだ。


「お願いだ!レオ、アロ!!!」

「駄目です!」


 叫ぶコルビアスを抑えてヴァロは走った。オルブルに絡みつかれて叫ぶ令嬢の横を歯を食いしばって通り抜ける。助けたいがその一瞬すら危険な状態なのだ。間違うわけにはいかない。

 壊れたテントを避けて回り込んだそこにフルブルが突っ込んできた。武器がいくつも刺さった手合いのフルブルは、走るヴァロに狙いを定めて走り出す。


「そのまま行け!」


 ナハトはそう言って左手を振った。飛び立った血から蔦が生え、あっという間にフルブルを絡みとる。興奮するフルブルを無理やり押さえつけ、その横をコルビアスを抱えたヴァロたちが走り抜けた。追加でフルブルにとどめを刺して、ナハトは周囲に視線を巡らせる。


(「おかしい。騎士の動きが明らかに鈍い」)


 戦う騎士たちの様子にナハトは強い違和感を覚えた。近衛騎士団もマシェル騎士団も手練れが多いと聞いていたのに、明らかにオルブルに手こずっている。慣れの問題を置いてもここまで手こずるなんて、まるで新兵しかいないようではないか。


「レオ!」


 ヴァロの声に顔を上げると、複数のオルブルが集団でこちらへ向かって来ていた。興奮しているのか目が真っ赤に光ったオルブルは、牙を向けて突っ込んでくる。それをナハトが魔術で、ヴァロが右手と足でそれに応戦したその一瞬―――拘束が緩んだのを見計らって、コルビアスはヴァロの腕から逃げ出した。


「コルビアス様!?」

「ちょっ!?えええっ!?」


 シトレンが慌てて追いかける。

 コルビアスが向かった先はオルブルに絡みつかれて叫んでいた令嬢のもとだ。自分を盾に守らせるつもりだと悟り、ナハトもすぐそちらへ向かう。令嬢の元へたどり着いたコルビアスはオルブルを引きはがそうとするが、魔獣が子供の力ではがれるわけはない。刺激された魔獣がコルビアスへと飛び掛かり、それをナハトが空中で蹴り飛ばす。ダメージにはならないが距離を取れればいい。


「レオ!助かっ…」

「動かないでください!今度は、絶対に!!!」


 ナハトがそう叫ぶと、令嬢を抱えたコルビアスはぎゅっと拳を握り込んだ。

 ヴァロがフィスカを連れて合流する頃には、もう逃げようがない状態になってしまっていた。多くの敵に認識される前に逃げ切りたかったが、足を止めてしまった以上そうはいかない。ここで敵の数を減らして逃げるしかない。


「どうするんですか?」


 シトレンの問いに、ナハトは視線を巡らせて考える。逃げられそうな道を導き出しそれに到達するまでの手を考え出す。


「私が全員を守りつつ敵を拘束する。アロ、君は拘束した敵にとどめをさせ!」

「わかった!」

「シトレンはコルビアス様と令嬢を、フィスカは周囲の警戒と私の回復薬の管理をお願いします」


 返事を待たず、言うだけ言ってナハトは右手の指を切り裂いて叩きつけた。魔力を気にする余裕もない。視界に入るものを端から拘束し、コルビアスと令嬢を中心に蔦の壁で覆う。それに反応してヴァロは壁から飛び出していった。フィスカとシトレンも今は何も言うべきではないとわかっているのだろう、ナハトの指示に従って動いてくれる。

 封を開けて渡された回復薬を口に、ナハトは次々と魔獣に攻撃と拘束を繰り返す。少しずつ敵の数は減ってきたが、やはりおかしい。


(「騎士の数が減ってる…!?」)


 この騒ぎの中森から戻ってくる者がいない。だから傷つき、離脱していく騎士が増えて騎士の数が減り、避難誘導もままならないのだ。という事は、森の方は森の方で魔獣と戦っているのだろう。リューディガーが戻ってこないのもそのせいに違いない。


「くそっ!きりがないよ!」


 ヴァロがそう叫んで突っ込んできたフルブルにとどめを刺す。魔獣は結構な数倒しているが、一向に数が減る気配がない。何よりとどめを刺すものがヴァロしかおらず、負傷者や逃げ遅れた人を壁で覆っていることもあって、ナハトの魔力はぐんぐん減っていく。このままではナハトの魔力の方が先に無くなってしまうだろう。


(「このままではジリ貧だ…!どうすれば…」)


 その時、ナハトの視界の端に見知らぬ優等種がうつった。見たところ平民のような格好だがと、そう思ったのも束の間、次々と現れた彼らは武器を手にナハトへと襲い掛かってきた。


「なっ…!?」


 考えるより先に体が動いた。ついたままの右手を軸に体を回転させて先頭の男を転ばし、魔術でしばりつけた。

 しかし右手を地面から離せない状態ではこれが限界だ。後は左手に構えたダガーと魔術でどうにかするしかないが、集中力が切れればすぐに蔦の壁は崩壊する。


「フィスカ、シトレン!戦えますか!?」

「言われなくとも…!」


 護身用だろうか。シトレンとフィスカは腰から短剣を取り出すと構えた。ナハトの前に出て応戦してくれるが、敵の数が多い。ヴァロはどこかと視線を巡らせると、ヴァロはヴァロで魔獣と優等種に襲われていた。

 だが、そうして見て気づいた。ヴァロとやりあっている男たちの耳と尻尾がどう見ても作り物にしか見えない物であったのだ。ぼろぼろの耳と尻尾、という事は彼らは―――。


「まさか…劣等種!?」

「何ですって!?」


 ナハトの呟きにシトレンが反応する。傷つきながらもなんとか応戦したシトレンは倒れた男の耳を思い切り引っ張った。するとその耳は取れて、下から肌の色と同じつるりとした耳が現れた。


「まさか…!」

「くっ…!」


 ナハトは呆けた状態のシトレンを足払いで転ばせ、向かってきた男にダガーを投げつけた。それは狙い通り男の足に刺さり、転んだそいつに足を取られてその後ろの男たちも転んだ。

 ほんの少し攻撃がやんだ今をチャンスとばかりに、ナハトは声を張り上げる。


「アロー!!」


 応戦していたヴァロがすぐさまこちらを向いた。こうなったらもう多少無理をしてでもここから去るべきだ。ヴァロが来たらすぐにでも逃げようとナハトが算段を付け始めたその時―――焦った様子でこちらへ跳んでくるヴァロと、ナハトの右手から飛んできた魔石のついた何か丸い物が重なった。

 瞬間―――轟音と共にそれが弾けた。


「っあ!?」

「きゃぁあ!!」

「ぐっ…!!」


 地面ごと抉る勢いで爆発したそれは、ナハトが反射的に作った壁も破壊して全員を吹き飛ばした。バウンドしながらも何とか受け身を取るも、爆発の近くにいたため耳がばかになったように働かない。そのせいで眩暈も酷く、視界が歪んだ。


「…っ」


 叩きつけられた背中が痛むが慌てて周囲を見回すと、少し離れた場所にヴァロ以外の全員がまとめて転がっていた。誰もかれも、意識がない。


「くそっ!!」


 悪態をついて駆け寄ろうと踏み出した足に何かが巻き付いてきて転んだ。鎖だ。引きずられながらも落ちていた半分に折れた槍の柄を投げつける。避けられたがその隙に反対の手で魔力を流して男をぐるぐる巻きにした。

 そうして次々と起き上がってきた劣等種にも魔力を流す。あれだけの爆発だったのだ。また騎士団がすぐに駆けつけてくるはず。そう思ってナハトは力と魔力を振り絞った。

 だが―――ナハトが出来たのはそこまでだった。


「…え…」


 かちゃりと音を立てて首に付いたそれは見覚えのあるものだった。カントゥラのギルドの地下牢で首につけられた魔石の首輪。しまったと思う前に魔力が引っ張られ、あっという間に魔力の枯渇が起こった。視界が明滅して体の力が抜ける。

 直後、頭に感じた強い衝撃に、ナハトの意識は刈り取られてしまった。








 

シトレンとフィスカは昨年の冬の舞踏会あと、少し戦闘技術を磨きました。

何もできないではいけないと思ったからです。

ですがまだまだ素人に毛が生えた程度ですが、何とか抵抗しきれました。

その代わり体中傷だらけです。ナハトとヴァロほどではありませんが…

コルビアスが助けた令嬢は重傷ですが何とか無事です。

コルビアスが助けなければおそらく死んでいたでしょう。


念のため書いておきますと、フルブルはイノシシのような魔獣です。

オルブルはフルブルに顔がよく似た鼬鼠みたいな魔獣です。

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