別れの時
「見事な戦いぶりでした」
死んだ息子に誉められるという、思いもよらぬ事態にグスターヴォは横をむいた。
「フン、恥の上塗りよ」
作戦は聖女のせいで失敗し、無理を言ってかなえてもらった直接対決でも敗れた。
完敗である。
「わ、わたしが出しゃばったりしたからですね」
ダリアが自分を責めるのを、グスターヴォはとめた。
「いやそうではない。
お前の魔力は十分に足りていた」
「ですが!」
グスターヴォはおだやかに首を横にふった。
あえて敗因を語るなら、形式にこだわり過ぎたことだろう。
もっと露骨に人質を活用して、精神性のかけらもない卑怯な戦いをすればよかったのだ。
はじめから地獄に落ちる覚悟だったのに結局はいつもどおり騎士道にすがってしまった。
悪人になりきれなかったこと、それこそが真の敗因。
「最後に良い敵と出会えましたな、父上」
「うむ」
騎士親子はうなずきあった。
戦場往来四十年。
その集大成として、満足のいく戦いができた。
引退の時である。
「お、お父様! お姿が!」
ダリアが悲鳴をあげた。
ジャンの姿がどんどん薄くなっていく。
夢から覚める時が来たのだ。
「お父様、ダリアは、ダリアはこれからどうしたら!」
すがりつく娘を、父は抱きしめる。
「ダリアにはまだお父様が必要なのです!」
「大丈夫だ。私はいつでもお前を見守っているよ」
ジャンは娘の頬をなでる。
「お前まで騎士道に縛られることはないんだよ。
思いのまま自由に生きろ。どんな道を歩むとしても、父はお前の味方だ」
「お父様……!」
父は温かく微笑みながら、天に帰っていった。
この日、聖都に住まう多くの者たちが、戦死したはずの騎士と語り合う夢を見た。
戦い散っていった父や、夫や、兄弟たちと。
それぞれが不思議な再会をはたした。
夢の内容はそれぞれ違っていたが、誰もが共通する感想を口にしたという。
いわく、
「いい夢だった」
と。
時間は多少さかのぼる。
第三騎士団の面々が連行されていった時点だ。
勇輝はマリアテレーズ殿下にお礼を言った。
「今日は助かりました。
俺一人じゃあ多分どうにもなりませんでしたよ」
「お、おほほほほ、どうということはありませんわよ!」
皇女殿下は上機嫌だ。
事実、礼拝堂からの脱出劇は勇輝一人ではきっと失敗していただろう。
マリアテレーズ殿下の怒鳴り声があったからこそ、誰一人犠牲にすることなく勝利をおさめることができた。
「貴女だけに負担を強いるわけにはいきませんもの。
当然のつとめをはたしたまでの事よ」
驕ることなく、かといって遜ることもなく。
堂々とした立ち振る舞いはさすが大国の姫君だ。
ここにいたるまでに散々みっともない姿をさらしていたことは、このさい忘れたことにしておこう。
事件が解決したので、敷地外へ避難していたご令嬢がたも戻ってくる。
「マリアテレーズ様、ご無事でなによりですわ!」
「皇女殿下!」「皇女様!」
ワッと周囲がにぎやかになる。
色とりどりのドレス姿があつまると、そこだけはまるでお花畑だ。
戦場だった場所が急に華やかになってしまって、勇輝は居心地が悪くなってしまった。
いちおう、皇女殿下にはあいさつをする。
「それじゃあ、俺はそろそろ失礼しますよ」
「あらそう? もっとゆっくりしていきなさいな?」
「いやー、こいつを直さないといけませんし」
勇輝はクリムゾンセラフの兜を指さした。
頭だけではなく、様々なところが傷ついている。
静かなところで集中して修理したい。
「なら仕方ないわね」
「はい。それじゃ」
勇輝は愛機に乗り込む。
紅い天使が翼を広げると、えもいわれぬ優美さとなる。
皇女だけでなく、他のご令嬢たちもクリムゾンセラフの美しさに見とれた。
しかし、次に勇輝が発した言葉は皇女の心に氷水をあびせることとなった。
「それじゃ、お元気で」
まるで永遠のお別れのような物言いだ。
マリアテレーズ殿下はあわてた。
「ちょっと、どういう意味!?」
「あー、言ってませんでしたっけ?」
クリムゾンセラフは頬を指でポリポリとかいた。乗っている勇輝のクセなのだろう。
「俺、昨日のことでこの学校を退学になっちゃったんですよ」
皇女殿下のスカートに頭を突っ込んだ罪で。
「えっ、えっ」
顔色をかえてオロオロする皇女殿下に気付いているのかいないのか、勇輝は飛び上がってしまった。
「それじゃっ!」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい!
ユウキ! ユウキー!!」
皇女の叫びはむなしく空にこだました。
次回、第二章最終回(の予定)





