老将、最後の夏
さてそんなこんながあって、本日の決勝戦である。
対戦チームはランベルトやクラリーチェが所属する神聖騎士団・遊撃隊チームと、聖都の名産品である白い人工石を日々作ってれくれている、石工組合チーム。
どちらも初心者らしいたどたどしさはある。
しかしここまで勝ち残ってきた強者同士、それなりに魅せてくれる。
「ランベルト!」
クラリーチェからの鋭いパスがランベルトにわたった。
「ハアアッ!」
鍛え上げられた理想的な肉体から、強烈なシュートがはなたれる。
ゴールキーパーも必死の形相で飛びついたが一瞬およばず、ゴールネットに突き刺さった。
「ゴオオオオオオルッ!
先制点は、神聖騎士団遊撃部隊チイイイイイムウウウ!」
司会者兼実況者が熱い叫びで会場をわかせる。
「キャアアア!」
「ランベルト様ステキー!」
「こっち向いてランベルト様ー!!」
若い女性たちの黄色い声がそこいら中から飛んできた。
長身、長髪、美形。
三つ全てをかね備えた男が活躍すれば、必然的にこうなる。
「フッ」
ランベルトは女性たちに向かって拳を突き上げた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
狂おしいほどに叫ぶ女性陣。
男たちは面白くなさそうにしている。
アシストしたクラリーチェも嫌そうな顔をしていたが、ランベルトは気づいていない。
「ああ……、ああいうことすると兄貴はホント似合うねー」
主催者席で勇輝は苦笑いしていた。
自分もあんな色男に生まれていたら、きっと人生いろいろ違っただろう。
いや結局は事故死してここに聖女としてやってきた運命か。
何にせよ、今日のヒーローはランベルトになりそうだ。
石工さんたちも頑張っているが、騎士たちとは日頃の鍛え方が違う。
前半はまだよかったが、後半になるとその体力差は顕著になっていった。
ピピ―ッ!
試合終了のホイッスルが鳴る。
「試合終了―ッ!
3-1で、遊撃隊チームの勝利イィィィィ!」
ワアアアアアアアアッ!
会場内が大歓声につつまれるのを聞いて、勇輝はイベントが成功したのを確信した。
土地もじゅうぶん固まったろうし、呪われていないことも証明できただろう。
自己評価では百点満点だ。
「フン!」
しかし、熱狂につつまれた会場内で一か所。
非常に冷めた空気を発している小さな空間があった。
それが強い力であったため、勇輝は敏感に感じ取った。
「若造が、チャラチャラしおって!」
五人ていどの集団だった。
全員こんなところなのに軍服を着ている。聖騎士団の誰からしい。
言葉を発しているのは一際高齢の老軍人である。
眉間に深い皺を刻んだ、厳しそうな老人だ。
「なんだぁ、あの爺さん?」
勇輝が小さくつぶやいた瞬間、老人はギロリとこちらを向いた。
(きづかれた!?)
まさかとは思ったが、完璧にタイミングは一致していた。
歓声はまだ鳴りやまずにいる。
ちょっとした声なんて聞こえるわけない……と思うのだが。
「フン!」
老人は視線をはずすと不機嫌そうに席を立ち、民衆を押しのけて去っていく。
部下らしき連中があとに続いていった。
「……何者だ、あいつら」
今だ熱狂冷めやらぬ会場内で、勇輝は新たな騒乱の気配を予感した。
勇輝をにらんだ老人は、名をグスターヴォ・バルバーリという。
神聖騎士団第三軍騎士団長、人よんで「最後の老将」。
神聖騎士たちの中でも現役最高齢をほこる、大ベテランである。
第三軍団は聖都の東門周辺の防衛を任務としている。
第一軍団が中央。
第二軍団が北門。
そして第三軍団が時計まわりの順番で東門、というわけだ。
一ヵ月前の魔王戦役の晩、もっとも深刻な被害をうけたのが彼の守護していた東門であった。
理由は魔王誕生の時の地震で城壁が崩壊したからだ。
最大の防御装置である城壁を失ったグスターヴォ団長は、民衆を避難させるために自分たちを盾とするしかなかった。
結果として民衆を守ることはできた。
しかし騎士たちの犠牲は夥しいものとなってしまう。
その中には、グスターヴォの後継ぎ息子もふくまれていた……。
「……お前たち、今日はここまででよい」
自分を慕う側近たちを早めに帰らせ、グスターヴォは単独で息子の眠る墓地へと向かった。
愛馬にまたがりゆっくりと歩かせながら、老将は強い日射しをあび、ときおり心地よい風にくすぐられる。
「ふぅ……」
ひたいに浮かぶ汗をぬぐった。
もう夏だ。
去年の今ごろは息子と《ケンタウロス》騎兵をならべ、草原を駆け抜けたものだった。
あの日の光景はまだ目に焼き付いている。
『父上、あの化け物は私が!』
『おい無茶をするでない!』
『大丈夫です、見ていてください!』
親の制止も聞かずに飛び出していくさまは、まるで自分の若いころを見ているかのようだ。
年老いた彼を置き去りにして、彼の息子は目前の悪魔を葬りさった。
その成長ぶりを見て、ああ自分の役目はもう終わったのだと、グスターヴォはそう思ったものだが。
あの魔王戦役で悲劇がおこった。
皮肉にも老いた自分が生き残り、まだこれからの息子が天にめされてしまった。
世の中というのはまったく、ままならぬものだ。
あの激戦の夜に召喚された天使の群れは、息子を無事に連れて行ってくれただろうか。
そんな風に考えた瞬間、あの赤眼の小娘の顔が思い浮かんだ。
老人は眉間の皺を深くして首をふる。
いまいましい。
聖女と呼ばれる娘が、あんな軽薄な間抜けだとは。
あんなていどの小娘に自分たちの功績が横取りされているとは。
いまや聖都の誰もかれもが口をひらけば聖女、聖女、聖女である。
聖女一人が聖都のために戦ったと思っている。
冗談ではない。
騎士団が命をかけて戦ったからこそ、あの小娘は活躍できたのだ。
本当に誉め称えられるべきは、地べたを駆けずり回り、戦場の露と散った同胞たちであるはずだ。
「わしの息子は、部下たちは、お前の踏み台になるために死んだのではない」
そんなことをつぶやいているうちに、目的の霊園にたどりついた。
真新しい墓石がたくさん並んでいる区画に、息子の墓もあった。
同じ日に死んだ者たちと一緒なら少なくとも寂しくはないだろう。
第三騎士団のものたちもたくさん、この墓地には埋葬されている。
「許せよ、ジャン」
老父は息子に謝罪をはじめた。
謝罪するためにこの場に来たのだ。
「父はおそらくお前のもとへは行けぬ。
わしはきっと地獄へ行くことになるだろう」
ただごとでない決意を胸に秘め、老父は亡き息子に語り続ける。
「それでもやらねばならぬ事なのだ。
騎士の一念、是が非でも通さねばならぬ。
それが父の騎士道なのだと心得よ。
さらばだ。もうここへ来ることもあるまい」
それだけ言うと老父は踵をかえした。
立ち止まることなく、ふり返ることなく、元通りの厳しい表情に戻って、馬を繋ぎとめていた場所まで戻ってくる。
「待たせたのう、さあ帰るぞ」
馬の首をなでてやりながら、そう話しかける。
だが、そこで老将はみっともない姿をさらした。
「ふんっ、ふんぬっ、このっ!」
馬にうまく乗れないのだ。
若い頃はヒラリと軽やかに飛び乗ったものだが、今や六十すぎの老体。
どんなにやせ我慢をしてみせても、肉体の衰えは隠しきれない。
「いいいよいしょっとぉー!」
全身全霊の力をこめて、老将はようやく馬上の人となった。
ブルルル……!
馬が不満そうにいなないている。
この下手くそ。そう言っているような気がした。
「ハア……、ハア……、ハア……!」
大量の汗をかきながら息を切らせているグスターヴォ団長。
馬にのれぬ騎士など、騎士とは呼べぬ。
もう限界なのだ。
現役最高齢の騎士。
もう年上どころか、同じ年のものすらいない。
それどころか年下の者たちが引退していくのを見送るような有様である。
残された時間はわずかしかない。
戦場で戦えるのはおそらくこの一年が精一杯だろう。
「今しかないのだ。今しか……」
老人は決意を新たにし、家路についた。





