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聖女×ロボット×ファンタジー! 死にたくなければモノ作れ、ものづくり魔法が世界をすくう!  作者: 卯月
第一章 聖なる都に聖女(♂)あらわる

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第三十八話 正義の門

――ケーケーケーケ!

――キャーッキャッキャッキャ!

――ギチギチギチ……ギチギチギチ……。


 無事魔王の近くへとたどり着いた一行を出迎でむかえたのは、背徳的な狂気の笑い声。

 悪魔どもはみな狂喜乱舞きょうきらんぶし、邪悪なうたげきょうじていた。


『こりゃあ、とんでもねえな……』


 魔王ディアボロスの巨体を見上げて、リカルドがうなる。


 機体がふるえるほどの大声で泣き続ける大巨人。

 雲をつくようなその巨体は、リカルドたちが乗っている《ケンタウロス》の何十倍、いや何百倍もの大きさになるだろう。


 その巨体に、千をゆうに超える悪魔ディアブルたちがびっしりと群がっていた。


 昆虫型の悪魔ディアブルたちは、樹液をすするかのように一心不乱いっしんふらんむさぼり食らっている。


 鳥型の悪魔ディアブルたちは、奇声を上げながら鉤爪かぎづめくちばしでなぶるように破壊を楽しんでいた。


 羽根の生えた蛇や頭が三つもあるミミズは、魔王の身体にどちらがより大きく長い穴を開けられるかをきそって喜悦きえつひたり。


 八つの手足と八つの眼を持つ蜘蛛くものような手長猿てながざるたちは、泣き叫ぶ魔王の声を嬉しそうに聴いてはそれぞれの手を叩いてわらっていた。


 泣き叫ぶ無抵抗の者をあらゆる手段でいたぶり尽くして、悪魔ディアブルたちは本当にたのしそうに暴れまわっている。


『な、何て事……ウッ』


 機兵たちの中から、クラリーチェが吐き気をもよおす声が聞こえた。

 他の騎士たちからも、ため息ともうなり声ともつかない音が聞こえてくる。

 想像とはまるで違った実態に、騎士たちは戸惑いを隠しきれずにいるようだ。


 これは王と臣下などという関係では断じてない。

 まるで獲物に群がるけだものの群れだ。

 悪魔ディアブルたちは、泣き叫ぶ巨大なにえに群がって狂喜しているのだった。


『おぞましい、これほどみにくい光景を見たのは生まれて初めてです!』


 ランベルトが無遠慮に怒りをあらわにしている。

 同意する者は多そうだ。


 それは見渡す限りどこを切り取ってもおぞましく、そして不愉快ふゆかいな空間だった。

 人間の姿と声を持つ存在が一方的になぶられ食い物にされている。

 人としての自尊心を持つものなら、なげきそしていきどおらずにはいられない光景だった。





『おい、これ以上は近づけねえぞ、どうする』


 クリムゾンセラフを地面に下ろしながら、リカルドがたずねてくる。

 魔王と勇輝の距離は、勇輝の目測もくそくだとおよそ三百メートル。

 これ以上機兵で接近すれば悪魔ディアブルの群れは、新たな獲物としてこちらに襲いかかってくるだろう。


『多分ここで大丈夫です、ありがとうございました』


 そう言いながら立ち上がろうとするがやはり機兵が異常に重たく感じられて、思うように動かない。

 勇輝は片ひざを立てた姿勢のまま、それ以上機兵を動かすのをあきらめた。


『すいません、ヴァレリア様に通信を繋いでもらえませんか、遠距離はちょっと辛くて……』

『ったく、本当に大丈夫なのかよお前』


 そう言いながらリカルドは本部と通信をつなぎ、クリムゾンセラフとの中継なかつぎになってくれた。

 勇輝は少し苦笑した。

 心配そうにしながらも文句を言い、でも結局協力してくれる。

 そんなリカルドのひねくれた優しさをちょっと嬉しく思う。


 今か今かと待ちかねていたのだろう、ヴァレリアはすぐに姿を見せた。


『ユウキさん、準備はよろしいのですね?』

「はい、お願いします。皆に始めるよう伝えてください」


 ヴァレリアはうなずき、通信を中断した。


『おいガキ……ユウキ、何をやるつもりなんだ』


 作戦説明の時に屋外にいたリカルドは、作戦の詳しい内容を知らされていなかった。

 だから勇輝はざっと説明する。


「援軍を呼ぶんです、これからそのための儀式を行います」

『援軍だあ?

 騎士団は全部避難誘導に使っちまって、予備戦力なんざ残ってやしねえぞ?』


 リカルドのごく常識的な解釈を、勇輝は聞き流した。

 説明するひまも体力もない。


『おい……』


 なおも食い下がるリカルドを、ランベルトが軽くたしなめる。


『上官殿、これは猊下げいかが承認なさった作戦です』

『フン』


 面白く無さそうに、リカルドは鼻を鳴らした。


『じゃ、始めます』


 そう言うと勇輝はクリムゾンセラフから降りて、荒れ果てた地上に姿を現した。

 フラフラと歩き進む小柄な少女の背中。

 誰もが不安を覚えずにはいられない。


『でも本当に、そんな事が出来るのかしら』

『さあ……、ちょっと分からないね』


 作戦内容を知っている兄妹だけが、祈るような気持ちで少女を見つめている。

 その時、遠く離れた場所から教会の鐘が鳴り響いてきた。


――リンゴーン、リンゴーン……。


 そしてそれに共鳴するかのように、違う方角からも鐘の音が聞こえてくる。


――ガラーンゴローン、ガラーンゴローン……。


 そしてさらに違う方からも。


――ガーン……ゴーン……ガーン……ゴーン……。


 鐘の音は四方八方、あらゆる方向から鳴り響いてきた。

 そして鐘の音と共に、魔力を込めたある種の《感情》が空間にち、あふれていく。


――ゴーン……! ゴーン……! ゴーン……!


『何だこりゃ、祈り、か……?』


――カラーン、コロ-ン、カラーン、コローン。


 この場にいた人間たちが感じ取ったのは、愛するものの無事を願う祈りの波動だった。

 それも一人や二人ではない。

 聖都に住まう百万を超える人々の祈りが、この生き地獄の中心点に凝縮ぎょうしゅくされていく


――カァーンン……カァーンン……。


『鐘の音に乗せて、魔力をここに集めているってのか。

 そのために聖都中の民衆を教会に避難させた……?

 何のために?』


 強いが、害意のある力ではない。

 だがあまりにも膨大ぼうだいな魔力の波動に、騎士たちも、そして魔王ディアボロスに夢中になっていた悪魔ディアブルの群れまでもが騒ぎ始める。


――ギィン! ギィン! ギィン! ギィン!

――ボーン……! ボーン……! ボーン……!

――キーン、コーン、カーン……。


 ここは全ての音が集まる中心。

 そして全ての魔力が集まる中心だった。

 いくつもの鐘の音と祈りがぶつかり合い、混ざりあい、巨大な渦巻うずまきとなる。


『何だこりゃあ!?

 お前一体なにするつもりだ!?』


 不覚にも動揺しているリカルドに、勇輝は妙に落ち着き払った態度で答えた。


「本当は、ちょっと想像がついているんでしょ?」


 勇輝は軽く笑っていた。


「怒りや憎しみは悪魔ディアブルになる。

 悲しみや苦しみは魔王ディアボロスになる。

 じゃあ、愛や正義は何になる?

 聖都中の魔力をかき集めて、聖女が何を呼ぶと思う?」


 勇輝は右拳を天に突き上げた。

 民衆の祈りの波動が、すべて彼女の上空に収束していく。


「そんなの、決まりきっているだろ!」


 空が輝きはじめた。

 光はどんどん大きく、まばゆくなっていく。


「ベアータ、お前らが本当に天国へ行ったっていうなら、この声が聞こえるな!」


 天をあおぎながら、己が殺した宿敵の名を叫ぶ。


「これが、この光が俺の力だ、俺の正義だ!

 俺はお前らが憎んだ人間の心で、お前らのイカれた正義をぶっ倒す!」


 激しい光は空をおおい、まるで太陽のように明るく聖都を照らした。


 この現象は、理屈の上では魔王ディアボロスが噴出してきた時と同じである。

「人の世」と「人の世ならざる世」の境界線となっているふたを取り払ったのだ。


 空をおおう光の彼方かなたから、誰もが待ち望んだ救いの手がついに姿を現したのだった。


 彼らは人とよく似た外見をしていた。

 そして背中から大きな白い翼を生やしていた。

 全身は神々しい光に包まれ、手には黄金の手槍と盾を持っていた。


『……神よ』


 誰かが思わずこぼしたそのつぶやきは、おそらく聖都中のあらゆる人が口にした言葉であっただろう。

 勇輝が開いた光の門から、幾千いくせんもの天使が舞い降りてくる。


 それはまるで神話を描いた絵画だった。

 火炎地獄と化した地上。

 光り輝く天上から舞い降りた天使の軍団。

 そして天と地の狭間で天使を待ち受ける魔王と悪魔。


 遠く離れた場所でこの戦いを見守っていたものたちは、まさしく伝説的な名画としてこの光景を見たに違いない。

 天使と悪魔は互いににらみ合い、そしてどちらからとも無く戦いを始めた。

 天使の槍が次々と悪魔を串刺しにし、消滅させていく。


――オオオオ……オオオオ……。


 魔王はずいぶんとその身体を傷だらけにして、今も変わらず泣き続けていた。

 天使たちは魔王の身体をその泣き声もろとも光の粒子に変えて消し去っていく。


『奇跡だ、これはまさに、何という奇跡だ!』


 誰がそう叫んだのか、いちいち確認する者もいない。

 皆が同じ意見であり、どんなに言葉をかざっても内心の感動を表現しきることはできない。


 それからほんの数分の内に、なげきの魔王はすっかりこの世から消え去った。

 一千年間たまり続けた人々の涙は、一滴たりとも残さず浄化されたのだ。


 魔王を浄化した天使たちは、群れを分けてそれぞれ四方しほうの空へと飛んで行く。


「まだ聖都に侵入していなかった敵も、あいつらが全部たおしてくれる」


 勇輝は恍惚こうこつの表情で語る。


「やっと終わったよ、全部」


 そう言い残して、勇輝は力尽きた。

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