第5話 ヴァリヤーナ学院とナハトの魔力
お茶会からしばらく。毎日が暑くなってきたと感じる頃、ヴァリヤーナ学院が始まった。コルビアスと共に学院へ向かう馬車に乗りながら、ナハトとヴァロは寮から学院へと向かう学生の列を見る。大きな通りを馬車を使って向かうのは、王都に邸宅があるものだけだ。馬車か徒歩か、それだけでその者の両親の大体の爵位が分かる。
馬車が正門をくぐったところで止まった。ヴァロとナハトが先に降り最後にコルビアスが降りると、それに気づいた者たちが道を開ける。
(「…こういうところは、王族として尊重されているのだな」)
そんなことを思いながら、ナハトはコルビアスの前を歩いて教室へと向かった。
学院は数学や歴史、地理や魔学などの一般教科に加え、法学、経済学、商学、社会学から1つか2つ選択して学べることができる。さらに4年生からは騎士クラスか魔術師クラスのどちらかを選択し、己にあった力の使い方を学ぶことになるのだ。力の強い者、戦いを好むものは騎士クラスを選択することが多く、それ以外の者が魔術師クラスを選択する。優等種は力の強いものが好まれる傾向があるので、全体を見ると騎士クラスを選択する者の方が多いそうだ。
「コルビアス様は、社会学と法学を選択されているのでしたね」
「ああ。今日は数学と地理の授業の後、午後から社会学の授業だ」
少々早めに屋敷を出たため、コルビアスの指示で学院内を歩き回りながら今日の予定を確認する。護衛騎士は教室に入れないため教室の外で待機しなければならない。
だが、生徒の邪魔にならないように立ち回る必要がある為、ある程度学園内の施設を頭に入れておく必要があるのだ。万が一ナハトたちの気づかぬ内にコルビアスが移動してしまうなんてことがないようにという、確認のためもある。
「3年生以下は北の教室だが、4年生からは東の教室を使う。選択授業は2階の教室だ。騎士や魔術師の授業は実践が多いため、学院の西側を使用する。そちらは魔学で使う特殊な教室があるが、演習場もあるんだ」
あらかた案内されて、コルビアスを1階の教室で見送った。教室内には先日お茶会で見かけたアルブレヒト、ニコル、ハインリの姿もある。コルビアスに気がついたハインリが駆け寄って話しかけると、コルビアスは驚いた顔をしながらも共に席に着いた。それを不思議に思いながらも教師が入室したことを確認して、ナハトとヴァロも一時その場を離れた。
授業の時間は90分。その間護衛教室に入れないため、ナハトとヴァロは教室の中が見える中庭の柱の近くへ移動した。
「このまま待つの少し暇だね…」
「こら、さっそく何を言っているんだ」
気持ちはわかるし言いたいこともわかるが堂々と言いすぎだ。ナハトは思わず苦笑いを浮かべて、ヴァロの背をたたいた。
「授業中であれば多少声を潜めての会話をしても問題ないだろうが、警戒を怠るんじゃないぞ?私たちは護衛騎士なんだからな」
「うん」
そう言いつつも、ナハトも軽く肩をまわした。
ナハトもヴァロも、顔を隠すための仮面をつけている。それもあってか随分忌避的な、だけれど物珍しそうな視線を向けられた。慣れもあるのか、コルビアスは気にした風ではなかったがナハトらは違う。離れたところから向けられる視線は冒険者をしているナハトやヴァロには酷く癇に障る視線であったため、自然と体に力が入ってしまっていた。
「あはは、ナハトもあの視線はやっぱり気になったんだ」
「それはそうだろう…。あれを無心で耐えられるほど、私の神経は図太くないからな」
「俺も居心地悪かったよ。…今もだけど」
今も北側の教室からこちらを見下ろす複数の視線がある。コルビアスの話では3年生までの教室がある方だ。幼い子供であればあるほど、ナハトたちの見た目は興味をひくものだろう。
「とはいえ、相手は子供だ。物珍しさの視線はすぐ落ち着くだろう」
「…な…レオもそんなに歳変わらないけどね…」
「君より精神年齢は上だろうがな」
「う…」
そうして話しながら時間が経ち、数学の授業が終わった。生徒たちがぞろぞろ出てくる前に、ナハトたちも教室の出入り口へ移動する。
「待たせたね」
コルビアスが出てくる前に教室の入り口で彼を迎えた。
どうやら教科によって使う教室が決まっているらしく、地理の教室は2つ隣の教室だ。その教室には大きなビスティア全土の地図が黒板の上面に貼られていて、教卓の横にあるのは山の模型だろうか。大小凹凸のある山の断面図のような物が置かれていて、更にその横には水の中の模型らしきものもある。
その教室でまた90分授業をし、その後は昼食を挟んで社会学の授業だ。ほぼ待機で終わってしまったが、それが護衛の仕事である。何事もなく終わった事に安心しながら、ナハトとヴァロはその日の護衛を終えた。
その翌日はリューディガーとヴァロが、更にその翌日はリューディガーとナハトと、順に護衛騎士として学院に同行した。
それでわかったのは、コルビアスには学院で共に過ごす友人というのが本当に少ないという事だった。お茶会に参加したアルブレヒト、ニコル、ハインリくらいしか彼に話しかける者は見かけず、授業中も初日はハインリが共にいたがその後は特別一緒にいる様子もない。コルビアスは昼食を食堂でとらないためそこでも一人だ。
ナハトには学校に行った経験も、友人と呼べるよな人間もそう多くないため、学校生活の想像がつかないが―――それにしてもなんだか寂しい学校生活だと思わずにはいられなかった。
「おい、聞きたいことがあるんだが…いいか?」
「私に…?」
今日も教室が見える位置で待機していた最中、ナハトはリューディガーにそう声をかけられた。リューディガーとはほとんど話をしたことがない。舞踏会の時も彼が話しているのは見たが、直接言葉を交わしたのは片手で数えるほどしかなかった。
その彼に聞きたいことがあると聞かれて、ナハトは思わず構える。
「…何でしょうか?」
ナハトのリューディガーに対する印象は、寡黙で忠誠心が高く、シトレンよりは話が通じると言ったところだ。だが、最初に会った時は言葉を違えて剣を向けられた。その事がある為、手が早いというイメージもある。
それが伝わったのか、リューディガーは僅かに目を細めて口を開いた。
「そう構えるな。何故この仕事を受けたのかを聞きたかっただけだ」
そう言われて、ナハトは心内で首を傾げた。それはコルビアスに呼び出された時点で説明していた事だ。しかも今更そんな質問をしてくる意味がわからない。
「…申し訳ないが、その質問の意図が分からない。私がこの仕事を受けた時にあなたもいたでしょう?」
「そうだな…」
「ならば、私が何故この仕事を受けたのかご存じでは?」
「いいや、分からない」
言い切られて、ナハトは高い位置にあるリューディガーを見上げた。真っ直ぐと見返されて、思わずたじろぐ。
「舞踏会のあと…コルビアス様に願われた時は、おまえは確かに護衛騎士になるつもりはないと、明確に拒否を示していた。条件を出していたが、あれは断る為の理由でそもそも受ける気は無かっただろう。…違うか?」
「…確かに、舞踏会の後は護衛騎士になるつもりはありませんでした」
今回だって別に一生護衛騎士になる約束はしていない。1年という期限付きだ。期限があるから受けたのだ。
「そもそも、私だって気になっていたのです。こう言うとお怒りになるかもしれませんが…コルビアス様の、自分ではどうにもならない事で振り回されている様は、私にも覚えがあるものでしたので…。力になれるのであればなりたいと思っていました。私が出した条件も飲んで、教えてくださいましたしね…」
ナハトは答えたが、リューディガーは片眉を上げただけで納得した様子では無かった。それどころかナハトが視線を向けると、鼻で笑って口を開く。
「力になれるのであれば…か。なるほど、おまえは自分で思っているよりも自分のことが分かっていないのだな」
「…は?」
「今はそう言う事にしておいてやろう」
「…どうぞご自由に」
今も何もそれが全てだ。鼻で笑われた事に不快感を示しながらも、ナハトは授業が終わったコルビアスを迎えに教室へ向かった。
「コルビアス様、お待たせしまし…」
「た…」と言い切る前に、ナハトは僅かに魔力の気配を感じた。そちらを向くのと同時に、ナハトの左をすり抜けるようにリューディガーが飛び出す。
瞬間―――ピシリと高い音がして、天井から吊るされた灯りが落ちてきた。
「な…っ!?」
あの距離であの音に気づいていたのか。いやそんな事よりもだ。ナハトは慌てて指を裂いたが到底間に合わない。リューディガーがコルビアスの元に到達する方がずっと早い。
しかし、そのリューディガーの手がコルビアスの元に届く前に、コルビアスの肩が光って彼とリューディガーを覆うように蔦の壁が姿を現した。
ガシャーン!!!!
耳障りな音を立てて、灯りのガラスが飛び散る。幸いにも下敷きになったものはいないが、引っ掛けて傷を負ったものは数名いた。
「何の騒ぎですか!?」
教室を退室していた教師が慌てて戻ってきて、教室の真ん中で粉々になっている灯りの残骸を見て悲鳴を上げた。その声に、他の教師も駆けつけてくる。
「何ですかこれは!?」
「怪我人が…!」
「すぐに医務室へ!騎士団にも要請を…!」
「…お待ちください。その前に、すぐ近衛騎士団をお呼びください」
怪我人の隔離を恐れて、ナハトは教師にそう声をかけた。彼女はナハトの仮面に驚いた顔をするが、すぐにその顔を怒りに染めて声を上げる。
「何ですかあなたは!?部外者がここで何をしているのです?」
「私はコルビアス様の護衛騎士のレオです」
ナハトはそう言って、一度頭を下げた。その際に蔦の壁を解除する。するすると蔦が消えて行き、その下から現れたコルビアスとリューディガーを見て教師の顔に困惑の色が浮かぶ。
「灯が落ちる前に魔力の気配がしました。…コルビアス様の上に落ちる前にです。これがどう言うことか、お分かりになりますね?」
「あ…で、ですが…」
教師は言い淀む。王都にも騎士団はいるが、王族に何かあった時は近衛騎士団が事に当たるのが常識だとシトレンは言っていた。魔力の気配を感じ、コルビアスに向かって灯が落ちたのだから、これは近衛騎士団の管轄で間違いない。それを躊躇うと言うことはこの教師がそれに関わっているか、或いは―――。
「クランバルク先生」
ガラスをの破片を跨いでコルビアスがこちらは歩いてきた。教師と視線を合わせ、口を開く。
「近衛騎士団への報告と、校医のファルマン医師を呼んでください。怪我人がいます」
「コルビアス…様」
「急いでください。出血しているものもいます」
淡々としたコルビアスの言葉に、クランバルクは一瞬ためらったが、頭を下げて急ぎ退室した。
コルビアスは残された2名の教師にすぐ指示を出し、生徒を教室から出さないように、現場を荒らさないよう伝えた。
その後は近衛騎士団に引き継ぎ、深夜近くにナハトはコルビアスとリューディガーと共に帰宅した。近衛騎士団は団長ではなく副団長がやってきたが、来ただけいいとコルビアスは言っていた。今までこれほど直接何かあったことはないが、それでも何の役職もない騎士ではなく副団長が来たのは初めてであったらしい。
ナハトが感じた魔力の気配のもとすぐに見つかった。灯りと天井を繋いでいた金属に、魔力で破壊した形跡が残っていたらしい。
(「あの時感じた魔力は、金属を破壊するために魔力を送った際のものか…」)
これはルイーゼやナッツェに教えてもらった、遠隔魔術の応用である。周囲に気づかれないほど僅かに魔力を送り、魔術を使ったに違いない。ナハトがその魔力を感じ取ったのは、おそらくなかなか壊れない金属に苛立って多く魔力を流したからだろう。落ちてきた灯りに気を取られて、それをした犯人に気づけなかったのがとても悔しいが―――過ぎてしまったことはしょうがない。この失敗は次回へ生かすとしよう。
「それにしても助かったよ」
突然言われて、考え事をしていたナハトは何のことかわからなかった。だがすぐに蔦の壁の事だと気づき、首を横に振って口を開く。
「私は護衛騎士ですから。きちんとコルビアス様をお守りしますよ」
どうも疑っているような節のあるリューディガーにも視線を送りながらそう言うと、コルビアスは嬉しそうに笑う。
「ありがとう。リューディガーも、守ってくれてありがとう」
「いいえ。コルビアス様にお怪我がなくてよかったです」
リューディガーにも礼を言って、コルビアスはナハトに向き直った。「それで…」と、好奇心に目を輝かせて口を開く。
「あの魔術はどういうものなの?レオは魔術を使ってなかったと思うんだけど…」
「あれは、コルビアス様に魔力をつけていたのです」
「…つける?魔力を?」
「はい」
教室内は学生と教師しかいない。だから通常安全な場所ではあるのだが、コルビアスは同じ王族からも疎まれているため、ナハトは念のためにコルビアスに魔力を付けておいたのだ。
これは遠隔魔術と、ヴァロのペンダントを作った時に魔石に特定の魔術が発動するようにしておいたものの応用である。ナハトはダンジョンの監視の際は地面に罠をたくさん仕掛けているが、あれと同じで魔力を感じたら蔦の壁が発動するように魔力を込めておいたのだ。とはいえ、魔石などを介さずに魔力を置いていただけなので、せいぜい2時間ほどしか効果はないが―――コルビアスの授業時間が90分である為、それでも十分である。
今回はコルビアスの上に灯りを落とそうとした者の魔力に反応したようだが、元々一定魔力に反応するようにしてあるので、命の危機を感じたらすぐに発動するようになっていた。発動するまでナハトも忘れていたが。
「騎士団にいる知人に聞いたことがあります。魔術師はそうして罠を張ったりすることがあると」
「そうなんだ。まだ授業でそういう魔力の扱いはきたことがなかったから驚いたよ」
「ですが…」
リューディガーの鋭い目がナハトに向く。
その瞬間、何かまずいことをしたのだと直感した。だが、何がまずかったのかわからない。ルイーゼやナッツェから教わったことを実践しただけであるし、設置する魔力の量は決められるから発動した魔術が強力であっても、非効率であっても、それがコルビアスという王族につけられるものならば問題ないはずだ。
だが―――リューディガーの目はそう言っていない。
「レオ。おまえ、コルビアス様にいつあの魔術を仕掛けたんだ?」
「…授業の前です。教室へお送りした際につけさせていただきました」
「ということは、90分以上はもっていたということだな…」
リューディガーは大きく息を吐いて、仮面越しのナハトの目を見て口を開いた。
「罠として魔力を設置する行為は確かにあるが、あれは本来足先に植物を絡ませるだとか、ほんの少し地面にへこみを作るだとか…火種を発生させるとか、その程度しか出来ないものだ。大きな魔力を置けば、確かに大掛かりな魔術の発動は出来るが…その分、魔力の固定が難しくなる。何より…気付かなかった。おまえの魔力に」
おまえは何者なんだと、そうリューディガーの目が言っている。
魔力に気づかなかったとリューディガーは言うがそんな訳はない。あれほどの魔力なら誰だって気づくはずだ。現に、ダンジョンの監視当番についていた時、クルムもナッツェもヴァロも、ナハトが地面に仕掛けたそれにみんな気づいていた。魔力の質が急に変わりでもしない限り、気づかれなくなるなんてそんな変化が起こるはずは―――そこで、ナハトは思い出した。ナハトの魔力は精霊の魔力であることを。
優等種は自分の中に自分だけの魔力を持っているが、ナハトは精霊の魔力が始まりなのだ。他の者とそもそも魔力の成り立ちが違う。そして今はその精霊が、精霊界に溶けていた精霊が生まれようとしているところだ。ナハト自身も魔力に変化が起きていてもおかしくない。
(「…まさか本当に魔力の質が変わったのか…?」)
そう思うが、確かめるすべはビルケたちのもとへ行って聞くしかない。そしてそれはすぐに叶わないことだ。それに―――行ってもわからない可能性だってある。ビルケたちも、アッシュのあの状態には困惑していたのだから。
混乱した様子のナハトに、話を聞いていたコルビアスが口を開く。
「リューディガー、言いたいことはわかった。レオ、君は今後、先ほどのような魔術の使い方はするな」
「…え」
「君の魔術がすごいことはわかっていたけれど、君自身が理解していないのであればむやみに使うのは危険だ」
コルビアスの言葉に、ナハトは自身の手を見た。急に自分の魔力が異質なものに感じる。
「あまりに凄かったからはしゃいでしまったけど…君が今まで冒険者として使ってきた力以外は使わないほうがいい。君は僕の下にいるけれど、兄様たちに目をつけられてしまったらそうも言ってられないからね」
「…わかりました」
ナハトは息を吐いて、馬車の窓から外を見た。このよくわからないものに振り回される間隔は久しぶりだ。精霊たちとの関係がよくなってきてからはなかった不安を感じて、ナハトは何もいない肩へとまた手を伸ばした。
コルビアスの護衛がリューディガー一人であったときは、場合によってはシトレンやディネロがついてきていた時もありました。
食事やトイレなどはどうしても難しくなるからです。
ナハトは学校に通ったことがないので、あちこち見学しながら実はかなりワクワクしています。
羨ましいとか、自分も勉強したいとか思いながら見ています。




