第七話 そうこれは、いわゆる一つのTS転生
結局のところアレだ。異世界転生とか異世界転移とかいうやつ。
『相沢勇輝は女の子に変身して剣と魔法とモンスターとロボットが存在するファンタジー世界にやってきた。その理由は分からない』
……数時間にわたる情報交換と議論のはてに出た答えが、こんなものでしかなかった。
勇輝とヴァレリアはおよそ思いつく限りのあらゆる方法で、お互いの文化の違いを確認しあった。だがそのあまりの違いに両者閉口するしかなかったのである。
この国には電気がない。
ガスがない。
石油もない。
かろうじて上下水道はあるが、それにしたって低水準のものでしかないらしい。
実にあらゆる科学技術が遅れている様子なのだ、それこそ数百年単位で。
ヴァレリアは勇輝が向こうの世界の話をひとつする度に、いちいち大げさにおどろいていた。
さて驚いたのはヴァレリアばかりではない。
勇輝もまた同じように、いや落ち着きのない性格をしている分、より大げさに驚いていた。
まず、勇輝が襲われた巨大な狼の化け物。
あれはこの世界で『悪魔』と呼ばれる怪物の一種なのだと、ヴァレリアは説明しくれた。
人はその人生において、あらゆる感情をいだきながら生活している。
その感情の中でも最も厄介なものが怒り、妬み、憎しみといった激しい悪感情だ。
それらの悪感情はそのままにしておくと自分どころか周囲の人間の人生をも狂わせてしまう、とても危険なものだ。
だから人間はその悪感情が芽生える原因を取りのぞいたり、娯楽や飲食などで憂さ晴らしをしてその危険な感情を発散しようとする。
これは健全な人生を歩む上でとても大切な行為なのだが、その『発散された悪感情』がこの世界ではそのまま消滅せずに地上をさまよい続けるというのだ。
それらの感情は長い時間をかけて互いに引き寄せあい、やがて形となって暴れだす。
それが悪魔だ。
悪魔の敵意は人間と、人間の作り出した物質に向けられる。
その理由はあの凶獣たちを生み出す材料が人間の精神だからである。
ここまで話を聞いた勇輝は、例の巨狼の血走った目つきを思い出して身ぶるいした。
あのとてつもない怒りと憎しみの宿った瞳。
あれは勇輝個人に恨みがあったのではなく、『誰かが・どこかで・何かに』いだいた悪感情のあらわれだったのだ。
強烈な敵意に突き動かされて活動する悪魔に相手を選ぶ思慮深さなどはない。
目の前に人間が現れれば、その人間が誰であろうと襲いかかってくるのである。
そんな凶悪な魔物を説得する方法など存在しない。
だから人類は己の身を守るために怪物たちと戦わなくてはいけないのだ。
この世界の人間にとって悪魔こそ人類の天敵。
さける事のできない最も身近な脅威なのである。
そして人類がかの巨大な怪物と互角以上に渡り合うために生み出した兵器が、勇輝を助けてくれたあの巨大な半人半馬の騎士や銀色の鷹――『守護機兵』なのだ。
「守護機兵の動力は主に搭乗者の魔力です。あなたの世界では魔法があまり発達していないのでしたね?」
ヴァレリアはそういうと卓上の燭台を指さした。
「んっ」
ヴァレリアが小さくうなった瞬間、五本のロウソクにボッと小さな火が灯った。
タネも仕掛けもない、正真正銘、本物の魔法である。
「おお!」
素直に感心して、パチパチと拍手する勇輝。
「魔力の強さと性質は、個人の資質と鍛錬によって大きな違いが生じます。これは肉体の強さと同様ですね」
「へえ~じゃあ俺にもそのうち魔法が使えるようになりますか?」
「いいえ、あなたもすでに魔法を使っているのですよ。気付いていませんでしたか?」
「え?」
ヴァレリアは卓上に置かれている紙片を指さした。
『相沢勇輝』と書かれたその文字は、勇輝がヴァレリアに求められて自分の名前を書いたものである。
「文字も言語も違うのに、私たちは意志の疎通ができます。不思議だとは思いませんか?」
勇輝はあ、と声を上げた。そういえば確かにおかしい。
「それは私たちが『言葉』という『呪文』を唱えあって意思の疎通を図っているからです。私とあなたは、いまお互いに相手の気持ちを分かり合いたいと思っている、その意思のこもった体系化された呪文、つまり言葉を発する事によって相手に自分の感情を伝達しているのです」
「は、はあ?」
分かるような、分からないような。
「そうですね、例えば……」
ヴァレリアは、横を向いて意味不明な言葉を発した。
「隣り合った人たちは、少しで長い間じっとこちらを見ていましょうでしょう」
「……は?」
次に彼女は勇輝にちゃんと向き合って言葉をつむぐ。
「今、私はおかしな事を言いませんでしたか?」
優雅に微笑むヴァレリアに、勇輝はためらいがちにうなずく。
「そうでしょう、私は『あなたに伝えたくない』という意思を込めて声を出したのです、そのため意味がうまく伝わらなかったのですよ。そして今は『あなたに伝えたい』という気持ちを込めています。これが魔法なのです。言語の壁も文化の違いも乗り越える、人間の意志の力なのですよ」
「へ、へえー、それじゃあ俺にも魔法の才能があるって事ですか?」
「ええ、そういう事になりますね」
勇輝はちょっと嬉しくなった。
なにせ魔法である。
アニメとゲームの世界にしか存在しないと思っていた神秘の力が自分にも使える、これは決して小さくない喜びだった。
「あのっ、もしかしたら、もっとすごい魔法が使えるようになるでしょうか。杖とか振りかざして呪文を唱えたらカミナリとか灼熱のビームがドバーッと飛び出すみたいな!」
「……それはあなたの素質と努力しだいですね」
ヴァレリアは微笑みながらそう答えた。
「話を戻しますよ。我々はあの悪魔達に対抗するための兵器、守護機兵を動かすのもまた魔法によって行っているのです。搭乗する騎士の強靭な意思の力によって守護騎兵はその力を発揮するのです」
「ふうん? ってことは要するに、ランベルトたちって、あのデカブツを気合と根性で動かしているって事ですか?」
ヴァレリアはウフッと忍び笑いをこぼした。
「ええまあ、ひどく原始的な理屈としてはそうです。ですがまあそれほど単純なものではありませんよ。あなたもランベルトの『銀の鷹』に乗ったのでしょう。精神同調システム、水晶スクリーン、飛行制御補助装置……、様々な魔道機を見たはずです。現代ではそこまで原始的な魔法は利用されていませんよ。我々の技術は日々進歩しています、あなた達の世界ほどではないにしても、ね?」
「はー……」
「はるかな大昔は、ごく一部の強大な力の持ち主に頼りきって戦闘を行っていたそうですよ。それこそ精神論にも等しい無謀な戦術で、です。でも今はもっと安全で合理的な戦闘ができるようになったのですよ」
「守護機兵で、ですか」
「はい、その通りです。まあ長い訓練が必要なので育成が容易ではないという欠点もありますが、それでも我が国の騎士たちは良く戦ってくれていますよ」
「へーっ、かっこいいなあ!」
いかにも少年らしい勇輝の感想。
門外漢の勇輝ではあったが、何となく言いたい事は理解できた。
要するにこの世界には太古の時代から魔法というものが実用的、かつ一般的レベルで存在していたのだろう。
その力を効率よく利用するために、魔法を燃料とする道具たちが創られるようになったという話だ。
くわしく聞いてみれば不思議な事でもなんでもない、エネルギー源が違うというだけで考え方そのものは勇輝の世界とほとんど変わりがなかった。
二人はそれからも様々な事を語り合った。
珍しい事ではあるが、男から女に、または女から男に性別が変移したという逸話は確かに存在しているという事。
別世界を行き来するという記録が秘蹟省の資料館に存在している可能性のある事。
それにしても勇輝がそういった異例の事態を二重三重に体験する事になったのは、奇妙としか言い様の無い事……などなど。
夕食までの数時間、二人は実に様々な議論を交わしたのであった。
「でも結局ハッキリした事はなーんにも分かんなかったんだよな」
独り言にしては大きすぎる声で勇輝は愚痴をこぼした。
どうやら夕食の酒がまだ残っているらしい、ゴロゴロとベッドの上を転がりながらぼやき続ける。
「ちぇっ、どうしろってんだよこんな貧弱な姿になっちまってよぉ、これじゃ喧嘩の一つもできやしない……」
つぶやきながら、白い細腕の肌触りや、体格のわりに大きな胸、男の太ももくらいしかなさそうなウエストの感触を確かめてみる。
それはいかにも少女の体つきだった。
男の身体とは比べ物にならないくらいに細く、柔らかく、怖いくらいに繊細で可憐な乙女の身体。
少し罪悪感があったが、胸をもんでみる。
初めてもむ女の胸、しかもわりと大きい。
モミモミモミモミ……。
タプタプタプタプ……。
ギュっ!
「痛っ!」
自分で乱暴にして、自分で痛がっているのだからバカな話だ。
なぜだか、イメージしていたような興奮も感動もわいてこなかった。
「自分の身体だからかな……なんか違う……」
勇輝はそう言い捨てると、ふてくされたように横向きになって眼を閉じた。
日中の疲れが出たのか、それともアルコールの影響か。
一分もしないうちに勇輝はすうすうと静かな寝息を立て始める。
こうして、波乱に満ちた勇輝の異世界生活一日目が終わったのであった。