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セオドア・ギビンズの妹(再婚なんてお断り番外編)  作者: 守雨


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2/4

2 サロン

 セオドアはやり場のない怒りが収まるまでベッドで大の字になっていた。


 両親が元気だったころは『ミリアムは一生実家で面倒を見る』と決まっていた。

 なのに父が卒中で倒れ、母がその看病に手一杯になり、兄夫婦が爵位を継ぐと風向きが一変したのだ。


 何かに付けて妹を邪魔者扱いする兄嫁に兄は何も言えないでいた。目は悪くとも朗らかだった妹が日に日に元気を失って部屋に閉じこもるようになり、食事さえも自室で食べるようになったのを見て我慢ができずに王都に連れてきた。


「僕にもっと才能があれば」


 セオドアは己の才能の無さを思い知ったあの日のことは今でも克明に覚えている。





 その日、画商のチャールズ・コナハンが主催しているサロンには多くの若手画家が集まっていた。当時コナハンが一番目をかけていたハンクという画家は一度も出席したことがなく、サロンには噂だけが広まっていた。


 曰く「粗暴で下品」「女癖が最悪」「上下関係を完全に無視する非常識な男」


 そのハンクがその日初めてサロンに顔を出した。


「今日は参加したんだね」

「そりゃあなたにあそこまで言われたら来ますよ」


 コナハンとハンクは親しげだった。


 ハンクという男の身分は知らないが、噂通りの感じの悪い男だった。その男がひと通り皆の絵を覗いて回ってから「ふん」と鼻で笑ったものだから全員がいきり立った。


「なんだ貴様、失敬じゃないか」

「鼻で笑うような絵だったから笑ったんだ。何が悪い」

「じゃあお前の絵をここで描いてみろよ。さぞかし素晴らしいんだろうな?」


 セオドアも(感じの悪い奴だ)と思いながら彼らのやりとりを見ていた。


 ハンクは画台も使わずにテーブルに近寄ると、そこに載っていたティーカップや菓子皿を雑に近くの椅子に移動させた。手近なカンバスをテーブルに置き、立ったまま猛烈な勢いで何かを描き始めた。木炭を動かしていた手を止めるまで十分ほどだったろうか。


「じゃ、出席はしましたから。約束を守ってくださいね」


 ハンクはコナハンにそう言ってサロンを出て行ってしまった。

 ワラワラと画家たちが集まってテーブルの上の絵を見る。誰も何も言わない。セオドアも人垣の後ろから絵を覗いて固まった。


 絵は今日の出席者の一人が絵を描いているところだった。


 高慢そうなその人物の雰囲気、やや着崩した服装。けだるげな室内の雰囲気。それらがわずかな時間でカンバスの上に描きとめられていた。


(どれだけ努力したかなんてことを軽々と飛び越える才能が、ハンクにはある。あんな奴だけど僕にはあんな短時間であれだけの絵はかけない)


「まあ、彼の人柄はいろいろ問題があるけど、画家としての才能は私が保証しますよ。わたしが画家に求めるのはマナーでも人柄でも、ましてや家柄でもない。ただひとつ、才能です」


 コナハンの言葉に誰も何も言わなかった。言えるはずがない。ここにいる誰一人としてこれを超える絵を描けないことは明らかだ。




 クリスティアンの絵を絵本専門店で見たときの衝撃も忘れられない。かろうじて顔には出さなかったが、(これは……)とその才能に恐怖した。


 平民出身だというクリスティアンはあっという間に画壇を駆け上がって、もう手の届かない存在になってしまった。彼は結局一度もサロンには来ていない。


 裕福な伯爵の妻を手に入れ、数々の高位貴族に絵を依頼され、王女殿下の肖像画を描くまでになったクリスティアン。その画風は明るく品があり、暗く刺々しい迫力が特徴のハンクとは全く逆だった。







(そろそろ絵を諦めるか)


 そう思っていた時期にオルブライト伯爵から絵本の依頼を受けた。


 そのときは(絵本か)と思った。しかも今までなら絵本を買えなかった平民を想定した安価な絵本にしたいという。(そんなものならいくらでも)とふたつ返事で引き受けたけれど絵本作りは難航した。見かねたらしい妹の文才を借りた。


「こんなに楽しいこと、初めてよ」


 妹が笑ってそう言ってくれて自分も嬉しかった。妹が考えた物語は楽しくて、次々と絵の構想が生まれ出た。


 絵本の報酬は想像していた額よりずっと多かった。今日受け取った売り上げからの取り分も(間違いじゃないのか?)と思うほど多かった。


「画家に見切りをつけて絵本に軸足を置くのもいいかもしれないな」


 そう思って帰宅したら妹の「愛人になる」発言だ。

 やっと兄妹二人で生きていく道を見つけたかもしれないのに。確固たる収入のない自分が悔しかった。



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