戦争には金がかかる
当然のような顔でついていこうとする勇輝を、意外にもランベルトは止めなかった。
「……もしかすると君にも話をする必要があるのかも知れない」
「え、マジで?」
まさか許してくれるとは思っておらず、勇輝は驚く。
そんな勇輝をみて、ランベルトは顔をしかめた。
「迷惑になるかもしれないと考えられる頭があるなら、どうしてついて来ようと思うんだ」
「いやそれは、ナハハハ」
笑ってごまかそうとする。
好奇心は猫を殺すというが、勇輝は間違いなく死ぬタイプの猫だろう。
余談だが、かれこれ一か月も家族として過ごしているので、もうベルモンド家の三人とは他人行儀な接し方をしていない。
「おいおいガキンチョ連れて密談なんてごめんだぞ」
「もちろんお呼びしているのは上官殿だけです。
あくまでユウキは可能性がある、というだけですので」
リカルド隊長が文句を言うが、ランベルトは動じない。
この若騎士、立て続けに死にそうな目にあい続けたせいか、最近とくに精神面がタフになってきた。
百の訓練より一の実戦というが、死線をくぐるというのは特に効き目が大きいようだ。
「ケッ、やれやれだ……」
不満たらたらのリカルドは自身の《ケンタウロス》に乗り、訓練場をあとにする。
その態度だけみるとよほど不満そうに見えるが、あの中年はつねに愚痴がおおいのでそんなに気にすることも無いだろう。
勇輝とランベルトの機兵はどちらも飛行タイプなので空から軍務省本部にむかう。
リカルド、ランベルト、勇輝の三人は長官の執務室に通された。
長官、ヴァレリア・ベルモンド女史は執務机のまえで書類の束をチェックしながら彼らを待っていた。
「あら、ユウキまでご一緒ですか?」
「す、すいません。俺にも関係あるかもしれないっていうんで」
勇輝は小狡くニュアンスの違う言いかたをした。
今のだとランベルトの方が積極的に誘ったかのような話になる。
「まあまあ……」
ヴァレリアは頬に手をあてて、ほんの数瞬考える。
「絶対に秘密を守る、というなら構いませんが、いかがです?」
「……わかりました、絶対だれにも言いません」
それでは。とヴァレリアは小さくこたえ、手に持っていた書類の束を三人の方へむけた。
「え、と……、け、けいかくしょ?」
勇輝は少しずつこの国の言葉を勉強しているところだ。
表紙の読めるところだけ音読した。
「世界各地の悪魔を殲滅するための大遠征部隊を派遣したいという計画をまとめたものです」
「えっ! す、すごいじゃないですか!」
勇輝は思わず興奮した。
悪魔のいない世界。
それはこの世界にとって一つの夢だ。
悪魔さえいなくなればこんな狭っ苦しい壁の中で生活しなくてもよくなるのだ。
それがどれほど快適で便利なことか、勇輝は前の世界で経験している。
「良いじゃないですか!
いつから始めるんですか!?」
興奮に目を輝かせて問う勇輝。
だが、その場にいるもので同じように興奮する者は一人もいなかった。
「残念ですが、これは実現不可能な提案として却下されたものですよ」
「えっ」
却下。
つまりこの案は使われないという話。
「何でですか、悪魔を絶滅させれば、世界は平和になるじゃないですか」
「そんなお金はどこにもないのですよ。
今や軍の金庫は空も同然なのです」
「カラって、なんでそんなことに?」
ヴァレリアは右手の指で眼鏡をなおした。
「先の大戦で多くの戦死者が出ましたでしょう。
その遺族に多くの一時金を支払いましたので予算が残っていないのです」
「え……」
勇輝は左右の男たちの顔を見た。
二人ともなんとも言えない、重苦しい顔をしている。
あの大惨事の後遺症がこんなところにも出てくるとは。
しかしお金がないなんて、そんな理由で戦うとか戦わないとかが決まっていいのだろうか。
まあ遺族にお金を払ったことを批判する気はないが、それにしても……。
「……お前、戦争にはべらぼうな大金がかかるってこと、知ってるか?」
リカルドが勇輝に問う。
「あ、はい、一応は」
勇輝はあいまいに答えた。
元いた世界では、さまざまな分野で戦争の事が語られていた。
特に身近だったのは漫画、小説、ネット動画など。
勇輝が働いていたコンビニなんかだと「孫子」などの兵法書がビジネス書として本棚に並ぶこともあった。
そういった情報源の中で、「戦争は金がものすごくかかる」という話はけっこう頻繁に出てくるものであった。
兵を集め、武器をそろえ、水や食料を加工する。
これらのものを遠くへ運ぶのにもとんでもないコストがかかる。
古代の戦いですらこれで、さらに近代戦になるともう、開発コストは天文学的な数字になる。
というわけで戦争と金銭は切っても切れない関係にある。
勇輝がむこうの世界で死ぬ直前のころは、娯楽作品ですらこの問題を取り扱うようになっていた。
「まあ、すごいかかるって聞いたことくらいは……」
「それだけ知ってんなら話は早い。
世界中をまわる大遠征なんてやってみろ、この国は借金で亡ぶぞ」
「…………」
「なんだよ」
「いや……」
いちおう、例外的な手段はある。
世界各地で物資の略奪をし続ければいい。
それなら輸送コストは劇的に減る。
これは決して異常な選択肢ではなく、古代の戦争なら当たり前にやっていた事である。「孫子」にだって多少ぼやかした表現ではあるが載っていた。
敵地で手に入れた糧秣は千金の価値があるとか、どうとか。
勇輝はそれを知っていたが、あえて口にはしなかった。
仮にも聖女として、そんなことは言えない。
だから違うことを言ってみた。
「たとえば、追加予算をもらうとかは……?」
これにはヴァレリアが即座に答える。
「壊れたた街の復興で大変な時ですから、とてもとても」
「……ですよね」
なるほど、やれるものならやってみたい計画だが、とても現状で出来ることではないようだ。
「猊下、こいつはそもそもどこのどなたが持って来た話で?」
リカルドがヴァレリアに問う。
ヴァレリアはやや気が重いといった様子で答えた。
「第三騎士団団長、グスターヴォ・バルバーリさんですよ」
「ああ……」
リカルドはなにか納得したようすだった。
「第三騎士団長って……あのフンフン爺か!?」
勇輝の顔を見るたびにフン! フン! と言って去っていく、感じの悪い老人。
あの老将が提出した物だったとは。
もしかしたらこの執務室で提出した帰りに、勇輝たちのもとへ来たのだろうか。
「あらまあ、ご存知でしたか」
「いや、ご存知ってほどじゃありません。
ただ顔を見られるたびにフンフン言われるだけの間柄です」
ヴァレリアはキョトンとした顔になった。
「それは、どういうご関係?」
「さ、さあ?
なんか嫌われてるっぽいんですよ」
「まあまあ、そうでしたか……」
何か思案顔のヴァレリア。
こういう顔をしている時の彼女は、思っていることを口に出さない。
彼女は眼鏡を指で直したのち、リカルドに告げた。
「グスターヴォ団長はわたくしの前でも、何か心のうちに秘めているものがあるようでした。
何か問題になる前に、調査をお願いいたします」
リカルドはらしくもなく胸に拳をあて、真面目に応答した。
「了解いたしました!
まあおそらくは自分たちだけで勝手に出撃してしまえば、あとはなし崩し的にどうにかなるだろうとか、そんなところでしょう!」
ヴァレリアはその考えを否定しないが、うなずきもしなかった。
「その程度であれば、良いのですけれど」
漠然とした不安感が室内に満ちるのを、勇輝は感じずにはいられなかった。





