ダリアは弔花(ちょうか)になりたくない
マリアテレーズ皇女殿下が行方不明になって数時間。
つまり第三騎士団による学園襲撃事件から数時間とちょっとが経過した。
礼拝堂に集められたままのお嬢様がたには、厨房で作られた軽食がくばられていた。
生粋の貴族令嬢たちの中には、
「こんな所で食事だなんて……」
と不満をもらす者もいる。
不満を言えるならまだ良いほうで、はやくもゲッソリと衰弱している者、目に涙を浮かべている者もいる。
(ごめんなさい皆さん)
第三騎士団長の孫娘、ダリア・バルバーリは心の中で謝罪した。
ダリアも騎士たちの中では『お姫様』としてあつかわれる程度の身分ではある。
しかし本物のお姫様がたの『か弱さ』は、ダリアの予想をも超えるものだった。
日ごろは偉そうに自慢話をしてふんぞり返っているくせに、今や枯れかけた生け花のように萎れている。
まさかここまで温室育ちが圧力に弱いとは。
ざまあみろ。
とは思えなかった。
(このままでは皆さんがもたない)
お嬢様がたが心労で倒れる前に交渉をまとめてしまいたいが、ヴァレリア・ベルモンド枢機卿の余裕ぶりを見てはそう上手くいくとも思えない。
かなりの長期戦を覚悟しなければいけないだろう。
(せめてマリアテレーズ様さえ見つかっていれば、もっと交渉もはかどるのに)
白い城の地下には、たしかに隠し部屋があった。
しかしそこからさらに脱出用の隠し通路まであるとは、ダリアは知らなかったのである。
かつて一度だけ、ちょっとした縁に恵まれてマリアテレーズ殿下のお茶会に招待されたことがある。
その時、殿下の側近ぶっている『ご学友』の方から、
『この白い城には秘密の部屋がありましてよ?』
などと、まるで自分の手柄であるかのように自慢されたのだ。
(まったく、中途半端な情報でいばらないで下さい!)
得意げにダリアに語った『ご学友』は、いま礼拝堂で萎れた花になっている。
ダリアの刺すような視線には全然気付いていない。
ある意味幸せなひとだ。
それはさておき。
脱出用通路は、外壁の北西部分につながっていた。
そこには外へ出られる小さな鉄扉がある。
普通に考えるとそのまま外へ出ようとするだろう。
だがそこにも騎士は配備されていた。逃げられない。
だから皇女殿下はまだ学園内にいらっしゃる、はずだ。
(あの聖女様が……、あの妙な方さえいなければ!)
マリアテレーズ皇女殿下の身柄を拘束すること。
それが作戦の要だった。
あと少しのところで紅瞳の聖女が妨害してきたのだという。
白い城の地下には二つのティーカップが、まだ温かいまま置かれていたらしい。
二人一緒に行動していると考えていいだろう。
(あんな事件をおこしたばかりなのに、どうして?)
考えてみても仕方がない。
聖女が皇女を守っている。
それが現実なのだ。
(お父様、私たちをお導き下さい)
ダリアは父に作戦の成功を祈った。
奇しくもここは礼拝堂である。
(お爺様の悲願をかなえさせて下さい。
世界平和の願いを。
お父様とお爺様が目指した世界の実現を)
あの魔王戦役の夜も、ダリアは他の生徒たちとともにこの礼拝堂にいた。
この場で祈りを捧げ、皆と一緒に天使の降臨を見とどける。
父の戦死を知ったのは翌朝の事だ。
第三騎士団の担当する東門は最大の激戦地であったとも聞かされた。
ダリアの父、ジャンは誰よりも立派に戦ったと。
騎士の誉れであると。
第三騎士団の者たちは、誰もが彼女の父を称えた。
全ての人からあまりにも誉め称えられるので、ダリアは父の墓前でも泣くことができなかった。
葬儀を終えた時のおかしな感覚を、彼女は今でもおぼえている。
まるで『あなたのお父様は素敵な死に方をしましたね、おめでとうございます!』と言われているような。
そりゃもちろん『くだらない死に方をしたね』と言われるよりは良いけれど。
なにかが、違うような。
しかし祖父まで同じようなことを言うので、ダリアもそういうものかと思うしかなかったのである。
聖都を救った聖女が力つきてまだ眠っているころから、祖父グスターヴォは大遠征計画の草案を練りはじめていた。
『せがれの死を無駄にはできんからの。
悪魔が減った今こそ、最大の好機なのだ』
そう言って笑っていた祖父が、まるで火山のように噴火を繰り返すまでに時間はかからなかった。
『政治家という連中は何もわかっておらん!
金など後からどうとでもすればいいのだ!』
悪魔が減れば民衆の心は楽になる。
心が楽になれば悪魔はそもそも発生しずらくなる。
そうなれば今以上に外国との往来は簡単になる。
だったら金もうけだってやりやすくなるだろう。
それがグスターヴォの理屈。
ダリアとしても、正しい事しか言っていないように思える。
もしかして細かな計算をしたら無理なのかもしれないけれど、平和のためなら、ちょっとの無理くらい。
(これは平和のため……。
お爺さまのため……。
お父様のため……。
私たちは、たとえ悪名を残そうと使命をはたさなくては)
ダリアは強く自分に言い聞かせた。
言い聞かせないと、目の前で苦しんでいる女生徒たちを直視できないから。
しかし言い聞かせないといけない時点で、本来おかしいのだ。
これが本当に自分の進むべき道なのか。
迷っているからわざわざ自分に言い聞かせたりする必要がある。
(お父様……。
私は、ダリアは、本当は。
お父様がお亡くなりになったことを、ただ心静かに泣きたいだけなのです)
「団長! グスターヴォ団長殿!」
騎士の一人が大声を出したので、ダリアの心は現実に引き戻された。
「皇女殿下が!
聖女も共に!」
グスターヴォ団長は大声でかえした。
「どうした、発見したか!」
「は、はい、あの」
なぜかオロオロしている部下の態度を、老将は叱責した。
「はっきりせんか!
二人は今どこにいる!」
「は、はいっ!
あの、その……」
男はしどろもどろになりながら答えた。
「こ、ここに……!」
男が言い終えるのと同時に、礼拝堂の正面入り口が開け放たれた。
バアアン!
派手な音をたてて開かれる大扉。
まぶしい陽光が扉の奥を照らしている。
その陽光の彼方から、皇女と聖女は並んで入ってきた。





