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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第四章
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第8話 緊張の糸

 夕食会というのがどんなものかとナハトは思っていたが、こうしてみている分にはそこまで特別なことはないように見えた。突き出し、前菜と料理が続いていく中、担当した料理について王子たちが説明を入れる。違いといえばそのぐらいだろうか。合間に入る会話もごく当たり前の内容で、ウィラードがリステアードやニフィリムに執務や近況について話題を振り、その様子だけ見ていれば、王族というくくりではあるものの家族の晩餐に見えなくもない。

 話題はコルビアスにも向いた。本当に1度しかお会いしたことがなかったのかと思うくらい、ウィラードはコルビアスに対して気さくに話しかけてくる。当のコルビアスも表情には出していないが困惑しているようだ。


「学院での成績を聞いた。一般教科と法学、社会学では首席であったとか?」

「恐れ入ります」

「…本当にコルビアス様は聡明でいらっしゃる。誰でも1つくらいは人より秀でているものがあると言いますからね」


 そう言って王妃マルヴィナは微笑む。以前問うなとシトレンに言われたため口をつぐんでいたが、この様子からすると王妃マルヴィナはコルビアスの母ではないのかもしれない。第一夫人第二夫人という言葉があるくらいだから、コルビアスの母親は第二夫人にあたる人なのか―――。


(「どちらにせよ、随分わかりやすい敵意だな」)


 微笑むマルヴィナの目は毒々しい。

 食事が進む中、シトレンとフィスカは忙しく動き回っていた。フィスカは用意された食事を部屋まで運び、そこからシトレンが引き継いでコルビアスに給仕する。本来は給仕係というものがいるのだが、コルビアスには信用に値するものがいないのでこれもフィスカとシトレンの仕事だ。

 護衛についている騎士の数もコルビアスは少ない。ナハトとリューディガーだけしかコルビアスにはついていないのに比べて他は1人につき4人ついている。ここでも本当なら騎士も交代で食事を済ませるらしいが、ナハトたちはそうはいかないため、夕食は屋敷へ戻ってからだ。

 シトレンが忙しなく動き回っているのを視界に入れつつ警護を続けていると、突然正面から声がかかった。


「そこのあなた」


 僅かに俯いていた顔を上げると、王妃マルヴィナがナハトを見ていた。驚いた様子でコルビアスの肩がわずかに跳ねる。入って来た時に仮面を咎められないことを不思議に思っていたのだが、このタイミングで声をかけられるなどと思っていなかったため少々戸惑う。だが、声をかけられた以上返事をしないという選択肢はない。ナハトは緊張からつばを飲み込むと、静かに口を開いた。


「…私でございましょうか」

「そうです。その仮面…あなたが昨年の舞踏会にいたという魔術師かしら?」

「はい」


 食事は最後のデザートの段階になっている。コルビアスとジモが担当した食事の最後を飾るデザートだ。だというのにわざわざ注意を別に向けるあたり、それほどまでにコルビアスへ意識を向けたくないのだろうか。マルヴィナの行動を咎める者はなく、視線がナハトへ集中する。

 ナハトの短い返事に頷くと、マルヴィナは続ける。


「そう、優秀な魔術師なのね。ノジェスの騎士団長が申しておりました」

「お褒めに預かり光栄でございます」

「…随分謙虚ですこと」


 マルヴィナはそう言葉を切って紅茶に口をつけた。カップを置くとゆっくりとナハトと、リューディガーを順番に見て微笑んだ。その視線に悪寒が走る。


「あなたたち2人とも、より相応しい主に興味はありませんか?」

「…!?」


 仮面の下で思わずナハトは眉を顰めた。リューディガーの表情に変化はないが、彼が拳を握りしめたのをナハトは見逃さなかった。

 何よりその発言を許さなかったのはコルビアスだ。持っていたフォークを置くと、笑みを消して王妃であるマルヴィナを睨みつけた。


「義母上、おやめください」

「…あなたに義母と呼ばれる筋合いはございません」

「…失礼しました王妃殿下。ですが、2人とも私の大切な護衛騎士です。むやみに勧誘するのはおやめください」

「これは人聞きの悪い。わたくしは提案しただけです。可哀そうに…そう主が口を出しては、本当のことは言えないでしょう?わたくしが聞いて差し上げましょう」

「王妃」


 コルビアスとマルヴィナの舌戦を止めたのは、ほかならぬ国王ウィラードだった。視線だけマルヴィナへ向けると、デザートを口にしながら呟く。


「せっかくのデザートが温くなってしまうぞ。それはおまえの好きなヴェリーヌであろう?」

「……ええ、そうですわね。ですがわたくし、今日はもうこれ以上は結構ですわ。…下げてくださるかしら?」

「かしこまりました」


 そう言ってマルヴィナはデザートを給仕係に下げさせた。

 本来であれば担当したデザートの話がここでは行われるはずであったが、マルヴィナのせいでそれも出来ず、せっかくのデザートは下げられてしまった。他の面々は口にしてくれたのは幸いであるが、コルビアスもジモも、今回のために各々の好みを調べてデザートを考えていたのだ。特にジモは慣れない調理場で6人分の違うデザートを作っている。それを思うと、なんともやるせない気持ちになった。




 夕食会はその後1時間の歓談を終えて終了した。

 城の裏口からフィスカとジモ、シトレとヴァロが使用人用の馬車へ乗り込み、ナハトとリューディガーとコルビアスは城の正面から指定の馬車へ乗り込んだ。後は帰るだけであるが、コルビアスは余程疲れたのかぐったりと馬車の壁に寄り掛かって息を吐いた。


「…はぁ…疲れた…」

「お疲れ様です、コルビアス様」

「リューディガー、僕はうまく出来ていただろうか?」


 寄りかかったまま、コルビアスはそうリューディガーに問いかけた。マルヴィナからの嫌味もそうだが、ニフィリムが用意した料理にコルビアスが苦手な物が使われていたり、視線がうるさかったりと何とも体力が削られることが多くあったのだ。ナハトとリューディガーの勧誘もそうだが、初めての夕食会という事に加えてあまりに面倒なことが多かったため、途中からきちんと対応できていたのかコルビアスには自信がなかった。


「はい。とても立派にこなしておられましたよ」

「…そっか…よかった」


 リューディガーの言葉に、コルビアスは安心したように息を吐いた。馬車に乗り込んできた時よりは表情がいいのは、リューディガーから問題なかったと言われて安心したからだろうか。

 それを見て、ナハトは腰にある回復薬などを入れておく鞄から盗聴防止の魔道具を取り出した。以前カントゥラで買ったものよりも小型のもので、1メートル四方くらいの距離にしか反応しないものだが、馬車の中ではこれで充分である。

 ナハトが魔道具を起動させると、コルビアスは寄りかかっていた頭を少しだけナハトへと向けた。


「レオ?」

「…コルビアス様。国王様のお加減はよくなったり悪くなったりしていると、私におっしゃいましたね?」


 コルビアスの肩がびくりと揺れた。

 最初に聞いていた印象と、冬の舞踏会で王が姿を現さなかったことから、ナハトは王はやせ細り弱っているものだと思っていた。

 だが今回初めてその姿を見て、まず思ったのは”おかしい”というものである。それもそのはず、ナハトから見たウィラード王は、とても体調が良くなったり悪くなったりを繰り返しているようには見えなかったのだ。髪も髭もよく手入れされていて、浅黒い肌も健康的でハリがあったし、耳も尻尾も、優等種は体調が悪いと下へさがる傾向があるがそれもなかった。獰猛さを備えた濁りのない金色の瞳は、王たる威厳を纏ったまま、始終周囲を―――コルビアスとその背後に立つナハトらを見ていた。


「確認ではありますが、噓をつかれたのですか?」

「ち、違う!嘘じゃない!僕はもう、ナハトたちに嘘はつかないって決めたんだから!」


 必死なコルビアスの様子に、ナハトは頷く。さすがにもう疑っているわけではない。確認のために聞いただけだ。

 そう言うとコルビアスは安心したのか、またほっと息を吐く。


「…父上の、王のお加減についてはよくわかっていないことが多いんだ。ディネロに探らせているけど、そもそも城は警備が厳しいし…。だけど、先々月の夕食会は王のお加減が悪いという理由で開かれなかったんだ」

「その時は本当に具合が悪かった…という事ですか?」

「おそらくは…。宮廷医師が向かったという話は聞いているから、本当に具合は悪かったはずだよ」


 コルビアスの話が本当であるなら、ウィラード王の体調についてこちらが探るのは厳しいものがありそうだ。


「ではコルビアス様は、ご自身で国王様のお加減がよろしくない時を確認したことはないのですね?」

「…うん。まず城に入れてもらえないからね」

「ディネロも?リューディガーは何か気づいたことは?」

「…俺も国王様にお会いしたのは、コルビアス様についてからだからな…」


 ナハトの問いかけにリューディガーは考え込む。コルビアスの護衛についてからというのがいつからなのかはわからないが、コルビアスが8歳という年齢であることも考えると長くて8年前。その間に今日を含めて2度しかお会いしたことがないならば、リューディガーも同じような物だろう。


「そもそも王はめったに人前に姿を現したりしない。建国際ぐらいでしかそのご尊顔を見た事はないが、そのお姿に弱っているという印象を抱いたことはないな」

「今日もですか?」

「ああ」

「ディネロには探りを入れてもらっていたけれど、そういえば一度も実際にそういう姿を見たっていう報告はもらったことがないな…」

「…それならば、王の体調不良は嘘なのではないでしょうか?」

「まさか…!?」


 コルビアスが驚いた顔でナハトを見る。「何故…」と口にするが、それはナハトにもわからない。だが、ナハトから見て王は具合が悪かった様子がかけらもなかったのは事実だ。虚勢を張っている可能性もなくはないが―――それならば、何かぼろが出てもいいはず。3時間にも及ぶ食事の最中、ずっとごまかしきれるとはとても思えない。


「一つの可能性ではありますが、王がもし体調を謀っているならば、その必要があるという事です。それが何なのかわかりかねますが…」

「…もしかして、王位継承の話が関係してる?」

「わかりません。私が分かるのはあくまで自分で見た事と、コルビアス様からの情報を合わせて考えた事だけですから」


 ナハトがそう言うと、コルビアスは頷いて考え込んだ。何を考えているのかはわからないが、彼なりに過去の記憶や話を精査しているのだろう。

 だがその時ふと気づいた。月明りでよく見えないが、コルビアスの頬が赤い気がしたのだ。


「コルビアス様、頬が赤く見えますが…」

「え…?なんだろう…。まだ興奮してるのかな?」


 コルビアスは自身の両頬を包むように両手を当てた、だがよくわからないのか首をかしげる。それにナハトは「失礼します」と言って、手袋を外してコルビアスの額へ手を当てた。

 当てた瞬間すぐにわかるほどの高い体温。これは―――。


「熱か?」

「ええ。リューディガー、すぐにシトレンへお願いします」

「わかった」


 リューディガーは頷いてすぐに走ったままの馬車から飛び出した。シトレンらが乗る馬車は一足先に屋敷へついているはずだ。ナハトとコルビアスが乗るこの馬車ももうすぐに着くが、その前に必要なものを準備しておいてもらう必要がある。

 飛び出したリューディガーから少し遅れて馬車は屋敷へ着いた。勢いよく扉が明けられ、まずはいろいろな器具や薬を持ったシトレンがそのまま乗り込んでくる。


「コルビアス様の容体は?」

「つい先ほど発熱が認められました。喉の腫れなどはなく、意識はしっかりしています」

「わかりました」


 シトレンはコルビアスの専属医師でもある。コルビアスは比較的体は丈夫だが、まれに高い熱を出すと事前に聞いていた。それは強いストレスを受けた後が多いため、今日ももしかしたらと事前に話は聞いていたのだ。


「…毒物による反応は見られませんが…あなたから見てどうですか?」


 まさか聞かれると思っていなかったため、ナハトは一瞬反応が遅れた。だが、すぐにもう片方の手袋も外すと、断りを入れてコルビアスに触れた。脈や指の反応、発汗を確認し、声をかける。


「コルビアス様、話せますか?」

「…だいじょうぶ」

「目は回りますか?頭痛は?」

「…ない」

「痛みがある場所はありますか?」

「……」


 熱が高くなってきたのか答えるのが億劫になったのか、コルビアスは首をわずかに横に振った。ここまでやり取りがしっかりできるのであれば、毒物ではなく疲労からくる発熱で間違いないだろう。

 ナハトがそう言うと、シトレンは頷いてナハトに金貨の入った袋を押し付けコルビアスを抱き上げた。先にナハトが降りて念のため周囲を確認し、シトレンたちを屋敷へと誘導する。

 そうしてナハトは馬車を引く業者を振り返った。


「ひっ…!あ…あの…」


 仮面に驚いたのか、業者の男の頬がひきつる。第3王子とはいえ王族が体調を崩したところを見てしまったのだ。王族の体調の良し悪しは大きな弱点になる。だから、彼は今命の危険を感じているのだ。

 ナハトは一気に距離を詰めると、脅える彼の手を握ってその手に先ほどシトレンから受け取った金貨の袋を押し当てた。ぴたりと男の動きが止まる。


「これは今回のお礼です」

「あ…あの、これは…」

「しー…。…あなたは今なにも見なかった。そうですね?」


 耳元で囁くように言うと、男は真っ赤な顔でこくこくと頷いた。これで黙ったままでいてくれるかはわからないが、コルビアスは命のやり取りを好まない。最後にもう一度「よろしいですね?」と呟くと、男は「わかりました」と言って引き揚げていった。

 それを見送って、ナハトも屋敷へと戻った。






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