きみの名は『セラ』
早朝。
勇輝の魂は聖都に帰ってきた。
精神的にけっこう疲れていたので、軽く眠ることにする。
他人から見たらただの二度寝に見えるのがやっかいだ。
途中ジゼルが起こしにきたが、体調が悪いと仮病をつかって寝続けた。
数時間後。
遅い朝食を済ませたあとで、勇輝はクリムゾンセラフに乗って軍の訓練施設にむかった。
十二天使を紹介されてから、ぜひやってみたいことが出来たのだ。
このクリムゾンセラフにも心を持たせたい。
エウフェーミアにできたのだから、きっと自分にもできるはずだ。
名前ももう決めてある。
『クリムゾンセラフ』の人工知能だから、シンプルに『セラ』。
聖女の愛機らしく、誇り高くて強い女の子にしよう。
きっといい相棒になってくれるはずだ。
訓練場につくとすぐに勇輝は機体から降りて、遠隔操作で動かしながら話しかける。
「セラ、セラ、ゆっくりこっちに歩いておいで!
ゆっくりだぞ、俺を踏みつぶすなよー!」
『ハ……イ……』
クリムゾンセラフの拡声器から、勇輝以外の声があふれてくる。
そして命令通りゆっくり、ゆっくりと歩きだした。
「いいぞー!
その調子だー!」
『ハイ……ユウキ、サマ……』
まだまだ生まれたばかりの魂は、動きも言葉もたどたどしい。
ここからじっくり手間ひまをかけて育てていくのだ。
すぐそばで訓練していた遊撃隊員たちは、目を白黒させて驚いていた。
「まーたこのガキはワケわかんねえこと始めやがった……」
あきれ顔で悪口をいうのは遊撃隊隊長、リカルド・マーディアー。
「なんでそんな古臭い事やってんだ?」
「え、古いの?」
思いもよらないことを言われて勇輝は驚いた。
「ああ古い、古い!
ン百年も昔の使い方だ、そりゃあ。
誰に習ったんだそんなもん?」
「エウフェーミアだけど?」
伝説の聖女の名をあっけらかんと言われて、リカルドは空いた口がふさがらなくなった。
「そっかー。
エウフェーミアって何百年も昔の人だもんね。
あいつらのやり方って大昔のやり方だったんだー。
魔神以前、鉄人の時代ってイメージだな、うん」
魔神だ鉄人だというのは、日本のロボット漫画の話である。
とある偉大な漫画家が「巨大ロボットに人が乗って操る」という革新的なアイデアをひらめくまで、ロボットというものは本人が意志を持って動くか、外からリモコンを使って遠隔操作するものだった。
あの偉大な御方がいらっしゃらなければ、数々の名作ロボットアニメは生まれてこなかったのである。
「なるほどなー、うんうん」
人に歴史あり。ロボット物にも歴史あり。
こっちの世界にはまったく関係のないことで感慨にふける勇輝をみて、リカルドは頭をかかえた。
「なんでこんなバカが聖女なんだ……ったく」
「いいんだよ、好きでやってんだからほっといて下さいよ」
遊撃隊員たちの好奇の目にさらされながら、勇輝とセラは歩行練習を続けた。
初心者丸出しのそれは、まるで育児のようだ。
歩くのはじょうず。歩くのはじょうず。
ってやつ。
そんなことを続けて一時間ほどたった頃、視界にちょっと見覚えのある人物がうつったので勇輝は練習を止めた。
サッカー大会の会場にいた、えらそうな老将とその取りまき達。
老将は勇輝と目があうと、不機嫌そうに顔をゆがめた。
「フン!」
わざとらしく鼻を鳴らして、ズカズカ大股で歩き去っていく。
「……いちいち俺の顔見るたびにフンフン言うのやめてくんねえかな、あの爺さん」
「おめえあの人が誰なのか知ってんのか」
リカルドが聞いてくる。
勇輝は素直に答えた。
「知らないっす」
リカルドは、だろうな、という顔で軽くため息をついた。
「あの人はグスターヴォ・バルバーリ。
第三騎士団の団長だ」
「へー」
ふと気になって、勇輝はリカルドに聞いてみる。
「リカルドさんたちって、どの騎士団に所属してんの?」
この聖都の騎士団は、中央と東西南北、合計五つの騎士団で構成されている。
「俺たちは長官の直属だ。
どこともつながってねえよ」
「あ、そうだったんだ」
あの魔王戦役の夜、やたらとリカルド隊長が率いる遊撃隊にばかり出会うので不思議に思っていた。
ヴァレリアの便利屋として、あちこち走り回っていたかららしい。
「苦労人なんだねえ」
「まーな。
化物退治に民衆の護衛。
さらにクソガキの面倒まで押しつけられちゃあ、昼寝する余裕もねえってもんよ」
「ハハ、お疲れさんです」
だが勇輝は知っている。
あの夜、天使の群れが悪魔を大量に成敗したおかげで聖騎士団の仕事はほぼ無くなっているということを。
一度きれいさっぱりとしたことで、この聖都周辺は現在世界で一番悪魔の被害がない場所になっているのだ。
あの夜は本当に大変だったが、今はヒマでヒマでしょうがないというのが実情のはず。
まあ死傷者の数はどの騎士団もすさまじいものになっただろうから、休養できる日々が得られたのは幸運だろう。
『ユウキ……サマ……、ユウキ……サマ……』
突然、頭上から自分を呼ぶ声がした。
「ん? 誰だ?」
当たりをキョロキョロとみまわす。
近くにはクリムゾンセラフしかいないが。
誰だ、今しゃべってたのは?
『ユウキ……サマ……』
「あっ、セラか!」
すっかり忘れていた。
クリムゾンセラフに人工知能を載せたこと。
『ダレカ……』
誰か……来ますって言いたいらしい。
クリムゾンセラフの視線を追うと、訓練場の外から一羽の鳥型守護騎兵《銀の鷹》が飛んでくる。
「監視しててくれたんだ、ありがとう!」
『ハイ……』
うんうん、なかなかに成長が早い。
いい子だ。
勇輝は親になった気分で感心した。
《銀の鷹》は訓練場に着陸し、プシューっと音を立てて胸のハッチをひらく。
中から出てきたのはランベルトだ。
「リカルド隊長、猊下がお呼びですので至急本部にお越しください」
「ああ? ここで話を聞くわけにはいかねえのか?」
ランベルトは生真面目にうなずいた。
「はっ、直々に会って話がしたいとのことであります」
その返事を聞いて、リカルドの表情が苦くなった。
この世界にも通信機みたいなものがある。
水晶玉を使った魔導通信だ。
守護騎兵の内側にも、実は通信用の水晶を薄く広く貼りつけてある。
それによって外部の景色を装甲越しに透かしてみたり、遠距離とリアルタイム通信をしたり、ということが可能になっている。
……で、今回、その通信機を使わずに、直接会って話がしたいと上司から言われた。
無線を傍受、つまり盗み聞きされることを嫌ったということだ。
まず間違いなく、厄介ごとが発生したのだろう。
「しょうがねえ、行くかあ……」
リカルド隊長は赤毛のオールバックをガリガリとかきながら歩きだした。
本気で嫌そうな顔をしていた。





