第21話 身分という鎖
※ここから数話、ナハトが結構ひどい目にあいます。
過去についてのお話も出てきますが結構ひどい感じです。
それなりにぼかしますが性的に酷い感じになりますので、苦手な方は飛ばしてください。
21話では、かわいそうくらいの内容です。
舞踏会が始まると、早速コルビアスのもとに挨拶に来る貴族が殺到した。今回の舞踏会はコルビアスが王族と認められて初めての公の場だ。王族らしい髪の色がなくとも肌の色がなくとも、認められたならば王族である。それならば繋がりを持とうという魂胆なのだろう。次々と挨拶に押し寄せる貴族にコルビアスは対応していった。
その中には、昨年ナハトがダンスの相手をした貴族令嬢たちの姿もあった。
「ご令嬢であったとは驚きです」
そんな言葉をかけてくる貴族もいたが、多くは探るような視線をナハトとコルビアスに向けてくるだけで終わった。
昨年同様ダンスの申し込みもあったが、今年はナハトが対応出来ない。自分の事でいっぱいいっぱいであったがどうするのかと見ていると、令嬢の手を取ったのはシトレンであった。確かにヴァロとリューディガーは大柄すぎて相手には不向きだ。ナハトを見て少し残念そうな顔をする令嬢たちを見送りながら、ナハトは無心で立ち続けた。
舞踏会が中盤に差し掛かった頃、それまでとは違う視線を感じてナハトは顔を上げた。仮面越しに視線を彷徨わせてみるが、こちらへ向く視線が多すぎて出どころがわからない。
するとそれが分かったのか、背中にとんとヴァロの指先が触れた。怪しまれないよう挨拶に来た貴族を見るふりをして振り向けば、ヴァロが顎で該当の視線の主を指し示した。
(「…あれは…」)
そこにいたのはニフィリムであった。席を離れて、顔馴染みの貴族たちと談笑しながらこちらの様子を伺っている。王族の行動としてはあまり誉められた者ではないが、ウィラードもあまり気にした様子はなく傍観している。
あまり好ましい視線ではないが、大方ナハトが女性だと知って驚いたのだろう。探るようなというよりは、何かを確かめるような感じだ。
すると、ニフィリムの周囲にいた1人の貴族がこちらへ歩いてきた。歳の頃は20を少し過ぎたくらいだろうか、緩くウェーブがかかった明るい茶の髪を肩のあたりまで伸ばした軽薄な雰囲気の男だ。流れるような動きで歩いてくる様は大変優雅で、同じ色の耳と少し短い尻尾が体の動きに合わせて揺れている。
「…コルビアス様、お気をつけください」
コルビアスの斜め後ろからシトレンがそう声をかけた。ニフィリム派の者であるという事は疑いようがなく、さらに単独でこちらへ来るなど魂胆が見えない。成人しているから親を伴わずに挨拶にくることはおかしくないが、それにしては纏う雰囲気に違和感を感じる。
コルビアスは頷いて、青年を待った。
「お初にお目にかかります、コルビアス・ノネア・ビスティア様。私はブランカ・ベルジシックと申します。ご挨拶させて頂くことをお許しください」
跪いて大仰に手振りを加えて、ブランカと名乗った青年は頭を下げた。
「ブランカ・ベルジシック…。ベルジシック子爵家の次男の名です」
シトレンがごく小さな声でコルビアスに耳打ちした。「遊び人として噂をよく聞く」とも。
ナハト自身ベルジシックの名を聞いた覚えはないが、次男が1人でわざわざ挨拶にくるなど貴族の常識から言ってもあまりないことだ。周囲に両親らしきものも見えないことから、彼は本当に1人でこの舞踏会に参加したとみえる。
「許します」
少々警戒をしながらもコルビアスがそう答えると、彼は笑みを深くして顔を上げた。その視線は、ナハトに真っ直ぐ向いている。
(「…まさか…」)
嫌な予感がナハトを襲う。
そしてそれは予感だけでは終わらなかった。ブランカは「ありがとうございます」
と口にすると、そのまま立ち上がってナハトの前に膝をついた。ざわりと鳥肌が立ち、冷や汗が噴き出る。
「改めまして、私はブランカ・ベルジシックと申します。あなたはミズ…なんとお呼びすればよろしいでしょうか?どうぞわたくしめに、あなた様の正しい名を呼ぶ許可を与えていただきたい」
ざわりと周囲が騒がしくなる。これは名前を知らない令嬢にダンスを申し込む時のお決まりの言葉だ。このブランカという男は、素性の知れない護衛騎士のナハトとダンスを踊りたいと、そう言ってきたのだ。
ないだろうと思っていたが、そう簡単にはいかないらしい。ヴァロが動く気配がしたが、その前にすぐにコルビアスが口を開いた。
「ベルジシックどの、彼女はあなたに答えられる名前を持ち合わせていません」
平民のナハトは貴族に名乗れる身分ではない。コルビアスの発言は貴族ではないと相手にわからせるには十分なものであった。
だが、ブランカは関係ないと口にする。
「コルビアス様、その程度の事で私が諦める事はございません。そもそもこれほどの美女を男の格好をさせて粗暴な護衛騎士の中に置くなど、貴方は何もお思いにならないのですか?」
「なっ…!?子爵の子息如きがコルビアス様に何を言うのです!」
シトレンが声を上げて前に出た。リューディガーも警戒するように構えるがブランカは続ける。
「そちらこそ…いくら第3王子の臣下とはいえ、執事如きが私に口を利くとはどういうつもりだ?」
「…っ」
「それに私は何もおかしなことは言っておりません。ダンスを踊るわけでも壁の花にするわけでもなく、晒し物のように置いておくだけとは…あまりに彼女に失礼だとは思いませんか?」
ナハトが貴族の令嬢であればその発言も頷ける。だがナハトは違うのだ。噂の否定の為だけにここにいるのであって、それ以上でもそれ以下でもない。このままでいいのだ。
だというのに、ドレスを着たナハトを見て、コルビアスはそれも一理あると思ってしまったらしい。
フレスカが作ったドレスはこのホールにいるどの令嬢よりも地味なものであった。露出も少なく、装飾品も飾りも少ない。コルビアスの隣に立つという事をおいても最低限の装いでしかなかったのだが、似合い過ぎてしまったのだ。フレスカの腕が良かったのかナハトの外見が予想以上に良かったのかはわからないが、似合い過ぎてしまったそれにより、コルビアスはナハトを一人の令嬢として認識してしまっていた。
「…レオ、踊りたいですか?」
答えるまでもなく「いいえ」だ。だが問われたならば答えなければならない。ナハトはいつの間にか噛みしめていた奥歯を緩め、静かに答えた。
「…わたくしは、ベルジシック様と踊れる身分ではございません」
固い声にコルビアスも気づいたようだ。しまったという顔になり、すぐにブランカへ断りを入れる。
その時、思いもよらぬ人物から声がかかった。
「コルビアス、おまえは本当に気の利かない奴だな」
「…ニフィリム…様…」
ここでまさかのニフィリムがやってきた。にやりと笑みを浮かべながら、複数人の同年代の者たちを連れてこちらへ歩いてくる。
それに合わせてコルビアスも椅子から降りた。向かい合うような状態でニフィリムを見上げる。
「気が利かないとはどういう事でしょうか?」
「そのままの意味だ。おまえは男女の機微というものがまるで分っていない」
そう言ってニフィリムはブランカの肩に手を置くと頷いた。
するとブランカは立ち上がってそのままナハトの手を取ると、ぐいっと力任せに自分の方へ引き寄せた。もちろんそれに抵抗できるほどナハトの力は強くない。履きなれないヒールのせいもあって踏ん張りがきかず、引かれるままにブランカの方へ倒れ―――なかった。
「…おい、おまえ…何のつもりだ?」
ブランカが急に引いたために反対に延ばされたナハトの右手をヴァロが掴んでいた。
ヴァロは仮面越しにでも十分わかる殺気の籠った目でブランカを睨みつけている。
「おい、その手を放せ」
「…放しません。嫌がっています」
「おまえの意見は聞いていない。放せ」
不快そうに呟くニフィリムの言にもヴァロは手を離さない。これはまずい。この場で一番の権力者はニフィリムだ。そのニフィリムに逆らうという事は、その咎はコルビアスに行く。主の不利に働くことを許さないリューディガーがヴァロを押さえようと手を伸ばしたが、それより早くナハトがヴァロの手を振り払った。
さらにそのまま、口を開く。
「邪魔をしないでください」
「え…」
「はっ…はははははっ!なんだ、おまえたちそういう関係か?」
先ほどまでと打って変わって面白そうに笑うニフィリムに視線を向けながら、ナハトは自分の手を取るブランカへ淡々と続ける。
「大変失礼しました、ベルジシック様。…お願いいたします」
「…喜んで。では、お名前を教えていただけますか?」
どうしても女性名が聞きたいのか。絶望的な気分になりながら、ナハトは俯いて呟いた。
「……シトレーと、お呼びください」
「わかりました、シトレー。では、行きましょう」
背中にヴァロの視線が突き刺さる。
それを無視して、ナハトは自身に微笑みかけるブランカに集中した。何を考えての行動なのか分からないが、彼がニフィリムの命でナハトをダンスに誘ったことは先のことで明白だ。ホールの中心付近で曲に合わせて踊りだす。
「男性パートしか踊れないかと思いましたが、女性パートもお上手ですね」
ブランカはそう言ってナハトの腰に手を回してきた。
令嬢たちの相手をするために、ナハトは男性パートだけでなく女性パートも覚えていた。女性をリードするためには、女性パートも完璧に覚える必要があったからだ。それがまさかこのような役立ち方をするとは思っていなかったが―――ナハトがそうしたように、ブランカもナハトに密着して囁いてくる。
「シトレー。その仮面の下を、私に見せてはくれませんか?」
「…見るに堪えないものを、お見せするつもりはございません」
「そう言わずに見せてもらえませんか?きっとあなたのアメジストのような瞳と同じように美しいのでしょう」
歯の浮くようなセリフに吐き気がする。それとさり気なく腰を撫で回す手にも。怖くて気持ち悪くて、噛み締めていなければ震えて歯の根が合わない。ブランカの腕に回した手ももしかしたら震えているかも知れない。
「そう縮こまらずに。…あまりに可愛らしくて、意地悪をしたくなってしまいます」
「…っ!」
耳元で囁かれて肌が泡だった。気持ち悪い気持ち悪い。だがここで蹲るわけにも、吐くわけにもいかない。
早く終われ一刻も早くと、気が遠くなりながらもナハトは必死に堪えてダンスを踊った。
地獄のような時間が終わり、ブランカと共にナハトはコルビアスの元へ戻った。ニフィリムは何が面白いのかニヤニヤとこちらを見ていて、コルビアスは不安気にナハトを見ている。
とりあえず義理は果たした。あのままではコルビアスにも迷惑がかかるし、何より止めに入ったヴァロが処罰されかねなかった。ナハトが我慢すれば済むこととで、ヴァロが処刑されることなど耐えられない。
「レオ…いい、ダンスでしたよ」
「…ありがとうございます」
なんの慰めにもならないが、何か言わずにはいられなかったのだろう。複雑な色を浮かべるコルビアスにそう答えて、ナハトはその隣へ戻ろうと歩みを進めた。
だが、ブランカに握られた手が離されず、眉を顰めて振り返る。
「…手をお離しください」
「シトレー、もう一度私とダンスを踊って下さいませんか?」
「…は…?」
思わずそう声を漏らしたナハトを誰が責められようか。2度の申し込みは婚約の申し込みを意味する。20歳過ぎであろうブランカに婚約者がいないとも思えないし、なにより身分がはっきりしないナハトにこの男は婚約を申し込んだのだ。こんな公の場で。
当然今までにないほどホール内は騒がしくなった。音楽をかき消すほどのざわめきに、ナハトは気が遠くなっていく。何故何故と、考えてもわからないことで頭が埋め尽くされる。こんなものはただの嫌がらせだ。ニフィリムがコルビアスに仕掛けたただの嫌がらせ。だが何故それにナハトが巻き込まれなければならない。ちょっとした仏心で護衛騎士を受けてしまったのがいけないのだろうか。ナハトらに対する扱いをコルビアスが反省したからと、許してしまったのがいけなかったのだろうか。
だとしたら、こうなったのはナハトの甘さが原因だ。よく考えればたかだか9歳の少年に貴族の世界で守ってもらうなど荷が重すぎたのだ。なんて馬鹿な事をしたんだろうか―――。
もう手が震えるのを止められず、この場をどう切り抜けたらいいのかナハトには考えつかなかった。押し寄せる嫌悪感と恐怖で訳が分からない。身分がないのだ。だからナハトがここで断りを口にすることは出来ない。それをしたらコルビアスに問題が生じ、コルビアスが止めればニフィリムが口を出してくる。だが、このままの状態が続けば、きっとリューディガーの制止を振り切ってヴァロが出てきてしまう。そうなったらヴァロが―――。
「いかがですか?」
青い顔のまま視線を上げれば、ブランカは微笑んで視線を合わせてくる。何も思いつかず、背筋が凍りつき手足が冷たくなった。
その時。
「そこまでにしてもらおう」
騒めきの中、ニグル・クローベルグ侯爵が進み出てきた。ナハトとブランカの間に割り込み、ふらついたナハトの背をユリアンナとナナリアが支えてくれる。
「く、クローベルグ侯爵!?…侯爵様が、何故…」
「彼女は私たちの友人でね…」
ナハトの視界からブランカが消えた。代わりに見えるのは侯爵の背中だ。
まさか庇ってくれる人がいてくれるなど思ってもみなかったため、かくんと膝が抜けてしまう。
「レオ…」
「…寄りかかっても大丈夫ですよ」
「も、申し訳ありません…」
我慢していた分だけ安心した反動は大きかった。ナナリアが心配して手を握ってくれるが、気合でどうにか出来る範囲を大きく超えた体はもう震えてしまってどうにもならなかった。冷たくなった手足にもうまく力が入らず、触れた手の冷たさにナナリアが目を見開く。
「侯爵様と友人…?そ、そんな戯言はおやめください。これは私と彼女との問題で…」
「聞こえなかったのかね?私はそこまでにしろと言ったんだが」
繰り返されたその言葉にブランカがごくりと息をのんだ。体が大きく爬虫類の特性が良く出たニグルは真顔になるだけで威圧感が増す。爵位も上の彼にすごまれ、ブランカは後ろへさがる。
その代わり前に出たのはニフィリムだった。不快そうに顔をゆがめて口を開く。
「クローベルグ侯爵、無粋な真似はやめろ」
「そちらこそお下がりください、ニフィリム様。ここはマシェルで、彼女は私たちの友人です」
「…この私にまで指図するというのか?」
「1度はそちらの顔を立てたのですから、次はこちらの顔を立てて引いていただくのが筋でしょう。お下がりください」
マシェルの騎士団長であるニグルの言葉はここでは強い。ノジェスでは騎士団長が王族に完全に怯んでしまっていたが、本来は何かあれば王族ですら騎士団の下に入ることもあるのだ。
その権力を大いにふるってのニグルの発言に、ニフィリムは顔を歪めて「化け物が」と捨て台詞を残して引いた。ブランカも慌てた様子でその後ろをついていく。
その言葉にぴくりとも眉を動かさず、ニグルはナハトを振り返ると表情を崩して口を開いた。
「大丈夫かね?…すぐに声をかけてやれなくて申し訳なかったな…」
「…いいえ…。本当に、ありがとうございました…」
事実庇ってもらえなかったらどうなっていたかわからない。
ナハトは辛うじて礼を口にしたが、もう立っているのも限界だった。それが分かったのか、近くにいた女性の騎士にニグルは声をかけた。
「ロザロナ。休憩室へ案内を頼む」
「かしこまりました」
「…な…レオ…!」
ロザロナと呼ばれた女性騎士に支えられながら扉へ向かう背中にヴァロの声がかかった。だがその声に返す余裕はなく、ナハトはちらりと視線を向けるだけでホールの外へ続く扉へと向かった。
ヴァロは感情のまま動いてしまうのでリューディガーに抑えられています。
そしてニグルのように壁になれない事、なれなかった事を悔やんで悔しがっています。
コルビアスはニグルが動いてくれたことでほっとしていますが、そんなコルビアスをニグルは厳しい目で見ています。
その辺のことは後の話でちょっと出てきます。
フレスカはナハトの要望を兼ね備えたドレスを作成しています。
地味になり過ぎないぎりぎりを責めていて、尚且つ露出は限界まで抑えて飾りも最低限にしています。
だけど似合い過ぎちゃったんですね…なので変に目立っちゃった感じです。
シトレ―という名前はナハトがいた孤児院の院長の名前です。
女性名を求められて思わず出てしまった形です。
こんなことに名前を使って申し訳ないとナハトは思っています。




