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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第四章
124/189

第22話 長い夜(上)

※ナハトが襲われる描写や過去のトラウマについて書かれています。

18禁に触れない程度にしているつもりですが、それでも結構胸糞は悪いと思います。

泣いたりもしていますので、苦手な方は飛ばしてください。

















「こちらの部屋をお使いください」

「ありがとう…ございます…」


 案内された部屋は舞踏会の会場であるホールから少し離れた部屋だった。ソファが2脚とローテーブル、それと横になれるようベッドがある。その大きい方のソファにナハトをおろすと、ロザロナは膝をついて震えるナハトの手を取った。

 そしてそのあまりの冷たさに顔を顰める。


「失礼ですが、何か持病でもおありですか?」

「い、いえ…。すみません、少し休めば…動ける、ように…」


 座っているにもかかわらず息が上がるナハトに、ロザロナは近くにあったひざ掛けを肩にかけた。マシェルは温暖にもかかわらず、ナハトの体は冷え切っている。持病ではないならなんだと思うも、当の本人は答えるつもりがないのか口を閉じたままだ。

 このままここへいても何の慰めにもならないと思ったのか、ロザロナは「給仕に温かいものを用意させます」と言って部屋を出て行った。舞踏会では休憩できるよう用意された、大きさの違う部屋がいくつもある。他の部屋もあるのでこの部屋は気の済むまで使っていいとも言ってもらえたので、沈み込むようにソファへ寄り掛かった。

 途端背筋に走った悪寒に体を抱えて蹲る。


「ふ…ううっ……」


 しんと静まり返った部屋に、微かに舞踏会の音楽が聞こえる。部屋の中にはナハトしかおらず、使用している部屋は外からもわかるようになっているため誰かが無遠慮に入ってくることもない。

 そう分かるともう震えも涙も止めることが出来なかった。声を上げることは出来ないため唇を噛んで堪えるが、ぼろぼろと零れる涙は落ちて染みを作っていく。邪魔な仮面を外し、両手で顔を覆う。化粧が落ちるのなんか気にならない。それよりも少しでも吐き出したかった。

 だが―――そうして堪えているところにガチャリと音がして扉が開いた。


「ああ、いたいた」


 反射的に顔を上げたナハトの目に映ったのは、ニフィリムと一緒に姿を消したブランカだった。何故と思う間もなく、ナハトの顔を見たブランカは目を見開いて迫ってくると、そのままソファにナハトを押し倒した。あまりの恐怖に出かかった悲鳴が喉で止まる。

 その何が良かったのか、ブランカは恍惚の表情でナハトの頭を固定すると荒い息で口を開いた。


「ああ~やっぱりだ。絶対綺麗な顔だと思ったんだよ…」

「な…ひっ…」


 普段のナハトならばすぐさま蹴り飛ばして魔術で拘束していただろう。

 だが今はあれほど嫌だったドレスを着て、ホールで多くの視線に晒され、踊りたくもないダンスを踊らされ、密着され、婚約を申し込まれと、立て続けに起こったそれらで弱り切っていた。震えた体で抵抗するには相当な胆力がいるが、一度折れてしまった心はすぐに戻らず、それでも反射的にのしかかるブランカの胸板を押し返した。

 しかしその手も震えていて全く役に立たない。それどころかその弱い抵抗に興奮した様子でブランカは顔を近づけてくる。


「だから言ってるじゃないかぁ…。そう縮こまれては虐めたくなると…」

「や…やめ…っ!…ひっ」

「あれ、意地悪だったか…?まぁどちらでもいいかぁ…ほらほら、そんな声出さないで…」


 よしよしと、手つきだけは可愛がるかのように頬や頭を撫でていく。その手がナハトの唇で止まった。小さな唇の形を指がなぞり、ゆっくりと顔が降りてきてそこに触れた。

 何の抵抗もしない、出来ないナハトに、荒い息でブランカが笑う。


「はぁ…可愛いなぁ…。たまらない…。すごく良い匂いがするし…」


 首筋に顔が埋まる。そこで深く息を吸い込んでいる様子に、遠くなっていた意識が無理やり引き戻された。これはまずい。本当にまずいと震える手足をばたつかせるが、組み敷かれる前ならまだしも、のしかかられては優等種の男の力にかなうはずもない。ばたついたせいで捲れたドレスのスカートにブランカは笑い、太もものガーターに手がかかる。それに対して漏れる声は悲鳴にもならず、まるで弱弱しい女性のものだ。こんなのは自分ではないと頭のどこかで自身を叱りつける声がするが、それを上塗りする恐怖が襲ってくる。


「大丈夫だよー、俺優しいから…なーんにも怖くないよぉ」


 恐怖で見開いたナハトの目に、欲情して色欲に染まったブランカの顔が映る。それが”思い出したくもないそれら”と重なって息が詰まった。ひゅっと詰まったそれすら楽しそうに笑うブランカであったが―――突然その姿が掻き消えた。

 派手な音が壁から響き、そしてブランカがいなくなった場所には見慣れた真っ白な髪の男が、ヴァロが怒りに顔をゆがめてそれが飛んで行った先を見ていた。


「何を…してるんだ!!!」


 そうヴァロは叫んだが、直後に気が付いた。ソファに横たわるナハトの様子がおかしい。見開いた目には何も映っていないようで、「ひっ」とひきつった音ばかりが口からもれている。


「ナハト…?ナハト!」


 思わず名前を呼んで抱き起すが、うまく呼吸が出来ないのか苦しそうだ。どうしたら良いのかわからず呼びかけて無理やり視線を合わせると、どこを見ていたのかわからない瞳がゆっくりとヴァロの方を向いた。

 ゆっくりと、口が動く。


「…ヴぁ、ヴァ、ロ…く…」

「そうだよ…」

「どう…して、ここ…に?」


 そうナハトは問いかけたが、その質問に答える前にブランカが叩きつけられた音を聞きつけた騎士たちの足音が響いてきた。

 慌ててナハトの仮面を探すも見当たらず、代わりに急いで外したマントでナハトを覆った直後、ぶつかるように扉が開いて複数名の騎士が飛び込んできた。


「何の音ですか!」

「何があったのですか!?」


 ソファの上でマントで覆われ小さく震えるナハトと、それを庇うように立つヴァロ、それと壁に叩きつけられて意識のないブランカ。それらを見て騎士はある程度の事情を察したようだ。

 そこに少し遅れてロザロナが暖かい紅茶を手に戻ってきた。入り口に集まる騎士の間を縫って前に出ると、見て取れた状況に顔を顰める。何よりソファの上で体を抱えて震えるナハトを見て唇を噛んだ。


「…申し訳ない。あなたは、彼女のなんですか?」


 ロザロナはナハトに謝ると、ナハトに寄り添うヴァロにそう声をかけた。聞かれたヴァロはなんて答えたらと思うが、思ったまま口を開く。


「俺は…あ、私は、同僚です」

「…護衛騎士か?」

「あ、はい。コルビアス様の護衛騎士です。コルビアス様に言われて様子を見に来たところ、あの男が…」


 その先は言わなくてもわかったのだろう。ロザロナは叩きつけられてぐったりした様子のブランカを睨みつけた。そしてすぐに駆け付けていた騎士たちにブランカを連れて行くよう伝える。

 ヴァロは怒りに任せて殴ってしまったので、正直なところブランカを殺してしまったかと思っていた。だが、騎士に運び出される彼は重症のようではあるが命に別状はなさそうだ。怒りに任せてヨルンを殴ってしまった時とは大違いである。


「…この事はクローベルグ侯爵様と、コルビアス様にもお伝えさせていただきます。この部屋はこのままお使いいただいて大丈夫ですので…紅茶も、こちらへ置いておきます」


 いつ掴んだのか、ヴァロの袖を握り締めるナハトを見てロザロナはそう口にした。それだけ言って、彼女は騎士たちを連れて外へ出て行った。


「………」


 しんと静まり返った部屋に、震えたナハトが起こす小さな布切れの音だけが響く。こんな時にどうしたらいいのか、どうしたらナハトを慰められるのかわからなくて、ヴァロは黙ったままナハトの背中を撫で続けた。


「……きかない、のか…」


 そうして少し経った頃、ぽつりとナハトが呟いた。歯の根が合わないのかかちかちと音がする。


「ナハトが言いたいなら聞くけど…そうじゃないなら言わなくていいよ。…ごめん、俺こんな事しかできなくて…。ナハトが辛い時に、いつも間に合わなくて…ごめん」


 俯いたままナハトが首を横に振る。するとまた、ぽたぽたと涙がヴァロのマントに染みを作った。拭ってやりたいが触れたら嫌がるだろうか。そう思うと手が出せず、ヴァロは手を開いたり閉じたりと繰り返す。

 すると、ナハトがそのままヴァロの胸に寄り掛かってきた。支えてやった方がいいのかと思い手をまわすと、その手にもたれるように体重がかかる。いつも着ている服よりもずっと薄手のドレスは、マント越しでも肌の感触を感じる。それにヴァロは真っ赤になるが慌てて顔を横に振った。今は照れている場合ではない。

 すると、ナハトはまた少しして小さく話し出した。「聞いてくれるか?」と言いながら。




 ナハトの一番古い記憶は、3歳の頃。自分を見つめる多くの大人の目だ。

 赤ん坊の内に捨てられたナハトは孤児院で育てられていたが、その頃のゲルブ村は首都にほど近いだけの貧しい村だった。だというのに孤児の数はどこよりも多く、その理由は首都で育てられなくなった子供を親が村に捨てに来るから。子供は多いが貧しい、そんな孤児院と村で考えられた金策は”子供を売る”という事だった。


「そんな…子供を売るだなんて…!」

「捨てられる子供も多かったが、首都に近い分、貴族や権力者の遊びや奴隷の代わりに子供を買っていったのだよ。見目のいい子供はそれは高く売れて…その金で村も孤児院も徐々に潤っていったんだ」


 ヴァロは憤るが、ナハトのいた場所はそんなところだった。そしてそうやって潤った孤児院には、馴染みの金持ちが複数人ついていた。そのうちの数人は、当時見目が良く発育の良かったナハトをとても気に入り、12歳になったら一番高い金額を提示した者が買うことが出来ると、当時の孤児院長と話を付けていたそうだ。当時はふくよかな体系の者が好まれたからか、その話がついたころからナハトの食事には毎日家畜の肉が出るようになった。


「当時…といっても、1000年前だがな…。家畜の肉はまだ珍しくて、野生の物と比べて味も良くて柔らかいために高く、一般市民の口にはまず入らない御馳走だったんだ。そんなものが毎日私にだけ出されれば、当然同じ孤児たちからは妬まれる。それはそれは、毎日嫌がらせを受けたよ…」


 ナハトは買われる予定があったために傷をつけることは許されず、そのかわりに毎日罵られた。蔑まれ、酷い言葉を浴びせられた。だが、子供たちの嫌がらせなど可愛いものだった。大人のする”それ”に比べれば。


「辛いのは…月に二度あった孤児院の開放日だったんだ」


 ナハトを競っていた男たちはその日になると喜んでやってきて―――毎回ナハトを全裸にして鑑賞した。一線こそ超えなかったものの、それ以外の事はすべてやらされた。体中いじくりまわされ、下卑た目で見られ、奉仕させられた。とても口には出せないようなことを、まだ10にも満たない子供だったナハトは強制され続けた。

 魔術師カルストが派遣され、孤児院長がシトレーに代わるまで。

 何年も、地獄を味わったのだ。


「私を見る、男の目が怖い…。女だと、好色な目で見るあの目が…」


 見開いた目からはまた涙が零れた。ヴァロの服をつかむ手は、握りこみ過ぎて白くなっている。それを緩めることが出来ないまま、ナハトは続ける。


「あの頃は…あの頃は、まだ痩せるだけでよかったんだ。食事を拒否して、骨と皮になるだけで…。それだけで買い手は減った。声を低くして、男のような言葉使いや態度を意識すれば、興味示していた者もどんどんなくなっていった。どれだけ痛めつけられても、痛みの方が遥かにマシだったんだ…」


 そう言ったナハトの顔が歪む。声を必死に抑えているが、嗚咽が漏れている。

 幼い頃にそんな目に合っていたのなら、女性として見られることに嫌悪感を示すのも、あれほど嫌がったのも頷けた。ドレスを着るのも、それを着て人前に出るのも、ナハトにとっては本当に耐えがたい事であったはずだ。


「こんな…瘦せ細った体なのに…。あの男は、顔がいいと言っていた…。なら、顔を潰せばいいのか?それとも、私が女だからなのか?女であれば誰でもいいのか?それとも……私はこういう扱いを受け続けると…そう、諦めればよかったのか…?」

「ナハト…」


 そう言って泣き続けるナハトに、ヴァロも涙があふれた。

 色々なことに納得がいった。肉を食べられないと言っていたことも、ナハトを女性と意識するヴァロを嫌がったことも、アンバスがナハトに好意を向けた時に辛そうにした理由も。何より、納得したように見せた後も体調に異変が出続けていた理由も―――。

 あの細い体も、男のような言葉使いや振る舞いも、声も、すべてがナハトにとって自分を守る鎧だった。男の格好をして男の中にいることが、ナハトが出来た自分を守るための手段だったのだ。それをすべて剥ぎ取られ、こんなに泣いてしまうほど嫌なことを強制されて、どれほど辛かっただろう。あんなに強いナハトが今はただの少女にしか見えない。小さく震えて、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、ヴァロの胸に頭を当てて泣いている。可哀そうでどうにかしてあげたくても、どうしたらその辛さを拭ってあげられるのかヴァロには分からなかった。


「ナハト…」


 小さな背中に回した手にほんの少し力を入れた。ナハトは抵抗せずにヴァロの腕の中に収まる。とんとんと、その背中をあやすように叩いてやるとまた少しだけ嗚咽が大きくなった。

 上手く泣くことすら出来ないナハトが、ただただ可哀想でならなかった。









 




ヴァロはリューディガーが抑えなければいけないほど怒りを露わにしていたため会場から出るようコルビアスに言われました。

コルビアスもナハトの様子に対応を間違えたと感じています。

しかしまだ幼い彼には何がそこまで悪かったのかわかりませんでした。


カルストが来たのはナハトが13歳の時、シトレーが来たのは14歳の時でした。

12歳を迎え、カルストが孤児院の事に気づくまでナハトは一人で抵抗し続けました。

ナハトの素早さや、蛇のように抜け出したりなどという動きはその頃に培ったものです。

小さい頃は肉を食べていましたが、肉付きを良くする為に肉を食べさせられていたせいで、肉を口にする事に恐怖心があり今は食べられません。

痩せて粗暴に振る舞い、男のように行動していました。

筋力を落とさないが、脂肪はつかないよう食事は最低限に抑え、そうしてふるまい続けて逃げ続け、カルストの介入もあってやっと男たちは諦めました。

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