皇女の激励(エール)
「ちっ!」
『参るぞ!』
風で姿勢を崩されたところに、上段からの斬撃が飛んでくる。
ガキンッ!
剣と刀が激突し、火花が散った。
『おっと、また壊されてはかなわんな』
今度は武器戦闘にこだわらず、至近距離から馬の前脚が跳ね上がってくる。
「うわっ、たっ!」
意表を突かれて思わず空中に逃げる。
そこにまた風魔法が飛んできた。
『竜巻ィィィ!!』
見えない空気の渦がクリムゾンセラフの脚をとらえた。
グキ、メキ、バキィィッ!
脚があり得ない方向に曲がってしまう。勇輝は激痛に悲鳴をあげた。
「ギャアアア!」
翼で大きく間合いをとり、壊れた片足を修復する。
「ふう……」
機体が直れば痛みもなくなる。だが、だからといって平気なわけはない。
くり返されたら機兵より先に精神がまいってしまう。
「面倒くせえ……。
何でもありかその機兵!?」
『貴様が言うな、非常識の塊が!』
ごもっとも。
『この天馬は先代より賜りし最高傑作!
相手がたとえ聖女だろうが天使だろうが、劣るものではないわ!!』
先代の軍務省長官。絵画で見たがなんという名の人だったか。
気合のはいったギョロ眼の老人だったのはおぼえている。
「いろいろな想いを背負っているんだな、あんたも」
先に逝った先代の想い。
戦死した息子の想い。部下たちの想い。遺族たちの想い。
数えきれないほどの想いを背負って生きているから、老将はこれほどに強い。
『当然だ! 貴様らごとき若造が戦場を語るな!
貴様らの知らんことなどまだまだ星の数ほどあるわ!』
重厚な圧力をはなち身構える天馬騎士とグスターヴォ団長。
そんな強敵にたいして、勇輝はゆっくりと歩いて接近する。
遠距離戦で勝ち目はない。
あの竜巻に羽根吹雪は通用せず、しかもむこうの風魔法はほとんど見えない。
接近戦だ、それしかない。
まだ名前すらない新技。あれをどうにか叩き込む以外に勝機はない。
うまくできればあの天馬騎士ですら粉々にできるはずだ。
勇輝は細心の注意を払ってゆっくりと近づいていく。
風魔法そのものは見えないが、周囲の砂や葉っぱなどを巻き込んだり、逆に吹き飛ばしながら飛んでくる。
発生さえ見落とさなければ、どうにか反応できるはず。
『しゃらくさいわ!』
老将が叫ぶ。
同時に天馬騎士の剣先がざわめく。
(いまだ!)
クリムゾンセラフは宙に舞い上がる。
直後、立っていた場所を烈風が通り過ぎていった。
「ウオーッ!」
低空飛行でそのまま突っ込む。
突っ込みながら刀を投げつけた。
『効かぬ!』
どうということもなく刀は弾かれてしまう。
だがそれでいい。ほんの一瞬だけでもスキができれば!
クリムゾンセラフは天馬騎士の胴体に鋭いタックルをかました。
「ウリャーッ!」
しがみつきながら、脚と翼をつかって背中側に回りこむ。
『やけくそか小娘!』
「うるせーっ、こっちだって遊びじゃねーんだ!」
後ろから抱き着いているクリムゾンセラフは、自身の右手で敵の右腕に触れた。
次の瞬間。
『グッ!?』
グスターヴォ団長は右腕に奇妙な激痛を感じた。
四十年の戦歴の中にもない、『内側』から『外側』へ刃物が飛び出してくるような、ありえない痛み。
『ぐわあああっ!』
老将の悲鳴とともに鈍い金属音が響いた。
ゴドオォン……!
天馬騎士の右腕が切断された。
戦いを見守っていた者たちは皆、理解をこえた現象に目を疑う。
「な、何だいまのは!?」
わずか十秒たらずの出来事だった。
刃物もなにも使わず、ただ触れていただけで鋼鉄の腕を切断。
何をすればそんな芸当ができる。
しかも切り落としたのは剣を持っていた右腕。
利き腕を奪った意味は、とてつもなく大きい。
「切り札だよ、俺の!」
右手から魔力を流し込んで、敵機兵の腕そのものを変形させてやった。
もう組みついてしまった以上こちらのもの。
……かと、思いきや。
『おのれ、まだ終ってはおらぬぞ!』
天馬騎士が暴れ馬のごとく跳ね回った。
勇輝は振り落とされそうになるのを必死にこらえる。
天馬が巨大な翼を広げる。
大空に逃げようとするのを、クリムゾンセラフは蹴りでへし折ってやった。
『ぐおおおっ!』
苦悶にうめくグスターヴォ。
だが不屈の闘将は、やられっぱなしでは済まさなかった。
残された左手が背中越しにむかってくる。
しがみついていたクリムゾンセラフは避けきれず、顔面をつかまれる。
親指が、左眼に突き刺さった。
「ギャッ!?」
『ユウキ様!』
残った四本の指も、頭を握りつぶそうと凄まじい力を込めてくる。
「ガアアアアッ!」
目が。
頭が。
とてつもない激痛に勇輝は獣のように叫んだ。
それでもクリムゾンセラフは引きはがされない。
全身から魔力を放出して、天馬の巨体をじわじわと破壊していく。
『オオオオオオオ!!』
「ガアアアアアッ!」
二頭の巨獣が猛り狂う。
凄惨な殺し合いの様子に、戦いを見守っていた者たちは言葉を失った。
ご令嬢たちの数人が、二人の苦しそうな雄叫びに耐えかねて失神してしまう。
敵味方の騎士たちはさすがに気絶することはないが、両者が味わっている激痛を想像して顔面蒼白になった。
ピシッ、ピシッ、ピシッ……!
天馬の全身に大きな亀裂が走っている。
しかしそれは天使の兜も一緒だ。
決着は近い。
あとほんの一押しで勝敗は決まる。
みなが固唾をのんで見守る中、乙女の声が響いた。
「負けるなんて許さなくってよ!
ちゃんと自分の責任を果たしなさい!」
もうとっくに避難しているはずの、マリアテレーズ皇女殿下の声だった。
「マリアテレーズ様のお声よ!」
「えっ、ど、どちらに?」
ご令嬢たちが騒ぎ出した。
「あっあそこに!」
一人の生徒が校舎を指さす。
皇女殿下は校舎の屋上から見下ろしていた。
背後には飛行型守護騎兵『銀の鷹』と、迷惑そうな顔をしている操縦者クラリーチェの姿が。
さっさと軍司令部まで飛んでいこうとするクラリーチェを止めて、皇女殿下はずっとここで戦いを見守っていたのだ。
「勝って正義をお示しなさい! 無様な姿を見せてはだめ!
それが貴女のいう聖女なのでしょう!」
マリアテレーズ殿下の叱咤激励をうけて、クリムゾンセラフの眼がギイン! と輝いた。
「う、お、おおお……!」
クリムゾンセラフからよりいっそう強大な魔力が放たれる。
ピシッ、ピシッ、ピキッ。
天馬騎士の亀裂がさらに拡大していく。
『ぐ、うううああっ』
騎士の顔が、胴が、翼が、馬体が、破片となって崩れ落ちていく。
ピシッ、メキッ、バキバキバキ……!
「ウオオオオオーッ!!」
バキイイイィィィン!!
ついに聖都最強の守護騎兵は、搭乗席のみを残して砕け散った。





