あなただけを見つめてる
その日のうちに、とばっちりは王子にまでやってきた。
とらえられたバカ四人組が取り調べ中に
「王子殿下が侮辱されたから」
と証言してしまったからさあ大変。
駐車場だけとはいえ、ナイフを隠し持ってお嬢様学校の敷地内に侵入したのだからはっきり明確に犯罪行為である。
しかも四人は言いわけひとつまともにできず「自分たちは暴漢だ」と発言してしまう。
もはや有罪確定だ。
マルティン王子は訪問してきた警察官僚に対し、知らぬ存ぜぬを通すしかなかった。
自分は何も事件に関与していない。
取りまきたちが勝手に興奮して凶行にはしってしまっただけだ。
あらぬ疑いをかけれられて、こちらこそいい迷惑である。
そう宣言して、せっかく選りすぐった美男子たちを見捨てるしかなかった。
いわゆるトカゲのシッポ切りである。
「まったくどうなっているのだ!」
目障りな警察官僚をようやく追い返し、マルティン王子はわめいた。
「役に立たんどころか主を煩わせるとは、救いがたい無能どもだ!」
王子は怒り心頭である。
実際、王族の取り巻きになる以上は滅私奉公を要求されるのは当然だ。
逮捕された彼らは将来大臣などの重職につけるチャンスを逃した、そういう器ではなかった。
王子の目線からはこういった判断になる。
「結局残るのはお前だけなのだな、フェルディナンド」
王子は頭を切り替え、となりに侍るフェルディナンドに微笑んだ。
ちなみに服は着ている。いつも『そういう』関係ではない。
「殿下、もうあの聖女にはかかわらない方が良いでしょう。
警察に目をつけられた以上、危険度が高すぎます」
「……フン」
未練がましく、王子は即答できない。
「殿下、これ以上の不祥事は将来の禍根となりますよ」
マルティン王子はアラゴン王国の第一王子である。
自然な流れとしては将来国王となる予定の人物なのだが、下に弟が二人いる。
これ以上国家の恥になるような事件を重ねるようなら、未来の玉座は弟たちのものになるだろう。
しかしこの色欲の権化は、己の執着心を断ち切れないようだった。
人間という生き物は手に入らないものほど欲しくなる習性がある。
日ごろ我慢していない人間ならなおさらだ。
「汚名は、雪がねばならぬだろう」
「……どういう意味です」
ふてくされた子供のような態度で、王子殿下は自己都合の塊のような言を吐く。
「あの女を我がものとすれば、ちょっとした行き違いから嫉妬に狂ってあのような妄言を吐いた、と。
そういう流れにできるではないか。
これで私の不名誉は雪げる。真っ白にな」
「……そうでしょうか」
「そうなのだ!」
王子は大きな声をだして反論を禁じた。
「次の舞踏会にあの娘をエスコートできれば最善だ。
誰もが驚くであろうからな、衝撃が強いほど噂が広まるのも早い」
「あと二日しかありませんよ」
もうすぐ日が暮れる時間だ。
二日後の夜会まで、ちょうど48時間といったところ。
「だから今、どうするか悩んでいる!」
マルティン王子は芸術的な顔をゆがませて、まるで真人間のように悩んでいた。
この男、本当に見た目だけは良い。
美形補正で悪人に見えないのがいっそう質が悪かった。
二人はしばし沈黙して悩んだ。
マルティン王子は真剣に。
フェルディナンドは適当に。
時は無情にも流れを止めず、夕陽が部屋を茜色に染める。
その時、執事が外からドアをノックした。
コンコンコン、コンコンコン。
「なんだ」
「お話し中もうしわけございません。その、一応、お客様がいらしております」
「一応?」
奇妙な言い草である。
「ミコール・エレナ・ソルベリ男爵令嬢です。
殿下のお力になりたいと申し出ておられるのですが、その……」
王子殿下はガバっとソファから立ち上がった。
あの『悲劇』の日、現場にいた令嬢ではないか。
「そうか!
すぐにお通ししろ!」
執事はなぜか驚いた様子だった。
「よろしいのですか?」
「何を言っている、早くしろ!」
執事は早足で離れていった。
「いいのですか、あの女ですよ」
フェルディナンドまで含みのある言いかたをする。
「なんの話だ?」
ミコールという女のことを、王子は実のところほとんど覚えていなかった。
十代後半の若さにして経験人数が二十人以上という彼である。
名前、顔、そして体型が頭の中でこんがらがって、誰が誰だかわからない。
だがしかし、何かを忘れているような気がする。
重要な何かを。
「屋敷の前で待ち伏せして、殿下の目の前で自殺しようとした女ですよ!」
「あっ」
あまりにも嫌な光景だったので、心の奥底に封印された記憶だった。
やり捨てられたというのに、変に明るい笑顔で彼女はあらわれた。
手には鋭くとがったナイフが。
王子の側近たちはとっさに自分たちの身を盾とする。
だがその必要はなかった。
ミコール男爵令嬢は、ナイフを自分の首に突き立てたのだ。
飛び散る鮮血、グゲエエッという濁った悲鳴。
激痛のせいで背中を丸め、前のめりになる。
それでも彼女は必死に顔を上げ、上目づかいに王子殿下のことだけを見つめていた。
――私のことを、忘れないで。
そう言っている気がした。
この衝撃によって、愛する男の心の中に生きつづけられると妄想したのだ。
側近の中に治癒魔法の上級者がいたので、奇跡的に彼女は死なずにすんだ。
あと数秒おくれたら彼女の命はなかった。
そんな事件があってから、ミコール嬢とは一度も会っていない。
しつこく何度も会いに来たが、すべて断っている。
彼女のことを忘れるために新しい女たちに夢中になっていたのだ。
そうこうしているうちに本当に忘れてしまっていた。
「い、いかん、すぐに追い返せ!」
あわてて叫んだがもう遅い。
早くしろと執事に命令したのは王子自身だった。
扉が開かれ、おとなしめな容姿の乙女が姿を見せる。
「ああ殿下、そのような大声をお出しになって。
あの平民のせいでとてもお困りなのですね。
大丈夫です。殿下にはこのミコールがずっとついています」
あの日とまったく変わらない笑顔で。
ミコール・エレナ・ソルベリ男爵令嬢は王子殿下だけを見つめていた。





