勇輝の問いかけ
古式ゆかしい聖エウフェーミア女学園の礼拝堂は、聖都の他の場所がそうであるように、すべてが純白の人工石で形作られていた。
ごてごてとした華美な装飾は少なく、一見地味なようでもある。
ただ塗り固められた漆喰の確かな技法と、ここだけは一転して豪華な彩色硝子が華やかさを添えていた。
高貴な身分のお嬢様がたが祈りをささげるにふさわしい、神聖にして厳かな白き空間。
しかし今は、その内外を武装した騎士たちによって囲まれていた。
視界内にいる騎士たちの数は五十といったところか。
思いのほか少ないのは、マリアテレーズ皇女を探すために人数を分散していたからだろう。
その皇女殿下は、今まさに礼拝堂の入り口に姿を見せている。
騎士も、女生徒たちも、まさかという想いで皇女に注目した。
なぜわざわざ自分からやって来たのか。
「ほ、ほほほ本当に大丈夫なんでしょうね!?」
今にも気絶しそうな顔で立っているマリアテレーズ皇女殿下。
すぐ横にいる勇輝も緊張した目つきで騎士たちの配置を確認している。
「だから無理しないで待っていれば良かったんですよ」
「だって、だってそれでは、あんまりにも惨めではありませんの!」
自分もなにか役に立ちたい。
そう言いだしたのは皇女本人である。
高貴なる者の責任を果たすことなく逃げ隠れていたのでは、今後この学園内に居場所は無くなってしまう。
ここで皇女としての矜持をしめさなくてはいけないのだ。
「なら気合いれていきましょう。
カミラさんも居てくれるじゃないですか、まあダイジョブダイジョブ」
カミラ、とはずっと一緒にいるメイドさんの名前だ。
本名かどうかはあやしいもんだと、勇輝はにらんでいる。
まあ味方には違いないからその辺はどうでもいい。
カミラはメイド服に日本刀、というとんでもないスタイルで後ろに控えている。
主のように慌てた様子がないのは頼もしい。
「さあ、かっこつけていきましょうよ!」
「あ、ああああ……」
勇輝はマリアテレーズ殿下の手を引いて歩きだした。
カミラもすぐ後ろにつづく。
すべての男女の視線が二人に注がれている。
何百という人間がこの場に集められているというのに、不気味なほど静かであった。
この場はすでに戦いの舞台上である。
おかしな事をして悪目立ちするのは避けたい空気がただよっていた。
それでもなお空気を破るものがいるとしたら、それは主役。
あるいはボス敵の役割だ。
「わざわざのご足労、痛みいります皇女殿下」
礼拝堂の壇上から第三騎士団長、グスターヴォ・バルバーリが声をかけた。
彼の隣には孫娘のダリアが立っている。
思わずマリアテレーズ殿下は口を開いた。
「ダリア様、やはり貴女でしたのね」
ダリアは胸に手をあて、苦い表情で頭を下げた。
「申し訳ございません、皇女殿下。
しかし私はこうするしかなかったのです。
私はまだ、戦死した父を泣けないのです」
「お父様の……?」
何を伝えたいのかよく分からないもの言いだった。
あるいは言った本人も、心の中でうまく整理できていないのかもしれない。
肉親の死など、そんな簡単に処理できるものではない。
グスターヴォ団長は孫の肩に手をのせ、首を横にふった。
今は自分語りをする時ではない。
騎士団長は皇女と聖女に向き直った。
「それで、お二人そろって人質になっていただけると考えてもよろしいのですかな」
「まさかだろ」
勇輝は即座に否定する。
「のん気なことを言わないでほしいな騎士団長。
いま、この瞬間、すでに戦闘中だぜ」
「ほう、ではどうやってわしらを討つおつもりか」
「もちろん、俺は俺らしいやり方でやらせてもらう」
勇輝の意志を確認した騎士たちは、抜剣こそしないものの前傾姿勢になり、いつでも乱闘に対応できる構えをみせた。
女生徒たちは殺伐とした空気に震え上がる。
「ヒイィィ……!」
皇女殿下も情けない悲鳴をおもらしした。
このご令嬢たちがいる状態で、どう戦うのか。
聖女にとっても、騎士にとっても、これは軽視できない問題なのだ。
このか弱い人質たちさえいなければ、勇輝は礼拝堂そのものを爆弾に変えて全員まとめてブッ飛ばしている。
騎士たちにとっても似たようなものだ。
勇輝だけなら矢でも魔法でも使いたいだけ使って簡単に殺せる。
どちらにとっても、ここは難しい局面。
だからこそ表面的には奇妙におだやかだった。
勇輝たちは礼拝堂の中央道をゆっくりと歩いていく。
歩行の利便性をよくするためか、ところどころで通路は十字路になり、左右の座席に分散して座りやすいようになっている。
その十字路の一つで、勇輝たち三人は右へ曲がった。
ほぼ礼拝堂の中央あたりである。
そのまま三人は壁までたどりつき、歩くのをやめた。
『???』
三人の動きに注目していた誰もが、何をやっているんだという顔で聖女を見つめる。
戦闘中だと発言したが、なぜそんな所に移動するのか。
壁に何か仕掛けでもあるのかと思ったが、別に何も無さそうだ。
三人はただ立っているだけ。
「少し話をしたいんだけど、いいかな」
勇輝がグスターヴォに問う。
グスターヴォは話を聞く態度を見せながら、同時に目線で部下に指示を飛ばした。
あの壁の裏で誰かが何か小細工をしているに違いないと、そんな当然の予想をしたからだ。
部下は小走りで裏口の方へ消えた。
その動きは勇輝にも見えていたが、あえて無視をする。
「俺、あんたの言う大遠征計画を知ったとき、すげえって思ったよ。
自分も一緒に行きたいって思った。
それなのにみんな反対するんだ。
みんなっていうのは、ヴァレリア様たちのことだ」
ヴァレリアの名を聞いて、グスターヴォの顔が露骨にゆがんだ。
「聖都にゃぜんぜん金が無いってこと、けっこう具体的に説明されたよ。
でもなーんか気分がモヤモヤしてさあ。
気になっちゃって、ちょっと自分なりに勉強してみたんだ」
ここで勇輝は指を一本たてて、大きな声を出した。
「みんなちょっと考えてほしい!
白の反対は黒!
善の反対は悪!
では!
平和の反対は何だと思う!?」
ざわざわ……。
話を聞いていた数百の人々はざわめいた。





