聖女と皇女、第一印象は最悪すぎ
当然、大問題になった。
意外なことに、国宝をダイナミックにブッ壊した事に関しては、すぐ対応策が見つかった。
なにせ物体を自由自在に加工するのは勇輝の得意技であり、学園内に能力の目撃者が大勢いたので、話は早い。
学内の美術室に聖女像を写生した絵画がたくさんあったのである。
とても身近にあるお宝なので、絵の題材になるのは当然だ。特に再現度の高いリアル志向のものだけを選別しても、余るほど用意できた。
それらの絵を参考にして、今度こそ忠実に修復を成し遂げる。
本当にどうという事のない、普通の顔だった。
普通すぎてどうにも説明のしようがない顔だった。
もう二度とこの像には触らない。
勇輝は固く心に誓った。
さて、解決が困難なのはもう一つのほう。
隣国ジェルマーニアの皇女殿下、マリアテレーズをあやうく殺しかけたあげく、スカートの中に頭を突っ込んだという珍事件のほうである。
こちらはもう、どうしたものか。
謝罪はその場でしたが、返事は猛烈な平手打ちである。
マリアテレーズ殿下はカンカンに怒ってそのまま去ってしまった。
無論それだけですむはずもなく、今後の対応をどうするか、学園側の決定待ちである。
家に帰ってヴァレリアに事件のことをおそるおそる報告すると、彼女はめまいをうったえて寝込んでしまった。
入学手続きに行っただけなのに、どえらい騒ぎを起こしてしまったのだ。
ただでさえ日々の激務に疲れているのに、この騒ぎ。
国宝こわしました。
皇女殿下のスカートに頭つっこみました。
である。保護責任者として、倒れるのも無理はない。
そしてクラリーチェにめちゃくちゃ怒られた。
「まったくあなたは!?
女に出会うたびに殴ったり殴られたりしないと気がすまないの!?」
「い、いやそんなことは」
否定する勇輝だったが、最近は思い当たるふしがありすぎて言葉に詰まった。
クラリーチェには酔った勢いで抱きついてぶっ飛ばされた。
ジゼルには押し倒されて、顔面ひっぱたかれた。
ベアータとは命がけで戦った。
で、今回。
皇女殿下のスカートに頭突っ込んでぶん殴られた。
「……俺、殴られてばっかりじゃねえか」
「自業自得でしょ!」
「あっ、でもヴァレリア様とは何にも……」
そのセリフを言い終わる前に、強烈な殺意をこめた目でにらまれてしまった。
「今っ、あなたのせいでっ、殴られるよりも辛いめにあわされているでしょうがっ……!!」
「……ゴメンナサイ」
なにを言われても頭を下げるより他なく、勇輝はお説教をうけ続けた。
翌日。
再び聖エウフェーミア女学園をおとずれた勇輝は、当然といえば当然の結論を告げられた。
体のいい退学処分である。
年老いた学長が弱々しい態度で言葉を紡ぐ。
「昨日は我が校を見学するためにお越しいただいたということで、いかがでしょう……」
つまり入学うんぬんは完全に白紙。
無かったことにしましょうと。
「ユウキ様とマリアテレーズ殿下とのことは、お二人のあいだでお話あいいただくということで……」
つまり学校側は一切関与しない。
自分たちにはまったく縁もゆかりもない話であると。
「わかりました」
勇輝は深く頭を下げた。
どうしようもない、自分が悪いのだ
ただの一度も授業をうけることなく、退学になってしまった。
「参ったな……」
さすがに自分のうかつさを反省するしかない。
白亜の校舎から出た勇輝は、悶々とした心境で門への道を歩いた。
途中、例のエウフェーミア像のもとへ通りかかってしまう。
「やっぱり似てねえなあ、これ」
もう二度とこの像を見ることはあるまい。
最後にお別れの祈りでもささげようか、と手を組んでみたその時。
「や、やっぱり貴女でしたわね!」
横から聞き覚えのある女の声。
見れば色鮮やかな金髪ドリルヘアーのお姫様。
マリアテレーズ皇女殿下、その人だった。
「わっ」
「わっ、はこちらのセリフです!」
厳しい表情でにらんでくる皇女殿下。
昨日の今日で怒りがおさまっているわけもない。
「え、えーと」
何か言わなければ。
しかし何を言えばよいのだろう。
ぶっちゃけ、どんなことを言ったって怒りを解くことなんて出来まい。
ならばどうする?
どうする?
追いつめられた勇輝の脳裏に、一発逆転をかけた秘策が思い浮かんだ!
そうだ、ユーモアだ!
このお姫様を笑わせて仲良くなってしまえば良いのだ!
それがいい!
心を決めた勇輝は、皇女に向かって気をつけ、の姿勢をとった。
「あのっ、皇女殿下!」
「……なにかしら」
勇輝はバッ、と音が鳴りそうなほどの勢いで頭を下げた。
「昨日は、大変けっこうなものを拝見させていただきまして、ありがとうございましたッ!!」
シン、とあたりは静まりかえった。
どうだこのトンチンカンな発言。
こんなことを言われたら、あっけにとられてつい笑ってしまうはず……。
「あ、貴女……」
「はいっ」
勇輝は頭をあげた。
皇女殿下は真っ赤な顔でプルプルふるえている。
「こういう時は謝罪するものではなくって!?」
怒られてしまった。
「あ、あれ、間違えたかな」
「あーたーりーまーえーでしょーーーーっ!!!」
火に油をそそぐ、どころかガソリンぶっかけることになってしまった。
皇女の怒りは爆発炎上、もはやどうにも止まらない。
「もう、もう許さないわっ、アンタなんて、アンタなんて……!」
あまりに興奮しすぎて、口調がくずれている。
全身に怒りをみなぎらせながら勇輝に近づいてくる。
その時、マリアテレーズ皇女の大声を聞きつけて、誰かが駆け寄ってきた。
「あれっ?」
勇輝はその人物たちを見て奇妙に感じた。
それは、鎧を着た騎士であった。
男の騎士たちである。腰に剣も帯びている。
乙女の園に男が入ってもいいのか?
ここはそういう部分がおおらかな学園なのか?
ここの校則がわからないので、ちょっと戸惑ってしまう。
だが、男の一人が発した言葉を聞いて、勇輝は異常事態であると確信した。
「いたぞ皇女殿下だ、捕えろ!」
命令された男が皇女に向かって無遠慮な手をのばす。
「えっ、な、何ですの!?」
皇女の顔が恐怖に引きつる。
「ご無礼、大人しくなされよ!」
のばした手が皇女殿下の腕をつかもうとする、直前。
勇輝は足を軽く上げ、そして地面を強く踏んだ。
ダンッ!
グワッシイィィィーン!
勇輝が地面を踏んだ次の瞬間、マリアテレーズ殿下は地面から生えてきた巨大な鋼鉄製の鳥籠に囲まれ、男の手から守られた。
「なんだテメエら、その人をどうするつもりだ」
勇輝が凄む。
騎士たちはその時はじめて勇輝の顔を見たが、眼の紅さに気づいて驚愕した。
「赤眼の小娘!?
どうしてこんな所に!?」
男たちは一斉に剣を抜き、勇輝にむかって身構える。
目の前にいるのが聖女だと知りながら敵意をむいてきた。
「なんなんだお前ら、姫様さらって何しようってんだ」
「問答無用!」
男たちは刃物をギラつかせて襲いかかってきた。





