タコってわりとマジで凄い生物
「壁ッ!」
勇輝が叫ぶのと同時に、目の前にコンクリート製の壁が砂地から生えた。
ズオオオッ!
タテ・ヨコそれぞれ3メートルほどの壁。
巨大タコの触手がそれに激突する。
ドゴオオン!
「!?」
触手の一撃は強烈だった。
コンクリートの壁をまっぷたつに叩き割り、そのまま勇輝は下敷きになる。
モウモウと砂煙が上がるのを見てグレーゲルは大笑いした。
「ゲッゲッゲッゲッ!
あっけない、こんな程度だったか!」
笑う怪人をよそに、砂煙の奥から品のない声が聞こえてきた。
「ウエッ、ペッ、ペッ! 口ん中に砂はいった! ペッ!」
勇輝は穴から這い出るところだった。
勇輝の魔法は無から有を生みだすものではなく、その場にある物を変化させるものである。
壁を作るための砂を、今回は足元から直接持っていった。
そのため地面が陥没したのである。
壁の高さと穴の深さ、双方の高低差によって勇輝は死なずにすんだ。
直撃をくらっていたら人間など簡単に圧死していただろう。
「……フン」
グレーゲルは憎らしげに鼻を鳴らした。
「魔女め」
「久しぶりに言われるセリフだ」
全身についた砂を落としながら横目でにらむ勇輝。
「お前、呪われし異端者たちとかいう奴らか?」
「答える理由はない」
「なんで王子のそばにいる、何をたくらんでやがる?」
「答える理由はないと言った!」
蛸がふたたび動き出した。
勇輝も身を守るために走り出す。
「フェルディナンド!」
恐怖に立ちすくんでいた男にむかって叫ぶ。
「そこの女の子を連れて避難するんだ!」
「わ、わかりました」
いまだ小屋の前で涙を流していたミコールは、駆け寄ってくるフェルディナンドを見てトンチンカンなことをわめき出した。
「イヤ! 私をどうするつもりですか! 私は殿下のものなのに! 従者のくせにそんな目で私を見ていたの!」
「いや状況を考えろ!?」
「イヤアアアアア!!」
勇輝とグレーゲルは泣き叫びながら連れていかれるイカレ女に、ちょっとだけ意識をうばわれた。
「……あの子がおかしいのも、お前のせい?」
「いやいやいやいや」
グレーゲルは手を横に振って必死に否定した。
それはさておき。
邪魔者がいなくなって、ようやく戦いやすくなった。
「王子は生きてるのか? 死んでんのか?」
「本人に聞いてみたらいい」
怪人はふわりと宙に浮くと、巨大タコの邪魔にならぬよう距離をおいた。
『ふ、ふははははははっ!』
どこから声を出しているのか、タコから王子の笑い声が。
『なんと爽快な気分だ!
まるで魂が解放されたようだ!』
もともと我慢などしない人生を送っていたはずだが、こんなことを言う。
タコは触手を振り上げ、漁師小屋をなぎ払った。
ドガアアアアン……!!
一撃。
たった一撃で小屋は木っ端みじんになった。
『この力! この強靭さ!
私はこの世でもっとも強い男になったッ!』
「はあ?」
「おやおやおや」
勇輝はあきれ、グレーゲルは嘲笑する。
少しは心配していたのだが、するだけ損だったようだ。
『さあ!』
タコ王子は醜悪な顔を勇輝にむける。
『非力な小娘よ、我が力の前にひれ伏せ!』
ハァ、と勇輝はため息をつく。
「借り物の力でいばってんじゃねえよ」
『なにぃ!』
八本の触手を動かして巨体がせまってくる。
視界のすべてが醜悪な悪魔で埋めつくされた。
『口のききかたに気をつけたまえよ人間!
貴様はあらたな時代の神の前にいるのだ!』
「ハッ!」
調子に乗るのもここまでくると面白いものに思える。
家ひとつぶっ壊しただけで神様を自称しはじめた。
「じゃあ神の力とやらを体験させてもらおうか」
勇輝は右拳をタコ王子に向ける。
人指し指に飾り気のない指輪がはめられていた。
ただ金属を輪っかにしただけの、武骨すぎる指輪。
「セラ!」
『はい』
指輪からセラの声がする。
「やれっ、クリムゾン・ファントムーっ!」
聖女の叫びとともに指輪から巨大な拳が飛び出した。
ちっぽけな指輪から守護機兵の巨大な拳、手首、肘、腕まで伸びてくる。
巨大な鉄拳がタコの胴体を直撃した。
『ぐぶううううっ!?』
思いもよらぬ奇襲をうけて、タコの身体が大きくよろめいた。
「ハハハハハハ!
それが神様の悲鳴か!
ワハハハハハハハハ!」
勇輝は笑いながら拳を天につきあげる。
そこから巨大な人影が飛び出してきた。
聖女の愛機にして代名詞、天使の姿をした紅い守護機兵・クリムゾンセラフ。
「指輪の魔人ならぬ指輪の天使だ。
悪魔退治のスペシャリストが相手してやる。
ありがたく思えタコ王子が!」
『悪魔ではない、私は神だ!』
なおも神だと言いはる醜悪な巨大タコ。
主を中に受け入れて万全の態勢となる守護天使。
月光照らす海岸で、決闘がはじまった。





