ほろ苦さと親友の笑顔
朝、何気なくカレンダーを見ると、日付は3/14。ホワイトデーだった。
好きな人からのお返しに一喜一憂したり、友達にプレゼントをあげたりしていたのはもう何年前のことだろう。そんなに年月は経っていないはずなのに、そのことが酷く懐かしく思えた。
「……とりあえず、会社には行かないとな」
何とか気持ちを切り替えて、私―水瀬里歩は家を後にした。
バス停までのいつもと変わらない道のり。少し先にある横断歩道で、誰かがちらりと私を見た気がした。その瞬間、どうしてか笑顔でこちらへと手を振ってくる。
誰か知り合いでも後ろにいるんだろうな、と思っていたのだが、どうやら周りに人はいないみたいだった。
少し前からマスク着用が推奨されているおかげで、私からは顔がしっかりとわからない。通る道ではあるし、そのうち誰かわかるかと、どこか楽観的に考えて足を進める。
「………実奈!」
その近くに中学からの大親友、芹沢実奈が立っていた。慌てて駆け寄り、少し立ち話をする。
「里歩~、久しぶり~」
笑顔を浮かべる実奈。中学から仲良くなった彼女は、おっとりしていていつもニコニコと笑っていた。その変わらない感じに安心した気持ちを覚えるも、少し疑問が出てくる。
「……あれ、実奈がどうしてここにいるの?」
彼女の家はここから少し遠い場所のはずだ。なのに、どうしてここまで?
「今から歯医者なんだ~。定期的にクリーニングしてもらってて」
「ああ……なるほど」
納得しつつ、信号が青へと変わったので一緒に歩く。
「里歩は今から仕事?」
大きなカバンを持っている私を見て、休日ではないと気付いたらしい。
大事なときに忘れ物があっては困るからと、どうしても持ち運ぶものが増えてしまうのは私の悪い癖だった。実奈はそのことをちゃんと覚えていたらしい。
「ああ、うん。もう少しゆっくり話せたら良かったんだけど……」
さすがに友達と会っていたので遅刻するのは社会人としてはまずいだろう。申し訳ない気持ちで告げる。
「そっか~、顔だけでも見れて嬉しい。4月からまた職場変わるから、その前に会えて良かったぁ」
「え、なにそれ!」
私の思い違いがなければ、実奈は去年職場を変えたはずだった。詳しく聞きたいところではあったが、バスの時間も近い。
「ごめん、バスに乗ったら連絡するから!」
慌ててそう言って、私はバス停へと走った。
ギリギリのところで時間に間に合い、私は会社へと向かいながらメッセージを送る。
『さっきはびっくりした!でも、会えて良かった』
待ち時間だったのだろう、すぐに返信がきた。
『里歩に会えて嬉しかった!職場変わる前に連絡できて良かったよ~』
『そう、それ!転職するなんてびっくりした!』
『体調悪いとかで仕事変わるの?』
念のために尋ねる。もしさっきも体調が悪いのを隠していたのなら申し訳ない。
『ううん、スキルアップのためだよ!だから一人暮らしになるんだ。』
とりあえず、身体を壊して転職をするのではないらしい。ほっと安心した。
『凄いよ!おめでとう!私も頑張るね』
そう返信しながらも、なんだか複雑な気持ちだった。ずっと会えなくても親友なのは変わらないし、現に高校生になってからはそんなに会った記憶もない。
スキルアップを目指すことは凄いと思うし、応援しているのも事実だ。だけど、それでも、やっぱり少し寂しかった。
それだけではない。
彼女が私から離れていってしまうように感じた。実奈に置いていかれる気がしたのだ。
まるで仲良しグループから疎外されてしまったときの悲しいような、自分が情けないような苦い気持ちを思い出した。
なんだ、私は年齢だけ重ねて、何一つ成長していないじゃないか。そう自己嫌悪に陥ってしまったところに、タイミングよく返信が届く。
『ありがとう、里歩とホワイトデーに会えたのも嬉しかった!なんだか高校生の頃に戻った気分になったよ』
その一文を見て、楽しかった記憶を思い出した。
そういえば中学のときも遊んだりはしていたけれど、より仲良くなったのは少し距離のあいた高校の頃だった。
中学とは違って、クラスも部活も別になり、会えるタイミングが減ってしまった。
それでも何かきっかけが欲しいとイベントでのお菓子の交換を言い出したのは、確か実奈だった気がする。それから、毎年ホワイトデー近くになると実奈とお菓子の交換をしていたっけ。
いや、ホワイトデーだけじゃない。バレンタインもお互いにお菓子をあげて、誕生日にはおめでとうって連絡して……今思うと何だか付き合っているみたいだった気がする。
でも、会えばいつも嬉しいって伝えてくれて、こっちもいつの間にか笑顔になってしまうのが私は心地よかった。もちろん、それは今朝も同じことで。
ふと、今日は久しぶりにホワイトデーのお菓子を買ってみようかという気分になった。もうあのときみたいに交換はできなくなったけど、久しぶりに親友に会えた記念に。
そうしたら、さっき感じた苦い気持ちもどこか吹き飛ばせると思いながら……。
拙い作品ではありますが、最後まで読んでくださりありがとうございました。