第29話 戻らない距離
マシェル城へ着くと、すぐに全員で転移の魔法陣へと向かった。魔法陣のある部屋は準備が整った魔術師たちが待機していて、フィスカとヴァロ、ジモは、すでに荷物と共に転移した後であった。
「お待ちしておりました、コルビアス様。コルビアス様と護衛騎士他3名様でよろしかったでしょうか?」
「ああ、頼む」
「かしこまりました」
転移の魔法陣の横にいた筆頭魔術師が視線を送ると、陣を真ん中に3方向に立った魔術師たちが魔力を流し出した。魔法陣に魔力が満ちると光り、少しの浮遊感の後にはもうビスティアの城の中である。
「お疲れさまでしたコルビアス様」
「ああ」
転移の魔方陣のある部屋で待機していた執事に従って部屋を出る。今日のところはこのまま帰宅し、明日登城して今日の報告を行う予定だ。今日はリステアードもニフィリムも、各々与えられた仕事のために城を出ている。
そのまま用意された馬車で屋敷へと向かった。屋敷が近づくにつれ、妙な緊張感がナハトを襲う。
「シトレンに言って先に連絡しておいてもらったから、フィスカがナハトの部屋を用意しておいてくれているはずだよ」
「恐れ入ります」
いつ連絡したのかわからないが、この迅速な行動は詫びのつもりだろう。密室でヴァロと顔を合わせるのは正直なところきついため、その行為はありがたく頂戴する。
屋敷へ着くとすぐにフィスカとヴァロが迎えに出てきた。荷物の搬入はもう済んでいて、本当にナハトの部屋ももう用意されていた。ナハトの部屋がフィスカの部屋の隣であるのはフィスカの心遣いだろう。
屋敷に着いたらコルビアスはまず先に着替えと昼食だ。刺さらんばかりに向けられる視線を無視して、ナハトはヴァロと護衛を交代して用意された部屋へと向かう。荷物などは新しい部屋へ移してくれているが、しまうのは自分で行わなければならない。真新しいベッドに積まれた服や私物をしまうと、今度は昼食をとるためにすぐに1階の食堂へ向かった。
全員の昼食が済むのを確認して、コルビアスはジモとディネロ以外の全員を部屋へ集めた。そこで話されたのは今後続く行事についてだ。
どうやらコルビアスの昼食の最中、冬と春の催しについての決定がなされたらしい。届けられた知らせを手に、コルビアスは何とも言えない顔で手紙の内容を口にした。
「すべてでございますか?」
「ああ」
シトレンの問いかけにコルビアスは頷く。冬の舞踏会から春の舞踏会の間は、春の舞踏会を含めて王族全員が出席する大きい行事が4つ立て続けに行われる。新年の催事、婚前式、狩猟大会、それと春の舞踏会である。
新年の催事は言葉通り新年を祝うもので、婚前式は貴族の結婚にかかわる重要な行事の一つだ。婚約自体はそれぞれの家長の許可があれば可能だが、結婚となると国王の許可が必要なのだ。それを行うのが婚前式で、これは1年に一度しかない。狩猟大会は恵み多き春を尊ぶ催事で、狩猟大会で集まる獣の数でその年がどんな年になるか決まると言われている。そして最後に春の舞踏会だが、これは言わずもがなである。
一番の問題は、これらすべてが冬の舞踏会が行われた場所で一様に行われる行事だという事だ。
「冬の舞踏会でのことは何の解決もしていないけど、王族の威信にかけてすべて中止せず行うそうだ。もちろん、会場の変更もない…」
「…侵入経路もわかっていないのに、開催を強行して本当に大丈夫なのでしょうか?」
「そこは…どうやら近衛騎士団が中心になって警備の見直しを行うそうだよ。近々正式に通達が行くはずだ。穏便に済むといいけど…」
それはおそらく無理だろう。ダンジョン都市マシェルが誇るマシェル騎士団が警備を外されるのだ。ただでさえ劣等種の侵入で言い合いになったところにこれでは、到底穏便に済むわけはない。
「どちらにせよこれは陛下の決定だ。僕はこれに従って、粛々と自分の役割をこなすしかない」
「左様でございますね」
シトレンの頷きに皆同意する。この国のトップであるウィラード国王陛下の決定を覆すなど、余程の事がない限りできないだろう。
ならば今後発生するであろうすべての行事について先に話をしておくまでだ。シトレンとコルビアスから各行事についての説明を聞くと、どうやら婚前式以外はコルビアスにもしっかり役割があるらしい。詳しい説明は省くが、新年の催事は王家の宝である一対の剣と盾、指輪、銀時計、翡翠の首飾り、それと銀杯の5つを王族がそれぞれ預かり、丸1日かけて祈りを捧げることから始まるのだそうだ。
「昨年まで王族と認められていなかったけど、それでも毎年銀杯を任されていたんだ」
王家の宝にも位があり、銀杯が一番下で剣と盾が一番重要なのだそうだ。剣と盾は国王であるウィラードが、指輪と銀時計はリステアードが、翡翠の首飾りをニフィリムが毎年担当しているらしい。
「…役割というのは、祈りを捧げる事だけなのですか?」
”祈りを捧げる”とは随分役割として抽象的だ。ナハトがそう問いかけると、コルビアスは頷いて口を開く。
「そうだよ。もっと正確に言うと、祈りの部屋で王族全員で祈るんだ」
ノジェス、ホーセム、カトカ、マシェル、アスカレトの城の王族のための区画には必ず祈りの部屋があり、その部屋には国王の城であるこのビスティア城の方向に魔石で出来た大きな窓がある。そちらを向いて王族全員で3時間ずつ4度の祈りを捧げるとの事らしい。
その部屋は王族のみが入室できるため、護衛騎士らは部屋の外で待機させられる。3時間たって出てきた王族を警護して部屋へ戻り、また時刻になったら集まりを繰り返すのだそうだ。
「祈りにはとても体力を使うから、部屋を出たら基本的にはすぐ部屋に戻って休むんだけど…昨年はそこに妨害が入ってね…。今年はないとも限らないから、みんなも気を付けてほしい」
「わかりました」
「次に来るのは狩猟大会だけど…これは力自慢みたいな行事なんだ」
新年の催事に比べて随分と雑な説明だとナハトは思った。だがよくよく聞いてみると、あながち間違いではないらしい。狩猟大会は主に若者や騎士のための催しで、狩った獣の大きさや重さで順位付けがされる。そしてそれが家門の力関係にも大いにかかわってくるのだそうだ。
「この催しには王族である僕やリステアード兄様、ニフィリム兄様も参加が必須なんだ」
「ですが、この催しは危険も多いため、14歳からの参加しか認められておりません。なので、護衛騎士から代理の参加を求められるのです」
「なるほど…」
そもそも狩猟大会は何の問題もなければ各家門から1人誰かしら参加するのが暗黙の了解になっているらしい。怪我や病気などで誰も参加できる者がいない場合は、私兵を雇って参加させることも珍しくない。それほど狩猟大会に参加することは重要とされているのだ。
もし狩猟大会で表彰されることがあれば、それは大変名誉なことである。家門の位が合わず婚約できない者や、騎士団に入ることが出来なかった者などの望みが叶う可能性があるほどだ。
「昨年はリューディガーしかいなかったから、リステアード兄様から騎士を一人お借りしたんだ。だからあまり結果が芳しくなかったんだけど、今回はナハトとヴァロもいる。だから、リューディガーに任せたいんだけど…お願いできるかな?」
リステアードから借りた騎士は、己が力を奮うことでコルビアスの評価が上がることを懸念した。そのため、小物を数匹獲ってくるだけという残念な結果になってしまったらしい。
さらに、昨年はその獣の中に何者かが毒を持つ活きのいい魔獣を仕込だため、コルビアスは今年こそはと少々力が入っている。リューディガーもそれが分かっているため、コルビアスの前に膝をついて頷いた。
「承りました」
「…!頼んだよ!」
リューディガーが快諾したことで、コルビアスはにっこりと微笑んだ。
一通りの話が終わると、リューディガーは不寝番のため仮眠をとるために自分の部屋へと戻った。ヴァロは護衛のためその場に残り、ナハトは今日復帰したばかりのため、あとはコルビアスの夕食時の護衛の交代以外はもう仕事がない。
(「庭で体でも動かすか…」)
長く休み過ぎたため体の調子を確かめるためにも鍛錬を行うかと、ナハトは扉を振り返った。だがその肩を、唐突にヴァロが掴んだ。
「…っ!」
ぱしんと音がして、ナハトはその手を振り払う。しかし、払ってすぐにしまったと思った。ヴァロとは話をするつもりであったが、まさかこのタイミングで触れてくるとは思ってもみなかったのだ。
突然手を振り払ったため、コルビアスとシトレンが驚いた顔でこちらを見ている。手を振り払われたヴァロは呆然とした顔だ。それに慌てて表情を取り繕ってナハトは口を開く。
「すまないヴァロくん、手は大丈夫かい?病み上がりで勘が戻っていないようだ。驚いてしまったよ」
「だ…大丈夫、だけど…」
「ナハト、勘が戻ってないって…もう少し休みがあった方がいい?本当に大丈夫?」
「大丈夫です、コルビアス様。お騒がせして申し訳ありません。私は外で鍛錬をしてきますので、これで失礼させていただきます」
そう言って一礼をして出て行こうとする背中に、また声がかかる。
「ナハト!」
「ああ、ヴァロくん。手が痛いようだったらジモから氷を貰ってくるけど、必要かい?」
「そ、それは大丈夫だけど…!」
「そうかい?ならば私はこれで失礼するよ」
「あ、待っ…!」
ヴァロから何かを言われる前に、ナハトは笑顔で扉を閉めた。直後どっと脂汗が噴き出る。触れられた肩が、何か乗っているかのように冷たく重い。
(「くそ…。話をするって決めただろう…!」)
震える指先を握りこんでそのまま額に当てる。ヴァロには何度も助けてもらった。だからきちんと話をするとそう決めたはずなのに、突然とはいえ肩に触れられただけで反射的に振り払い、手が震えて脂汗が出る。これではまともに話などできるはずはない。
「…はぁ…」
ナハトは無性にドラコに会いたくなった。今は時間があるが、こんな短い時間では会いに行けるはずもない。次の休みはしばらく先であるし、何よりドラコはクルムに預けているため、事前にクルムにも確認を取る必要がある。
込み上げてくる不安を拳に無理やり握りこんで、ナハトはゆっくりと扉から離れた。今はどれだけ不安でも寂しくとも、自分だけでどうにかしなければ―――。
ぐっと様々なものを飲み込んで、ナハトはそのまま庭へ向かう。そこで苛立ちをぶつけるかの勢いで鍛錬を続けながら、頭の中ではどうヴァロと話をしようかとずっと考えていた。
そもそも、何から話すべきなのかとナハトは思う。もうパーティは組めないという事か、それともクローベルグ家の世話になるつもりであるという事か。それとも、どうしてあんな事をしたのかと問うべきなのか―――。
どちらにせよ、ナハトがヴァロに伝えるべきことは、もう一緒にはいられないという事だ。それにヴァロが納得するもしないも、それだけは確かなのだ。
「はぁ…はぁ…」
肩で息をしながら汗を拭う。いつの間にか陽が沈んで、周囲は薄暗くなっていた。急いで戻らなければ夕食時の護衛の交代時間に間に合わなくなってしまう。大きく息を吐いて振り返って―――どきりとした。
屋敷の裏口へ続く扉の前に、見慣れた真っ白な髪の男が立っていた。
「ヴぁ…ヴァロくん…」
なぜ彼がここにいるのだろう。もしかしてとっくに交代時間になってしまっていたのだろうか。ナハトは狼狽えたのと少しの恐怖とで後ろへ一歩下がる。
「ど、どうして、君が…ここに…?」
「…リューディガーに頼んで少し早く交代してもらったんだ。ナハトと…どうしても、話がしたくて…!」
そういうヴァロの顔は今にも泣きだしそうであった。だが、その目に以前は感じなかったナハトに対する強い好意を感じる。
ナハト自身もヴァロと話をしようと思っていたが、その目で見られる事には口にしようのない嫌悪感と恐怖を感じてしまい、外であるのに2人きりという現状に体が震えてしまう。だから、ヴァロが一歩こちらに踏み出した瞬間、ナハトは思わず声を上げていた。
「動くな!」
「…っ」
ヴァロが息を吞んだのが分かった。しまったともすぐに思う。こんな言い方をするつもりはなかったのだが、口に出した言葉はもう戻すことが出来ない。
「す、すまない。今とても汗をかいていてね、あまり近づかれるのはよくないと思ったんだ」
「…そ…そっ…か」
「ああ、驚かせてすまない。……それで、何を話したいんだね?」
ほんの少しの好奇心だった。いったいヴァロが何を語るのか、どんな言い訳をするのか少しだけ興味があったのだ。ヴァロ自身、きっともう一緒にいられないのは分かっているはずだ。それでもまだ一緒にいたいと思うならば、彼が何を語るのか―――それをナハトは知りたかった。
ナハトの問いにヴァロは目を泳がせて俯いた。そのまま少しだけ待つと、意を決したように口を開く。
「あの、俺……あ、謝り…たくて…。あ、あんな事…す、するつもりなくて…!」
真っ赤な顔で薄く涙を浮かべるヴァロには深い後悔の色が見える。
わかっている。ヴァロはアサシギの香でおかしくなってしまっただけだ。あれがなければナハトを襲うことはなかっただろうし、もしかしたら好意を伝えるような事もなかったかもしれない。
だが―――そうであったとしても、ヴァロがやった事はナハトが許せるものではなかった。軽々しく謝るなどと言ってほしくない。まだ言い訳の方がマシであったのかもしれない。どちらにせよ、そんな簡単に許せるものではなかったのだ。
ナハトは大きく息を吐くと、笑ってヴァロを振り返った。
「何の事だね?」
「…え……」
「君が謝ることなど何もないだろう。君は香の効果でおかしくなっていた。だから私が眠らせた。それだけだろう?」
「そ、そ…れは…」
言葉にすれば確かにその通りだが、ヴァロがしてしまった事はそんな単純なものではない。どうしてそんな事を言うのかとナハトを見て―――ヴァロは息を呑んだ。
ナハトがとても怒っている。
「な…ナハト…」
「話は終わりだね。それでは私はもう戻るよ」
ナハトはそう言って、微笑んだままヴァロの横を通り過ぎた。ぱたんと音がして、裏口の扉が閉まる。
取り残されたヴァロはどうすることも出来ないまま、その場に立ち尽くしていた。
コルビアスは既に城へ住む許可を与えられていますが、引っ越しには時間がかかるため、春の舞踏会が終わってからの引っ越しを予定しています。
そのため今はまだ城のはずれの屋敷で過ごしています。
ヴァロはナハトに謝って許してもらえるとは思っていませんでしたが、それ以外の方法が思いつきませんでした。
結果大いに怒らせてしまい、途方に暮れています。
ナハト自身もヴァロにどうしてほしかったのかはわかっていません。でも実際に謝罪を耳にしたら怒りが前に出てきてしまい、どうしようも出来なくなってしまったという感じです。




