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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第四章
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第12話 お茶会の知らせ

 ニフィリムの回復は、速やかに王へと伝えられた。それからしばらくしてリステアードの回復の知らせも届き、コルビアスは再度、謁見の間へと呼び出される事となった。例によってナハトの同行も求められ、仕方なく揃ってまた扉をくぐる。

 驚いたことに、謁見の間にいたのは国王であるウィラードと近衛騎士団長らしき勲章を付けた男、それと宰相であるディミトリだけである。文官も側仕えもその他近衛騎士の姿もなく、その異様な雰囲気にこくりとナハトの喉が鳴った。


「よもや、これほどの短時間で回復させてしまうとはな…」


 膝をついたナハトとコルビアスにそんな呟きが降ってくる。直後「顔を上げよ」との声に従って見上げれば、興味深そうにこちらを見る視線とぶつかった。それはコルビアスを経由して、ナハトに止まる。


「コルビアスよ、随分腕のいい魔術師を見つけたようだな」

「ありがとうございます」


 視線が気持ち悪いと、ナハトは奥歯を噛んだ。ヴァロは怪しい視線や気配はないと言っていたが、明らかに何かを含んでいる視線が滑るようにナハトの全身に注がれている。あまりに不躾なそれに何か言われるのかと身構えていたナハトであったが、特に追及もなく、その後はコルビアスと共に解放された。

 その際に褒美として金貨と短剣を与えられたのだが、与えられたものが”武器”であるという事がとても重要らしい。それを受け取った時のコルビアスの表情は信じられないと言わんばかりの物であり、傍らに立っていたディミトリもまさかと目を見開いていた。

 そのせいか、帰宅してからのシトレンのはしゃぎっぷりはなかなかのものである。


「コルビアス様、ついに念願が叶いましたな…!」

「ああ!兄様たちを救ったという功績を認められただけでなく、短剣までいただけるなんて…!」


 コルビアスは子供らしい笑顔で喜び、シトレンとリューディガー、フィスカやディネロと共に笑っている。その喜びに水を差すのも申し訳なくて、ナハトとヴァロは武器を得た意味を夕食時にジモに問いかけた。ジモは怪我もなく解放されたのだが余程怖かったのだろう、一心不乱に鍋を磨いて心を落ち着かせながら教えてくれた。


「といっても、私も平民なのでよく知らないのですが…貴族の習わしらしいです。子供が生まれて7歳のお披露目を迎えると、強く育つようにと家長から武器をもらい、そうして初めて一族の一員として認められるそうです」

「…なるほど」


 そう聞いて合点がいった。コルビアスは以前ナハトに本当に王族かと尋ねられた時、”証がある物を持つことを許されていない”と言っていたのだ。王子だと示せるものは何もないとも。

 だが今回受け取った短剣の柄には、王家の紋章が入っていた。それはまさしくコルビアスが王子であることを示すものであり、与えられたものが武器であったことで、その一員として認めたと国王自身が言ったものと同意であるという事だ。


「そっか…。コルビアス様よかったね」

「ええ、本当に。…ずっと、気にされておりましたから…」


 何をとジモは言わないが、それは肌と髪の色についてだろう。そのせいでずっとコルビアスは認められなかったと言っていたのだから。

 しかしそこで「でも」とヴァロが呟く。どうしたのかと首をかしげると、ヴァロはナハトの方を向いて口を開いた。


「ナハトが頑張ったのに、コルビアス様の功績になっちゃうんだね」

「…それは…」


 ジモが言い淀む。基本的に部下の功績は主の功績へとつながる。ナハトは護衛騎士であるから、その働きはすべてコルビアスの功績と評価になるのだ。ナハトは分かっていたが、ヴァロは腑に落ちないのだろう。難しい顔で俯いてしまった。


「コルビアス様は、ちゃんとレオの功績だって分かっていると思います。そういう方ですから」

「ええ、分かってますよ」


 ナハトはそう言って、ヴァロの頭をくしゃりと撫でた。微笑んで口を開く。


「私は別に武勲が欲しくてここへきたわけではありませんから。…だから、これでいいんだよ」




 後日、コルビアスは再度城へ向かった。毒をもった犯人を拘束したと知らせがあったからだ。

 リステアードとニフィリムが倒れた直後から近衛騎士団の一班が犯人の捜索に当てられていたのだが、その騎士団が犯人として捕らえたのは1人のメイドと文官であった。報告を聞く限りでは、どちらもコルビアスの指示があったと口にしたらしい。

 しかし彼らとコルビアス自身に繋がりが薄く、さらにナハトが口にしたデザート皿だけが不自然に残されていた事が逆に決定打になり、コルビアスの無実は証明された。メイドと文官の証言も怪しい為、引き続き調査は続けられるそうだ。

 そんな報告を、ナハトは護衛として立っていた扉の前から中へと引き入れられて告げられた。シトレンの視線が痛いが、これは共に王の前で報告を行ったナハトに対するコルビアスなりの気遣いであろう。


「わたくしめの調べによれば、コール男爵家はニフィリム様派の弱小貴族。ニフィリム様よりの貴族が、コルビアス様の命令などとよく口に出来たものです…!」


 憤慨しながらもシトレンは丁寧にお茶を淹れる。コール男爵家というのは、犯人とされているメイドと文官の家門だ。2人は従兄弟同士で、弱小貴族であるがニフィリムに取り立てられて勤めることになったらしい。仕事ぶりは真面目で人当たりも良く、彼らを雇い入れたニフィリム自身も信じられないと口にしていたそうだ。

 そしてそれは、コルビアスも思うところである。


「直接言葉を交わした事はないけれど、コール男爵家は僕も知ってる。先代が事業に失敗していて、今は立て直しの最中であった筈だ。ニフィリム兄様本人が取り立てたのであれば、その2人はそれなりに優秀な人材のはず…。そんな彼らが、果たして毒をもるだろうか…?」


 コルビアスの疑問に答える者はいない。

 怪しんでも、騎士団が捕らえたのであれば明確な証拠があったという事だ。疑う余地はないが、ならば次に考えられるのは、彼らがどうしてそれをするに至ったのかである。


「君はどう思う?」

「どんな人間でも、理由があれば犯罪に手を染めることもあるでしょう…。ですから彼らが本当に毒をもった犯人なのであれば、探るべきは彼らの親族ではないでしょうか?もし犯人ではないのであれば、彼らに罪を着せて逃れることができる狡猾な人間が城にいるという事…。こちらであった場合、捕らえるのは容易ではないでしょう」

「そうだねぇ…」


 ナハトの言葉に、コルビアスはソファにずぶずぶと沈んでいった。結局のところ、コルビアスには捜査の権限がないため報告を受けるだけで、どれだけ怪しんでも調べることができないのだ。勝手に動き回ってこれ以上王妃の不興を買いたくはないが、コール男爵家の2名が本当に犯人であっても別に犯人がいたとしても、どちらにせよそれを指示した黒幕はわからないままではないかという予感がする。現にコール男爵家の2名は、コルビアスの指示だったと繰り返しているらしい。これではまた、毒をもられる可能性は否めない。

 転がったコルビアスにはしたないとシトレンが怒るが、それを無視して彼はそのまま両手で顔を覆った。


「やっとニフィリム兄様と和解できるかと思ったのになぁ…」


 命は助けたが、コルビアスのせいで2人が捕らえられたと思っているらしく、感謝されるどころかニフィリムからの当たりは強くなってしまった。それにコルビアスが大きくため息をついた時、こんこんと窓を叩く音がしてナハトは振り返りざまに構えた。

 音の出どころを見ると、ノジェスで何度かルイーゼに呼び出された時に見た白い紙でできた鳥が嘴で窓を叩いている。


「あれは…」

「なんだ、魔紙ではないですか」

「まし…?」


 ナハトの疑問をよそに、シトレンが窓に駆け寄り、開けた。すると紙の鳥はそのままコルビアスの手まで飛んで行き、一枚の紙へと姿を変えた。

 ナハトはてっきりこれはルイーゼの作る魔道具の一部だと思っていたのだが、この様子からするとそうではなかったらしい。当たり前のようにそれを受け取るコルビアスとシトレンに、ナハトは思わず声をかけた。


「申し訳ありませんが、それが何なのか教えていただけませんでしょうか?」

「…ん?これ?これは魔紙だよ。これに一番最初に正しい綴りで名前を書き込むと、その相手の元へ届くんだ」

「なるほど…。これは魔道具でしょうか?」

「その一つではあります。平民には見たことがないものでしょうが、高位貴族の間ではよくこれでやりとりがなされます」


 一言多いが、なるほどと思う。つまり、この魔道具は高価なのだ。高価で使い捨てのため高位貴族以上しか使えないものなのだ。そしてこれだけ便利なものであるならば、おそらくルイーゼは自分で作る。現に鳥の形状が、ナハトが見たものとは少し違っていた。


「公的なものではない知らせなどはこのように届くこともままあります。急ぎでない用であれば手紙も多いですが、ディネロがこれでよく知らせを飛ばしてきますので慣れてください」

「わかりました」

「それと、彼にも共有しておいてください」


 シトレンの言う彼とはヴァロの事だ。はいはいと心内で思いながら、ナハトは手紙を持ったままの状態で固まるコルビアスに声をかけた。視線が手紙に落ちたまま、しばらく前から固まったままなのである。


「…コルビアス様?」

「シトレン…これ…」


 おそるおそるといった様子でシトレンが声をかければ、コルビアスはどうしたらいいのかわからない顔で手紙を見せてきた。

 ナハトもそれを覗き込んで読み、驚く。それはリステアードからの手紙であった。手紙の内容は要約すると、コルビアスのおかげで回復したからお礼をしたい。お茶会を開くから来てくれないかというものだった。


「…これは…!喜ばしいではありませんか。リステアード様から直々にお手紙をいただけるなど今までなかった事です。コルビアス様を王族の一員であると、リステアード様は認めてくださっているのですね」


 そう言ってシトレンは笑うが、コルビアスの顔は晴れない。


「…何か、不安なことがございますか?」

「…え…」


 ナハトが問うと、コルビアスは少々困った顔をしながらも口を開いた。


「喜ばしい事のはずなんだけど…うん、なんだか少し不安なんだ」


 この魔紙は一度しか使えないうえに、自分と相手の名前を正しく書く必要があるため、存外信用度は高い。だが、手元に残せないのだそうだ。しばらくするとただの紙になってしまう為、公的な手紙としては使い物にならない。

 だから、いくらリステアードの署名が入っていても、公的ではないお茶会への招待だとしても、この手紙は何の記録にも残らないのだ。それが、少しだけ怖いとコルビアスは思う。


「何か裏がありそうで…」


 ナハトはなるほどと心内で頷いた。コルビアスからリステアードの人となりは、当たり障りのない事しか聞いた覚えがなかった。先日の夕食会の時もそうであったが、おそらくあまり言葉を交わしたことがないのだ。もしかしたら言葉を交わしたり接触があった分、ニフィリムの人となりの方がしっかりとらえられている可能性すらある。


(「だから、分からないのだろうな…」)


 お茶会の手紙なら普通このようには送られない。貴族のお茶会とは情報を得る場だから、誰とどこで話をしたかというのは書面に残すのが普通である。

 兄弟とはいえよく知らない彼から魔紙を利用してのお茶会の誘いは、ある意味では親しみを込めてに見えなくもない。それだけにどうこの感情に折り合いを付けたらいいのかわからず、コルビアスは戸惑っているのだろう。


「それは、気にしすぎでは…?今までリステアード様はコルビアス様と積極的に関わっては来ませんでした。害そうともしておりません。…今回の件について、単純にお礼をしたいだけではないでしょうか?」

「…うん、そうだよね」


 どちらにせよ断るという選択肢はないため、行くしかない。コルビアスははシトレンに魔紙を持って来させると、そこにリステアードの名前と自分の名前、了承の旨を書いてそれを送り返した。







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