エリートコースの憂鬱
第三騎士団の主要メンバーが軒並み逮捕されてしまったせいで、聖都東部の防衛システムが現在機能していない。
だから新しい騎士団長と、その部下たちを配備することは軍にとって最優先事項だった。
そして、軍務省長官ヴァレリア・ベルモンドの草案がようやく完成した。
というのがランベルトの話。
「それでなんで顔色が悪くなるんだ?」
勇輝の問いにランベルトは苦笑。
「決まっているだろう、人事の内容だよ」
ランベルトは口をひらき、言葉でのみ勇輝とクラリーチェに伝えた。
まだ極秘情報なので、証拠となる紙資料などは残せないのだ。
「新しい第三騎士団長になるのは、遊撃隊のリカルド・マーディアー隊長でほぼ決まりだ」
「えっあのオッサン大出世じゃん!」
「実はそこまででもないんだよ」
ランベルトは勇輝が知らなかった情報をかいつまんで説明した。
もともと遊撃隊という組織は東西南北中央を守護する五大騎士団の、どこにも所属していない。
気軽に援軍として送れる機動性に優れた直属部隊が欲しいということで、ヴァレリアが新設した部隊だった。
「あ、それでやたらとあのオッサンに出会うのか!」
「そういうことさ」
勇輝は納得した顔で何度もうなずいた。
他の騎士団とはそれほど顔を見せあう機会がないのに、リカルドたち遊撃隊にはしょっちゅう出会う。
それは彼らが『自由に動きまわることを目的としてつくられた部隊』だったから。
「ヴァレリア様は本当は六番目の騎士団として『遊撃騎士団』を作りたかったんだよ。
だけど古い伝統としきたりがそれを許してくれなくてね。
しかたなくワンランク落とした『遊撃隊』が生まれたってわけさ」
そういう流れで生まれた直属部隊なので、遊撃隊長は騎士団長にも匹敵する『格』を有する。
具体的には長官と五大騎士団長しか発言が許されなかった、『軍執行部最高会議』に参加する資格を持つ。
ヴァレリアが第六騎士団新設をあきらめる代わりに、そういう権利を国からもぎ取ったのだ。
「今回のような異常事態だと第三騎士団の内部から順当に出世させるわけにもいかないからね。
リカルド隊長以上の適任者はいないのさ」
「へえー」
おとなの世界には面倒なことが色々とあるものだ。
勇輝にとってはその程度の感想しかなかった。
自分には関係ない話だと思った。
「ちょっとまってランベルト」
静かに話を聞いていたクラリーチェが口をはさんだ。
「それじゃあ遊撃隊の隊長は誰が引き継ぐの」
ランベルトはハッと顔色を変え、そしてイスの背もたれにどっかりもたれかかった。
行儀のいい彼にしては珍しい態度だ。
苦い薬を飲まされたような顔で、ランベルトはつぶやいた。
「ヴァレリア様は……自分にやれと命じられた」
「えっ」
「うおお……」
聞かされた女二人は驚き、目を丸くした。
「すげえじゃん兄貴、いま何歳だっけ!?」
「十九歳だ」
若い。
騎士団長にも匹敵するほどの身分になるには、さすがに早すぎる。
「正直、荷が重いとしか思えなくってね」
ランベルトは眉間のしわを指でおさえた。
「しかし猊下の権力基盤をかためるには、絶好の機会なんだ。
それもよく分かっている。分かっているんだ」
男が九割以上を占める神聖騎士団内にあって、女が長官をつとめるということに反感を抱いている者は少なからずいる。
これがまたずいぶんと根深い問題だ。
先代が悪化させた財務状況を改善にむかわせることで有能さを示しても。
魔王戦役を勝ち残り、聖女の保護者として民衆から絶大な支持を得ていても。
それでも、まだ。
そんな反ヴァレリア派の筆頭だった老将グスターヴォが先日、失脚した。
騎士団の組織図にぽっかり大きな空洞ができたのである。
親ヴァレリア派が組織を一新させるのは今がチャンスだった。
若すぎるという難点はあるが、ヴァレリアの養子であるランベルトをどうにか要職につけたいと考えるのは、ある意味当然なのだ。
「仲間たちが受け入れてくれるかどうか、疑問でね」
弱音を吐く金髪の色男。
「情けねえなあ、一つ目巨人とやり合ったときの気合はどうしたよ?」
勇輝の言葉に彼は苦笑する。
「悪魔と戦う方が、気楽でいいな」
む、と勇輝は言葉につまる。
男とダンスが踊れなくて困っていた時のセリフだ。
「私は、ランベルトならやれると思うわ」
クラリーチェが席を立ち、ランベルトの肩に手をのせた。
「ヴァレリア様も期待しているからあなたを指名しているのよ」
「ああ、そうだな。そうだとも」
うなずくが、彼の表情はまだ晴れない。
勇輝は考えた。
(仲間たちが納得するようなすごさを見せつけてやれば、文句も出ないんじゃないかな?)
ではすごさとは何か。
騎士のすごさはやはり強さだろう。
誰もが納得する実力者になれば、信用は後からついてくるはずだ。
「よしっ、じゃあ俺も協力するよ!」
勇輝は勢いよく立ち上がった。
「強くなろう兄貴、それがいい!
新しい力は俺が用意するぜ!」





