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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第一章
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第1話 魔術の訓練

頬を撫でられる感触で目が覚めた。反射的に手を伸ばすと、ひやりと冷たい感触が指に触れる。愛とかげのドラコが起こしてくれたのがわかって、ナハトは微笑んだ。

 

「おはよう…」


 2段ベッドの下段、そこがナハトに許された、唯一自由にできる場所だった。下段を覆うように閉まったままのカーテンの向こうから、細く光が差し込んできているのが見える。


「…今日は天気が良さそうだね」


 同室の兄弟弟子を起こさないよう静かに起き上がり、さっと身支度を整えて部屋を出た。出来るだけ素肌が出ないように重ねた服は、貴族の格好を意識したもの。布を多めに使うくらいしか真似出来ないが、それでもナハトは満足している。

 洗面所で顔を洗い、短い髪を撫でつけて上げ、銅板の鏡で服の皺を確認する。問題ないことを確認すると、そのまま裏口から外へ出た。裏口の先は見晴らしのいい高台のようになっており、朝早いこともあって透き通るような空が視界いっぱいに広がった。


「朝陽が気持ちいいね」

「ギュー♪」


 この村は森に囲まれている。その為、この素晴らしい景色も森の緑と空の青の二色しかない。

 しかし、ナハトはここから見る景色が好きだった。毎朝ここで必ず景色を眺め、太陽光をいっぱいに浴びる。それが一日の始まりだ。

 短い日光浴を終えると、フードの中にドラコをしまい、キッチンで朝食の支度に取り掛かった。


「おはよう。今日は君の当番だったか、ナハト」

「おはようございます、師父。もうすぐ出来ますので、少々お待ちください」


 パンが焼き上がる頃、師父であるカルストが起きて来た。明るい金髪の、穏やかな物腰の初老の男性で、ゆったりとしたローブを着ている。この村で唯一の魔術師だ。国に認められた魔術師にのみ許されるそのローブは、何色もの糸で装飾がされており、ナハトが着るようなただの布とは大違いのものだ。


「ナハトの作ったパンは美味しいからね。楽しみだな」

「お褒めに預かり光栄です」

「ふふっ、相変わらず丁寧な物言いだね」

「師父を真似ていますので、お互い様かと」


 手を休めずに笑うと、師父も楽しそうに笑ってリビングへ行った。

 師父が起きてきたなら兄弟弟子も降りてくるはずだ。師父は優しいから何も言わないが、師匠より起きるのが遅いなんて弟子としてはどうかとナハトは思う。直接言うことはないが、ほんの少しの呆れを感じながらも、ナハトは手を動かし続けた。

 焼けたパンを持ってリビングへ行くと、寝ぼけた兄弟弟子が降りてきた。一番弟子のカインと二番弟子のツィーだ。ナハトは三番弟子で、四人目は半年ほど前に辞めて故郷へ帰って行った。


「カイン、ツィー、おはよう」

「おはようございます、師父」

「おはようございます」


 顔も洗ってきていないのか、寝癖もそのままだ。


「おはようございます。カイン兄さん、ツィー兄さん。お二人とも、顔くらい洗ってきたらいかがですか?」

「うっさい、それより朝飯」

「…わかりました」


 返ってきた言葉にため息をついて、パンを並べ、温め直したシチューを運んだ。人数分の木のカップに煮沸して冷やした水を入れて席に着くと、兄弟子二人は、師父がいただきますと言った瞬間、朝食を食べ出した。


「お二人とも、はしたないですよ」

「うるさいんだよお前は。師父が何も言ってないんだからお前がごちゃごちゃ言うな」

「ナハト、私はみんなで食事したいからいいんだよ」

「…はい、師父」


 ナハトは少し不満そうな顔をしたが、手を合わせ、いただきますと言って朝食についた。



 朝食後、机の上が片付くのを待って、師父が口を開いた。毎朝ここでその日の修行の内容が話される。夕食の際に受けた報告をもとに、師父から今日の課題を受け取るのだ。

 カインは魔力の形状変化の精度を高める練習を、ツィーは魔力操作を、ナハトは魔力の放出を練習する。ナハトが行う魔力の放出は、段階で言うなら下から2番目だ。魔力を感じられるようになったら、魔力を放出する。少しでも放出できればクリアなのだが、1年経った今も次の段階へ上がれる気配はない。


「…ぷっ」

「だっせー」


 小さく馬鹿にされ、一瞬顔を下げかける。だが、すぐに笑って、逆に顔を上げた。馬鹿にされるようなことは何一つない。


「二人とも、やめなさい。ナハト、気にすることはないよ?」

「…ありがとうございます。私は大丈夫です。何を言われようとも、確かに私には魔力があるのですから」


 ナハトは自分の拳を開き、伸ばした指先を見る。魔力は誰にでもあるものではない。魔力持ちは爪の色が、持たざる者とは違う。ナハトの薄い緑の爪。この爪の色が、植物を操る魔術の適性持ちだと言うことを表している。


「めげないのはいい事だけど、修行を続けて何か変化はあったかい?」

「…いえ、これと言って感じる変化はありません。また空振りのようです」

「そうか…。ひょっとすると、君は魔孔が細いのかもしれないね」

「…細い?」


 ナハトが首をかしげると、師父が石筆を持ってきた。そのまま石のテーブルに書き込んでいく。


「魔力持ちには魔孔という、魔力が通る穴があるとされているだろう?」

「はい。この、指先にあるとされているものですよね?」

「そうだ。この魔孔は魔力を通すもの。だから、この魔孔が太いか細いかで、魔力を通せる量が変わるのではないかという説が、最近王都で話されているそうだ」


 言われて、ナハトは自分の指先を見る。もちろん、孔なんてない。魔孔は目に見えないのだ。だけど、指先にあるとされていて、魔術はここから放出された魔力で起こすと言われている。


「細いとしたら…私はどうしたら良いのでしょうか?」

「…まだ、解消方法は分かっていない。だけれど、魔力を水に例えて、どうしたらたくさんの水を流せるようになるか考えてみるのはどうかな?」

「…なるほど。師父、ありがとうございます。早速試してみます」

「ああ、頑張っておいで」

「はい!」


 ナハトは両手を握ると、師父に頭を下げて、退室した。部屋に戻り、護身用のナイフと、ロープや火打ち石、軽食などを一つの布に包んだ。体に斜めにかけて縛り、ナイフを腰に鞘ごとさす。準備を終えると、目的地の森へと急いだ。



 森と言っても、村の周辺は全て森だ。その中でナハトが目的地としているのは、村の入り口から北東へ進んだところにある開けた場所。その先―――僅かに見える建物の屋根は、この村、ゲルブ村から3日ほど森を抜けた先にある王都の物である。

 ゲルブ村は、周囲の森の管理という目的のために作られた、まだ新しい村だ。この森は魔獣が多く生息しているが、王都からほど近いこともあって、強い魔術師であるカルストが国から派遣されている。魔術師は国に雇われ、魔獣が多い地域や村に、その抑止力として滞在するのだ。その中でも、一流と呼ばれる魔術師になれば、国から多額の給金が支払われ、一生生きるのに困ることはない。だから魔力持ちは一様に魔術師を目指す。

 一流と呼ばれる魔術師の中でも、カルストは格別だ。強く優しく穏やかで、国から村の管理と森の管理を任されるほど優秀で、また、ナハトのような魔力持ちの村人を弟子にして教育してくれている。

 カインは王都の生まれで、師父とともに村へ来たが、ツィーはゲルブ村の生まれだ。ナハトは物心ついた時には村の孤児院にいたから正直なところわからないが、魔力持ちだったから師父の弟子になれたのは、本当に幸運だ。


「ギュー」

「ん?なんだいドラコ」


 いつも練習している場所へ向うすがら、ドラコが首元で鳴いた。グリグリと頭を首に押し付けて来る。


「…ふふ、元気づけてくれているのかい?」

「ギギュー」

「ありがとう」


 指先で小さな頭を撫でると、ドラコがぺろりと指を舐めた。


「私は大丈夫だよ。気に病むほど暇じゃないからね」


 さくさく森を抜けていくと、木のない開けた一帯へ出た。少し離れたところに川もあり、その近くには食べられる実のなる木もある場所だ。


「…さて、まずどうするのがいいか…」


 荷物を下ろして、呟いた。師父は魔力を水に例えていた。事実魔力は流れるもので、液体に例えられることが多い。

 ナハト目を閉じ、自分の体の中にある魔力に意識を向けた。


(「…左手の指先から肘、肩、頭を通って右肩、右肘、指先、胸、腰、右膝つま先…」)


 体内にある魔力は、この一年で感じられるようになった。ぐるぐると血液のように身体中を巡り、意識を向けるとどこか暖かく感じる。

 この魔力を魔孔から外に出し、感じ取れるようになるのが目標だ。それがずっと出来なかったが、今日師父が教えてくれた魔孔が細いことに原因があるなら、魔孔を広げられるよう考えればいい。


「まずはいつも通りやってみよう」

「ギュー」


 今までは漠然と魔力を出そうとしてきた。だから今日は指先を意識し、魔孔を意識し、細い孔を想像してみる。


「……?」


 よくよく集中してみると、魔力が指先に滞留しているのを感じた。だが、ほんの僅か、魔力の流れが変化しているような気がする。


「…まずは手始めに、押し出してみよう」

「ギュー」

「せーの!ぐっ………て、いたたたただあっ!?」


 物凄い激痛が指先を襲った。まるで万力で締め上げられるかのように、指先というか手全体に凄まじい圧迫感と痛みを感じる。


「ギーギュー」


 ドラコが蹲ったナハトの肩から降りて、手をよしよししてくれる。本当にいい子だ。でも今はその刺激が痛い。


「あ、ありがとうドラコ。…でも、今はあまり触らないでくれないか…」

「ギー…」


 すごすごと戻ってきたドラコの頭を痛くない左手で撫でながら、ナハトは深呼吸して立ち上がる。

 この結果はある程度予想はしていた。以前、あまりに感じられない魔力に頭にきて、無理やり外に出そうとしてみたことがあった。その時も痛かったが、魔孔の細さを意識した今なら何か変わるかと思ったのだ。水で言うなら、量が多ければ川が決壊するように。ただ痛いだけであったが。


「はぁ、落ち着いてきた。びっくりさせてごめんね」


 よしよしと干し肉のかけらを与えながら、ドラコの頭を撫でる。あの痛みの先に結果が伴いそうなら頑張ろうかとも思うが、その保証はない。ただ痛く、2時間経っても違和感を感じているほどだ。あれ以上やったら後遺症が出るかもしれない。


「よし、一気に出すのはやめだ。やり方を変えて試してみよう」

「ギュー」


 ナハトは右手を前に出すと、体の中の魔力に意識を移した。流れる魔力を細く細く、指先に集中してみる。


(「…抵抗を感じる。もっと細くする必要があるのか…」)


 更に細く細く、糸を紡ぐときのように、意識して魔力を細く意識していく。だが、ある程度の細さまで行くと、そこからうまく細くできなくなった。繰り返し試してみるもうまくいかず、結局夕方になっても魔力を放出するまで至れなかった。


「だ、ダメか…はぁ、はぁ…」

「ギュー…」

「…だ、大丈夫だよドラコ。まだ今日、始めたばかりだからね。魔力を細くするコツも分かってきたし、明日はいけるかもしれない」

「ギギュー!」


 グリグリと押し付けられる頭を撫でて、ナハトは帰路へと急いだ。夜は魔獣の領分だ。日が沈み切る前にと急ぐと、村の入り口を入ったところで、見たことのあるご婦人が大きな荷物を持って歩いていた。


「こんにちは、マダムシトレー」

「はぁっ!?…て、あんたかいナハト」


 声をかけると、驚いた顔で振り向かれ、シトレーはすぐさま呆れた顔になった。


「あんたは本当に…いい加減その言葉遣いや動作を改めちゃどうだい」


 大きなため息をついて、シトレーはナハトに荷物を押し付けた。たくさんの野菜が入った大袋だ。いくらシトレーが孤児院長とはいえ、小柄な彼女にこの袋はかなり重かっただろう。


「お手伝いさせていただきますね」

「その言い方…背中がむずむずするわ」

「それは失礼しました」

「全く…あんたがカルスト様のところに弟子入りして2年、よくまぁあのクソガキが変わったもんだね」

「私は師父を尊敬していますから」


 少し下にあるシトレーの顔を見ながら微笑むと嫌な顔で返された。


「孤児院にいた頃はあんなに手がつけられない暴れん坊だったのにねぇ…。背筋も伸びて、いちいち仰々しく動いて、今じゃカルスト様よりも目立つ。貴族にでもなるつもりかい?」

「そんなつもりはありませんよ、憧れはしますけど」


 憧れはある。貴族になれたら生まれや育ちで貶められることもないだろう。平民には大いにある性差による勉学の差も貴族は少ないと聞く。だけどナハトは孤児で、守ってくれる親も導いてくれる兄弟もいない。孤児は身一つで食べて行かなければならないのだ。

 にっこりと笑いかけると、シトレーは溜息をついて髪をかき上げた。


「まぁ…あんたはカルスト様に拾ってもらえてよかったよ。修行はうまくいってないようだけど、カルスト様なら無体な事はしないだろうからね」

「……ご心配をおかけしたようで申し訳ない」


 パンと背中が叩かれた。それはシトレ―の小柄な体からは考えられないような力強さで思わず数歩前に出る。振り向くと、シトレ―が呆れたような顔で笑っていた。


「心配はするさね。あたしゃ孤児院長なんだから。…それより、もっとちゃんと食べなね。あたしが小突いたくらいで吹っ飛びやがって」

「マダムは小柄なのに大変力が強くていらっしゃる」

「そのマダムってのもやめな!」


 孤児院の前でシトレーに荷物を渡し、幾つかの食材を買って邸宅に戻った。

 部屋の火を灯しながら奥の書斎に目をやると、師父の部屋から灯りが漏れている。上は静かなことから、兄弟子たちはまだ戻ってきていないようだ。


「さて、静かなうちに終わらせてしまおう。ドラコ、先に部屋に戻っているかい?」

「グー」

「そうかい?なら、襟の中に収まっているんだよ」


 ドラコの尻尾が出ないよう服の中にしまいながら、買ってきた豆を手早く洗い、火にかけた。根菜をいくつか刻み、鍋に追加していく。

 次に塩漬けしておいた魚を取り出した。それを火にかけながら、買ってきた魚を捌き、オイルに浸して蓋をする。これは明日以降の食事に使うためだ。煮立ってきた野菜の灰汁を取り、塩と、森でとってきたハーブを加える。魚にもハーブを添えて軽く蒸し焼きにすれば、メインとスープは完成だ。


「いい匂いがするね」

「師父、お待たせして申し訳ありません。もう出来ますので、リビングでお待ちください」

「ありがとうナハト」


 朝焼いたパンを温め直し、葡萄酒を用意する。両手で2つのトレイを持ち、リビングに行くと、いつの間に帰ったのかカインもツィーも席についていた。

 それに軽くため息をつきながらも、師父から順に食事を並べ、ナハトも席についた。



 食事の後は今日の成果報告だ。

 また兄弟子たちからやんや言われるが、それを華麗に流して部屋へ戻った。唯一自分のテリトリーであるベッドの下段へ潜り込み、カーテンを閉めた。


「お待たせドラコ。お腹すいただろう」


 ドラコは返事はせずにぎゅっと首にしがみつく。本当に頭のいい子だ。声を出していい時とダメな時がきちんと分かっている。

 ドラコのための干し肉を荷物から取り出すと、小さくちぎって口元へ持っていってやる。匂いを一度嗅ぐと、パクりと咥えて襟の中へ戻っていった。食いつかずに持っていた様子を不審に思うナハトだったが、すぐに近づいてくる足音がして、兄弟子たちが部屋に入ってきた。


 (「なるほど。私よりもドラコの方が利口だな」)


 ドラコに倣って、ナハトも息を顰める。2段ベッドの上段には兄弟子のツィーがいる為、下手に音を立てると文句を言われるのだ。面倒だが仕方がない。

 しばらくすると食事が終わったのかドラコが顔を出した。そうしたら着替えて就寝である。本当は毎日沐浴したいところだが、兄弟子たちと同じ部屋では難しい。ベタついてきた頭に気持ち悪さを感じながらも、ナハトは眠りについた。


初めましてよろしくお願いします。

それなり長く続くつもりです。

気長に読んでいただけますと幸いです。

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