4 その後の兄妹
兄と妹が作った絵本は次々と世に生み出された。
『風の妖精』に続いて『水の妖精』『火の妖精』『樹の妖精』はシリーズ化してたくさん売れた。セオドアは画家の道から絵本界に方向を変えたことで成功を手に入れることができた。
しかし、それで収入を得たら楽をさせてやろうと思っていた妹は、既に裕福な伯爵の後妻になっていた。
あの日、元気そうに話をしていたフランソワ夫人は、あれから寝込みがちになり、ミリアムに付き添われ使用人たちの手厚い介護を受けながら神の庭に旅立って行った。四人の顔合わせから一年半後のことである。
夫人は生前、自分と夫の双方の親族に「自分にもしものことがあればミリアム嬢が次の伯爵夫人となる」と徹底して周知した。
「私が選び、夫も納得しているから口出しは無用です」とミリアムの視力のことで反対する親族に対して一歩も引かなかったそうだ。
夫人が亡くなる頃にはセオドアは名の知られた絵本作家になっていた。それも伯爵の親族に対してずいぶん良い方に働いたらしい。
「お兄様、今度は小鬼の物語にしようと思うの」
「いいね、楽しそうだ」
カッター伯爵は妻が旅立ったあとは気の毒なほど気落ちしていたが、ミリアムのことは宝物を扱うように大切にしてくれている。最近はミリアムとおしゃべりしたり二人で散歩したりするのをとても楽しみにしてくれているそうだ。
「今はまだ形だけの夫婦だけれど傍目には仲の良い夫婦にみえるらしいの。伯爵様は私が外出するととても心配なさるけど、それだと運動不足になるでしょう?」
ミリアムは嫁入りの際に連れて行ったルーシーと二人で毎日のように夫人の墓前に通っているという。
「私のことを妹のように、娘のように可愛がってくださったフランソワ様のことを、いつの日か子供が生まれることがあったら話してあげたいの」
そう話すミリアムはいつのまにか若妻の華やかさを身につけていた。そんな妹が眩しく、それを見ている自分は少々寂しい。
・・・・・
「ギビンズ様、絵本の売れ行きが好調ですわ。アンバーの絵本専門店では一番の売れ行きだそうですよ」
「エレン様やオルブライト伯爵のおかげです」
「いいえ。ご兄妹の才能です」
エレン・エックルズは無償に近い報酬で兄妹の絵本の監修をしていて、マネージャーとしても出版社との間を取り持ってくれていた。セオドアのためだけでなく若手の絵本作家たちとオルブライト伯爵の書店を応援するためだという。
「そういえば、オルブライト卿は最近はどうなさっているんです?」
「あの人なら今は隣国の王太子殿下の肖像画を描いているはずですわ。ほら、スカーレット王女殿下と結婚された方。彼の成功はアンバーの友人としても嬉しい限りです。クリスティアンはあっという間に有名人になったと世間には思われているようですけれど、苦労してますからね。十五歳からいつ野垂れ死にするかもわからないような生活を十一年間も過ごして。アンバーに巡り合ってからはトントン拍子でしたけどね」
「え?」
金持ちの平民じゃなかったのか。野垂れ死にとはどういうことか。
「あら。ご存じなかったんですね」
そこから聞いた話は自分の憶測とはかけ離れていた。
「では彼の絵本の内容は」
「ええ。彼の実体験を子供たちにショックを与えない程度に優しく薄めたものですわ」
セオドアは急に恥ずかしくなった。
彼は貴族の子供なのに十五歳で家を出ていたのか。そして飢えながら絵を支えに生きてきた人だったのか。いまだに実家が契約している部屋に住んでいる自分がとてつもなく恥ずかしい。
「そうでしたか。それを聞けて良かったです」
「そう?新しい絵本作りの原動力になりました?」
「ええ。とても」
「それなら良かったわ。彼の妻も長く苦しい日々を生き抜いてきた女性なの。あの夫婦には幸せになってほしいと思っているんです。あ、もうすっかり幸せ夫婦ですけどね」
セオドアはエックルズ家の屋敷をあとにして、馬車を拾わずに歩いて自宅を目指した。
妹が言っていた小鬼はどんな見た目にしようか。小鬼の住まいはどんな家にしたら楽しいだろうか。小鬼の友達はどんなのがいるだろうか。
そんな想像をしながら歩いた。
いくらでもアイデアが湧き上がってきた。
もしかするとクリスティアンの恋敵になったかもしれないセオドア・ギビンズとその妹のお話でした。
スカーレット王女の周辺を書いた「勝利の女神」も公開しました。
よろしければまた読んでいただければ幸いです。
守雨