あやうく殺されるところだった
「いやあああっ、マルツォ、マルツォ!」
悲鳴を上げながらエウフェーミアは砕け散ったマルツォの残骸の中へ飛び込んでいく。
『ちょっとユウキちゃん、何があったのよ!?』
第四天使『アプリーレ』がクリムゾンセラフの腕をつかみ、動揺しながらも問いただす。
「いや……あの……」
勇輝は真っ青になってふるえていた。
「新技を見てくれって頼んだんだ……。
マルツォが自分にやってみろっていうから……。
大丈夫だっていうから……。
それで……」
まさかこんなことになるとは、という顔で白状する勇輝。
軽い気持ちでおこなった実験が、とんでもない大惨事になってしまった。
「アアーッ!」
残骸からエウフェーミアの叫び声がした。
「大丈夫だったわ!
核は無事よ!
治せるわ!」
次の瞬間、マルツォの残骸がまばゆく光り輝く。
エウフェーミアは手に人間の握り拳くらいの宝玉を持っていた。
あれがマルツォの核らしい。
コアは聖女の手を離れて浮かび上がり、その周辺にマルツォの残骸が集まっていく。
およそ一分後、マルツォはもとの黒い騎兵の姿に戻っていた。
「よ、良かった、ヤバかった……!」
殺してしまったかとおびえていた勇輝は、安堵して力が抜けた。
乗っているクリムゾンセラフがガクリと膝をつく。
そこに修復を終えたエウフェーミアが近づいてくる。
「……あなた、いったいマルツォに何をしたの」
聖女の全身から赤黒い怒りのオーラがほとばしっていた。
エウフェーミアは見たこともないような凄まじい形相で勇輝をにらむ。
伝説の聖女の怒りは、悪魔よりもさらに強烈だった。
「答えなさい。
返答しだいでは許さないわ」
エウフェーミアはクリムゾンセラフの胸部ハッチを素手でつかんだ。
そして無造作にひっぱる。
バガアアアン!
なんと単純な腕力で鋼鉄のハッチが引き裂かれてしまった。
さらに聖女はそのハッチを後ろにほうり投げる。
ガラン、ガラン……。
音を立てて地面に落ちる。
まるで野菜のレタスかキャベツみたいに簡単に壊された。
守護騎兵の防御力がまるで意味をなしていない。
中にいる勇輝の姿があらわになった。
直接、怒り狂う紅い瞳に射すくめられた瞬間。
殺される。勇輝はそう思った。
『待ってくれエフィ。
その子に罪はない』
勇輝をかばってくれたのは、他ならぬマルツォだった。
『私が軽率だった。
まさかここまでの力があるとは思わなかったんだ。
怒らないでやってくれ、エフィ』
「……そう」
エウフェーミアの身体から、フッと怒りのオーラが消えた。
「怖がらせてごめんなさいね。
でも説明はちゃんとして」
「わ、わかった」
勇輝はそう言うことしかできなかった。
もっと色々と、気のきいた謝罪くらい言うべきであったが、頭が真っ白になってしまってうまく思いつかない。
怪物を退治する者は、それ以上の怪物なのだ。
勇輝は恐怖とともに思い知った。
「思いついたのは、敵の武器や防具を変形させてしまおうっていうアイデアだったんだ」
勇輝はエウフェーミアたちの前であらためて新技を披露した。
まずはサンプルとして等身大の騎士道鎧を作り出す。
チョイと魔力を流すと、ニョキっと地面から鎧が生えてきた。
こういう魔法は勇輝の得意技だ。
「鎧の中を変形させて敵に突き刺せば、絶対に回避できないし、即死レベルの大ダメージを与えることができる」
勇輝が鎧の胸に手をあてると、鎧の背中から槍が突き出てきた。
胸部分の金属を槍に変えて、内側から突き破ったのだ。
「兜を万力に変えて締め上げれば、頭蓋骨を砕いて破壊することができる。
これも回避のしようがない」
兜を触ると、左右から不自然にひしゃげてきて細長い筒に変わってしまった。
もし誰かがこれをかぶっていたとしたら……、とても生きてはいられないだろう。
鎧や兜というのはしっかりと身体に固定しておくものだ。
そうしないと戦闘中にはずれてしまうから。
だから鎧兜そのものを武器に変える勇輝の新技は、発動したら最後、絶対に回避できない。
「そこまでしなくても、足や腕の関節部分を曲がらなくしてしまえば動けなくなる」
勇輝が鎧の腕にさわり、同時に足を軽く蹴る。
するとどちらもただの棒状に変形し、曲げることができない欠陥品に変わった。
これでは武器を振れない。
歩くこともできない。
「守護機兵っていうのは全身が金属の塊だから、その……。
大きいものは時間がかかるけど、こういうことも可能なんだ」
もはやグチャグチャに変形してしまった騎士道鎧に、勇輝はとどめの一撃を加える。
といっても拳でコン、と軽くノックしただけだ。
次の瞬間、鎧のいたるところに細かい亀裂が走り、やがて細切れとなって地面に散らばった。
「なるほど、ね」
エウフェーミアはポツリとそれだけつぶやいた。
先にマルツォのほうが思い切りやれ、と勇輝に言った。
勇輝もそれにしたがい、思い切りやった。
その結果マルツォの全身はバラバラになった。
この事件の過失は双方にある。
勇輝だけを一方的に責めるわけにはいかない。
「……ごめん」
「わかったからもう謝らなくていいわ。
でもね、ユウキ」
エウフェーミアは勇輝に忠告した。
「あなた、この魔法を生身の人間につかってはダメよ。
これはさすがに残酷すぎるわ。
こんなものを使い続けたら、きっとあなたの心のほうが壊れてしまう」
「うん、そうする」
二人の脳裏に鮮血やそれ以外のものをまき散らし、のたうちまわる人間の姿がありありと浮かぶ。
そんな凶悪殺人鬼みたいな生き方を続ければ確実に精神の異常をきたすだろう。
『しかしマルツォを傷つけるとは大したものだ。
ユウキの力はすでに実戦を経験させてもよい段階に来ているのではないか?』
第七天使『ユリウス』が冗談まじりにいった。
地上の悪魔や人間とはすでに戦闘経験があるのだが、それは彼にとってノーカウントらしい。
あくまで世界の外側での戦闘こそ、彼にとって本物の戦闘なのだ。
『いや、まだだ。
ユウキは心・技・体、すべてが発展途上だ。
師として許可できない』
マルツォが大真面目に反論する。
『過保護すぎるのは戦士の育成を妨げてしまうぞ?』
『少女を戦場に駆り出すほど人手は不足していないはずだ』
勇輝のあつかいをめぐって二人が言い争いになってしまう。
『あら~、ユウキちゃんったら、モテモテじゃな~い?』
「え、そ、そうかな」
第四天使『アプリーレ』にオカマ口調でからかわれて、勇輝は引きつった笑顔を浮かべる。
自分の魂は男だ……とか言うのは、肉体を持たない十二天使には意味のない話だろうから止めにした。