ゲロイン製造マシーン
「うおえええ……」
グッタリと勇輝は横たわっていた。
精神に強烈なダメージを負い、それが肉体にも悪影響をおよぼしている。
「だ、大丈夫?」
普段は冷たいクラリーチェも、さすがに心配そうに声をかける。
「やっぱり無茶なのよ、あんな機兵なんて」
「いけると思ったんだけどなあ……」
ここはベルモンド家の広い敷地内。
勇輝たちの目の前には開発中の新型機兵が倒れていた。
全身すべてメタルシルバーに塗装されている。
形状は鳥に人間の手足がはえた、奇妙なデザイン。
いや、奇妙に見えるのはこの世界の人間たちだけだ。
勇輝が生まれた日本でロボット物が好きな人間なら、ひと目でピンとくるはずだ。
ああ「あれ」を再現したかったのね、と。
「そもそもなんの意味があるのよ、変形する機兵なんて」
「いいだろ別に、変形は漢のロマンなんだよ……ウップ」
しゃべると吐き気が押し寄せてくる。
勇輝は草地の上に敷かれたマットで寝つづけた。
「お水を飲みますかぁー?」
メイドのジゼルがカップに入った水を差し出してくる。
だがそれも無理。かえって吐き気がひどくなる。
「守護機兵じゃ無理があるか……?」
寝っ転がりながら、目の前で倒れた鳥人間を見つめる勇輝。
作りたかった機兵はこうだ。
人間から鳥人間に変形する。
鳥人間から鳥に変形する。
鳥から鳥人間に変形する。
鳥人間から人間に変形する。
超有名ロボットアニメシリーズのあれだ。三段変形するやつ。
変形機構をととのえること自体はわりと簡単にできた。子供のころ祖母に買ってもらったロボットで飽きるほど遊びまくったから。
地面に魔力を通して手のひらサイズの模型を作り出し、それをガチャガチャ変形させる。
これがすぐにできたので実機も再現できるだろう、と安易に考えたのがすでに失敗のはじまり。
機械と守護機兵の違いを、勇輝は計算に入れていなかった。
守護機兵を動かす時、搭乗者は機体を自分の身体だと考えて操作する。
その副作用として機体が傷ついた時に搭乗者は痛みを感じるのだ。
まるで自分が傷ついたかのような本格的な痛み。
これを感じられるくらいになってようやく一人前だと評価してもらえる。
人馬一体ならぬ、人機一体。
そんな人機一体になった機兵がゴチャゴチャ変形したら、人間はどういうダメージを負うか?
勇輝は実際にやってみるまで気づけなかった。
やってみた感想は、生き地獄。
両手両足の関節があり得ない方向に回転した(ように感じられた)。
上半身が前後まっぷたつに斬られてアジの開きみたいになった(ように感じられた)。
とても人間に耐えられるようなダメージではない。
しょっぱなの人間→鳥人間の変形で勇輝はギブアップした。
ギブアップしただけではすまず、こうして倒れてしまう。
「変形なんてしなくても鳥人間だけでいいじゃない」
クラリーチェが夢のないことを言う。
「それじゃあ熾天使型と変わらないじゃん……」
「いいでしょ別に。それとも天使を作っちゃいけない決まりでもあるの?」
「いやないけど」
「けど、なによ?」
「……」
勇輝はゴロンとあお向けに転がって、青空を見つめる。
「同じことをくり返していたって、十二天使には勝てねえもん……」
地上では聖女としてかなりの活躍をしている勇輝だが、エウフェーミアの前では補欠のベンチ要員だ。
経験値の差が圧倒的なのはわかっている。
だが同じ身体を使っているのにあそこまで差を見せつけられては、正義の味方としてのプライドが傷つくではないか。
だから自分にしかできない何かをやってやろう、そう思っての行動だった。
「贅沢な悩みね」
「まあそうだね」
クラリーチェも顔をむけて、同じ空を見上げる。
「えー? ふたりともどうしちゃったんですかぁ~?」
ジゼルだけ不思議そうに首をひねっていた。
勇輝のダメージが抜けるまで休憩することしばし。
屋敷の正面玄関が開かれ、ランベルトが姿を見せた。
心なしか、顔色が悪い。
「ああ二人ともこんな所に居たのか」
らしくもなくとぼけたことを言っていた。
庭で機兵を動かしていたのに気づかないなんて、むしろ不自然だろう。
居眠りしていたのでもなければ騒音で気づくはずだ。
「どうしたの、あなた顔色が……」
クラリーチェが愛する兄に近寄る。
ランベルトは深刻そうな顔で口を開いた。
「ここでは具合が悪い、場所をかえて話そう」
そう言ってまた屋敷の中へ入っていく。
「なになに、どったの?」
勇輝が気楽にたずねると、
「……新しい人事の話だよ。まだ未確定だけど」
それだけ答えた。





