エウフェーミアの十二天使
世界を外側から見てみると、さすがは魔法の世界、という光景がひろがっていた。
とんでもなく大きくてまん丸い空気の塊に、巨大な島がプカリと浮いている。
島からはたえず水が流れ落ちていて、それが「まん丸い玉」の底にたまると、天井まで登っていって雨として降ってくる。
それがこの世界。
地球に比べるとかなり小さいようだ。
おそらく地表面積は地中海周辺、つまりヨーロッパ、中東、北アフリカくらいしかない。
とはいえ人類にとって広大なことに違いはなく、世界のはじからはじまで踏破した者など数えるほどしかいないだろう。
「キレーなもんだなー」
まったく飾り気のない大ざっぱなほめ方をする相沢勇輝。
愛機クリムゾンセラフに乗って、現在宇宙空間で動きまわる練習中だ。
ここは世界の東の果て。
勇輝のオリジナル体である聖エウフェーミアの守護領域である。
今、勇輝はエウフェーミアにまねかれて、彼女の仕事ぶりを見学させてもらっているところだった。
『ホント、いつ見てもキラキラしてて、素敵よねえ?』
「あっ、う、うん」
話しかけてきたのは変なオカマ口調の天使型ロボット。
クリムゾンセラフと同じ熾天使タイプの白い機体。
エウフェーミアの十二天使・その四番、『アプリーレ』だ。
ちなみに人間が中に乗っているわけではない。
完全な無人機だ。
エウフェーミアはその強大な魔力によって、同時に十二体もの熾天使タイプをあやつって戦うことができる。
実に勇輝の十二倍以上の力があるということだ。
だがさすがに十二体も自由自在に動かすというのは現実的ではない。
燃料である魔力量に問題はないが、操縦が複雑すぎて手に負えないのだ。
だからそれぞれの機体に自由意志、つまり人工知能を積んである。
これによって十二体それぞれが自己判断し、千変万化する戦況に即時対応が可能。
これが伝説の聖女が誇る必勝戦術!
……のはずなのだが。
『もうユウキちゃんったら、カタイカタイ!
もしかしてキンチョーしちゃってるのん?』
「いっ、いや?
そ、そうういうわけじゃないんだけど?」
どうも、彼らのノリがイメージと違う。
神聖でもなければ組織的でもない。
世界最強の戦士たちのはずだが、ちっとも軍隊的でない。
『はじめての宇宙飛行だものね、緊張して当然だよ』
反対側から別の天使が近づいてきた。
薄緑色の熾天使タイプ。
同じくエウフェーミアの十二天使・その八番、『オクタウィアヌス』だ。
『大丈夫だよ、なにかあっても僕たちがかならず守ってあげるから』
「う、うん、どうも」
なんかこう、優しすぎて違和感がすごい。
こんなんでこいつら戦えるのか?
それとも戦いになると人格が変わるのか?
よく分からない。
とても気をつかってもらっているのは確かだけど。
クリムゾンセラフは二体の天使に導かれて、宇宙飛行の練習をつづける。
そのまま一時間ほどたっただろうか。
宇宙空間での飛行に勇輝が慣れてきたころ、三体は残り十体とそのご主人様、聖エウフェーミアが待つ宙域へと戻ってきた。
「フフッ、お空の散歩にはなれたかしら、おてんば姫様?」
聖女様はなんと生身で宇宙空間に立っている。
なんというかもう、色々と常識が通用しない。
魔法でなんか色々とやっているんだろう。色々と。
勇輝は深く考えないことにした。
あれはそういう生き物なのだ。
うっかり真似なんかしたら世にもマヌケな死をむかえることになるだろう。
『フム、しかしエフィに妹ができるとはな、長生きはしてみるものだ』
偉そうな態度で腕組みをしているのは鮮血のように赤い機兵。
第七天使『ユリウス』。
『これもまた天の導きでしょう……』
そう言って手を組み、祈りをささげるのは紫色の機体。
第二天使『フェブライオ』。
一体一体それぞれ特技も性格も違うそうで、なかなか覚えるのが大変だ。
今日は何体紹介してもらっただろう。
四体……? いや五体だったか……?
勇輝は人の名前を覚えるのが苦手だ。
じゃあ僕はだーれだ? とか聞かれると、かなりマズイ状況。
「えーっと、今日のところは顔見せだけして終わりなのかな……?」
勇輝のやる気ないひと言を、エウフェーミアは咎めた。
「なにを言うの。
これからが本番なのよ。
あなたも聖女なのだから、私たちの戦いを見ておきなさい」
「え、戦い?」
そう、とうなずき、エウフェーミアは宇宙の彼方を指さした。
「あなたもちょっとは変だと思ったでしょ?
なぜ私が自分で魔王を救いに行かず、あなたを作ったのか」
聖女が指さした方向。
はるか彼方から、邪悪な気配が接近してくるのを感じた。
何かが蠢ながら向かってくる。
巨大な、とてつもなく巨大な何かだ。
「本当は自分で行きたかったけど、行けなかったのよ。
この十年くらい、私たちは『あいつ』と戦いを続けているの」
パッと見、そいつはウネウネと蠢く触手のはえた、グロテスクな赤黒い塊だった。
だが機兵の目を望遠にしてよくよく見てみると、触手に見えたものが実は竜の頭であると気づく。
頭の数は、見えている部分で数十はある。
「あ、あんなんどうすんだ!?」
無理にファンタジー物の魔物に当てはめるとしたら、ヒュドラが一番近いだろう。
超巨大なレッドドラゴンの球形集合体。
戦うまでもなく、勇輝の手には負えない化け物だということがわかる。
「魔王って、人型だけじゃなかったのか!」
「ちがうわよ、あれは悪魔」
エウフェーミアは出来の悪い妹をジロリとにらんだ。
「魔王と悪魔の違いは大きさじゃなくて、元となった感情。
天使たちに教えてもらったじゃないの」
「ああ、そうだったね」
魔王は悲しみと苦しみの感情が集まったもの。
悪魔は怒りや憎しみの感情が集まったもの。
「じゃあ、目の前にいるあいつは」
「どこか別の世界を滅ぼして、次の目標にここを見つけてしまった悪魔よ」
「別の世界!?」
思いもよらぬ話が出てきて、勇輝はただ驚くしかない。
本物の聖女に与えられている使命は、壮大さの次元がちがった。
「あなたを他の世界から招待したように、この宇宙には他の世界が数えきれないほど存在しているの。
そこにも人がいて、人がいるから魔王も悪魔もいる。
だけどすべての世界で人類が勝ち続けるというわけには……いかないのよ」
「……じゃああいつを生みだした世界は、もう?」
エウフェーミアは重々しくうなずく。
勇輝はあらためてドラゴンの塊を見つめた。
いったいどれほどひどい出来事があって、ここまでひどい悪魔が生まれてしまったのだろう。
もはや何があったか確認するすべはない。
その世界は、みずからが生みだした悪魔によって滅亡してしまったのだ。
「これ以上ひどいことはさせないわ。
わたしたちの世界はかならず守ってみせる。
ユウキはここで見ていなさい、私のそばから離れてはだめよ」
紅瞳の聖女は両手を広げ、十二体の使徒にお願いした。
「みんなお願い。
くれぐれも無理はしないでね」
主のために、十二体の熾天使タイプが一斉に動き出した。





