聖女ユウキは頭が悪い
勇輝が地面をトン、と踏む。
次の瞬間、地面から脚立がニョキっと生えてきた。
うわさに聞く聖女の超絶魔法。
お嬢様がたが息をのむ中、勇輝は脚立をのぼる。
「本当のエウフェーミアはさ、普段こんな感じなんだよね」
勇輝は像を手で触り、グニャグニャと改造してみせた。
自分たちが誇りとしている像を得体のしれない目にあわされて、お嬢様がたは軽く混乱をおこした。
軽い混乱ですんだのはやっているのが聖女様だからだ。
大切なものをいじくられるのは嫌だが、聖女ならばいじる権利があるのではないか?
そして大事な意味があるからあえてそんな事をしているのではないか?
そんなふうに勝手に解釈してくれている。
勇輝が像をグニャグニャいじくって十数秒後、像はまったく違う姿になっていた。
「これがいつも会ってるエウフェーミアだよ」
普段どおりのエウフェーミアの姿そのまま。
髪はまとめず伸ばしたままにしている。
服装はフリル多めのドレス。
手は祈るように組んでいるが、表情は自信たっぷりに微笑んでいる。
そして顔の造形は勇輝とまったく同じだ。
像をみつめるお嬢様がたの顔は、なんとも複雑そうだった。
いつも彼女たちが祈りをささげていたのは、修道服を着ていて、静かな表情で祈りをささげる敬虔な大人の女性像である。
勇輝が作りかえた像はなんというか雰囲気がいま一つなのだ。
活発な乙女という印象が強くて、神聖さが足りない。
「理解してもらえたかな?」
騒動の発端となった緑髪の子に聞く勇輝。
「は、はい、わかりました」
彼女はまだ不満そうであったが、相手が聖女だと知って遠慮してしまったようだ。
勇輝としては言いたいことを言ってくれてかまわないのだが、彼女の世間体がそれを許さないらしい。
「わかりましたので、その、像を元に戻していただけませんか」
「えっ」
「その、正しいかどうかはともかく、貴重な美術品であり、学園の財産ですので」
「あー、そうね」
なるほど物の価値とは正確さだけで決まるものではない。
積み重ねた歴史的価値のほうが、むしろ重いのかもしれない。
勇輝は自信満々に微笑むエウフェーミア像に魔力を送り、ドレス姿から修道服姿にもどす。
ポーズも胸の前で手を組んだ祈りの姿にもどす。
だが、そこでピタリと動きを止めた。
「……あれ?」
なにやら悩みはじめる。
「えーっと……?」
ずっと考えこんだまま、勇輝は動かなくなってしまう。
「あれ、これ、ヤバくね?」
「ど、どうなさいました……?」
緑髪の子に声をかけられて、勇輝はビクッ! と肩をふるわせた。
顔からダラダラと脂汗をたらしている。
「元がどんな顔だったか、わかんなくなっちった……」
その場にいたお嬢様たちの顔が凍りついた。
「ちょっと国宝ですよそれ!?」
「わ、わかってる!
直すよ、直すから!」
勇輝は像に大量の魔力をそそぎ込んだ。
エウフェーミアそっくりだった顔が、別人の顔になっていく。
「顔……、顔……、石像の顔……、こんなだったよね、確か!」
出来上がった顔を生徒たちに見せる。
生徒たちは、全員首を横にふった。
「ち、違う!?
じゃあこんなだっけ!?」
今のはちょっとアジアンテイストだったかも知れない。
こんどは彫りを深くして、ギリシャ彫刻風にしてみる。
「違いますわ……」
「ええ、もっと普通の感じでしたわよね」
女生徒たちがたがいに確認しあい、ウンウンとうなずいている。
「ふ、普通……?」
何かをする時、普通って言われるのが一番困る。
事実上ノーヒントで心の中を読めと言っているようなものだからだ。
「じゃあ、えっと丸顔だったっけ?」
生徒の一人が答えてくれた。
「いえ、普通な感じでしたわ」
丸顔ではないらしい。角ばった顔でもなさそうだ。
「彫りは深くなかったんだよね?」
別の生徒が答えてくれる。
「ええ、もっと普通な感じで」
彫りは深くない。平たい顔族でもないようだ。
「目は細かった? 大きかった?」
次の生徒もやっぱり普通としか言ってくれない。
「いえどちらとも……普通の大きさで……」
目は細からず、太からず。
「ほっぺたは太ってた? スッキリしてた?」
これにはハッキリした答えが返ってきた。
「スッキリしていましたわ!」
「ありがとう、つまりこんな顔だな!」
丸顔でもなく角顔でもなく。
彫りは深くもなく浅くもなく。
目は細くもなく大きくもなく。
頬はスッキリ!
「どうかなこれで!?」
けっこう自信ありげに結論を問う勇輝。
だが。
「やっぱりなんとなく違いますわ……」
女生徒たちは認めてくれなかった。
「違う!? どう違うの!?」
女生徒たちは目をそらして口々につぶやく。
「どうって、何となくとしか……ねえ皆さま?」
「ええ、ちょっとだけ違うような気がいたしますわ」
「元はなんというか気品がありましたものねえ」
「正直、よくわからなくなってきました」
勇輝は頭をかかえた。
グチャグチャにいじくりまくったせいで、もう元がどんなだったかいっさい記憶にない。
エウフェーミア本人とはまったく似ていなかった。
覚えているのはそれだけだ。
「あの~お、ユウキ様?」
名を呼ぶのは誰かと思えば、ずっと横で首をかしげていたジゼルだった。
「ジゼル、ジゼルはどんなだったか覚えてる!?」
「はい~ずっと気になってたんですけどぉ」
「うんうん!」
ジゼルは思いもよらぬことを言いはなった。
「この像ってぇ、まつ毛はえてませんでしたっけぇ?」
『石像にまつ毛!?』
この場にいた全員がツッコミをいれた。
「え……マジで……?」
半信半疑でまつ毛をはやす勇輝。
案の定、あり得ないほどおかしな事になった。
「ありえませんわ、これだけは無い!」
「でもどんなお顔でしたでしょう?」
「もしかしたら初めの顔が正解だったような気も……」
まわりもだんだん、わけが分からなくなってきている。
「そもそもポーズからして少し違ってません?」
「髪の毛ももっとウネウネしていた気がしますわ!」
「もういっそのこと聖女様のお顔でよろしいのではなくって?」
喧々囂々。
大勢がまとまりなく騒いでいる様子を意味する言葉。
そんな表現がピッタリの、どうにもならない大混乱になってしまった。
(逃げてえ……)
脚立の上から見下ろしていた勇輝は、心の底から思った。
これ、もうどうしようもない。
(どうしよう……)
悩みながら石像の頭をなでていた、その時だった。
「何事ですの騒々しい!」
雷のような厳しい叱責が、騒ぐ女生徒たちを打ち据えた。
「聖女様の御前でこのような騒ぎをおこして、恥ずかしいと思いませんの!」
ここでいう聖女とは勇輝の事ではなく、エウフェーミアの石像のことだ。
厳しい言葉を飛ばしているのは、ゴージャスな金髪縦ロール姿の美女。
(うお、金髪ドリル姫!
こんなテンプレどおりのキャラもいるのか!)
勇輝が脚立の上から見つめる中、女生徒たちは一瞬で静まりかえり、彼女に向かって一斉に跪礼する。
(このドリル姫が一番偉いのか)
鈍感な勇輝でもここまで明確なら上下関係はわかる。
(このひとが隣国からきてるっていう、皇女殿下なんだろうか?)
ボンヤリ考えながら見下ろしていると、そのドリル姫がキッ! とするどい目つきで勇輝の事をにらんだ。
「そこの貴女!」
「えっ、はい」
「はいじゃないでしょう!
聖女様の像になんてことをしているの!」
怒り心頭といった表情で、姫様は近づいてくる。
勇輝をにらみながら見事な金髪ドリルを右手でかき分けた。
ブン、と擬音が発生しそうなイメージ。
「降りなさい!」
お姫様は勇輝が乗っている脚立をつかみ、乱暴に揺らした。
「わっ、ちょっ、危ない!」
「さっさと降りなさい!」
人が乗っている脚立に触ってはいけない。
そんなこと、高貴な身分のお方は知らないのだろう。
「わ、わ、わ、うわーっ!」
「えっ、ちょっと、キャーッ!」
勇輝はバランスを崩して落ちそうになる。
たまたま石像の頭をなでていたため、とっさに力が入ってしまう。
全体重が像にかかって、グラリと傾いた。
石像は勇輝もろとも、お姫様に向かって倒れていく!
「こなくそーッ!!」
勇輝は不安定な空中で思いきり石像を押した。
幸い像は直撃コースをずれ、地面に激突、派手な大音をたてて大破。
石像が当たらなかったかわりに、勇輝の身体はお姫様に思いっきり突っ込んだ。
ドサーッ!
二人の美女が一つになって地面に倒れる。
「いてて……」
勇輝はなぜか薄暗い空間のなかに顔を突っ込んでいた。
目の前には、ピンク色のなにかが見える。
「え、なんだコレ?」
ツンツンと指でつついてみる。
「ヒッ!」
頭上で女の悲鳴が聞こえた。
「な、何をしますの貴女ーッ!!」
勇輝はお姫様のスカートの中に頭を突っ込んでいた。
指でつついていたのは、お姫様のパンツ。
「う、うわあゴメンなさい!」
急いで跳ね起きたがもう遅い。
お姫様の怒りは頂点に達した。
「この変態おバカーっ!!」
渾身のフルスイングで、勇輝は顔面をひっぱたかれた。





