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聖女×ロボット×ファンタジー! 死にたくなければモノ作れ、ものづくり魔法が世界をすくう!  作者: 卯月
第一章 聖なる都に聖女(♂)あらわる

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第三十七話 みんなの心、ひとつに束(たば)ねて

 勝った……。


 ベアータの死を確認した瞬間に、勇輝は全身の力が抜けて機兵を座らせてしまった。


「ハア……ハア……」


 いくら息を吸っても呼吸が落ち着かない。

 背中は冷や汗でぐっしょりとれ、少しでも気を抜くと気を失ってしまいそうだ。


「くそ……、せっかく休んだのに、よけい疲れちまった……」


 もう機兵どころか、自分の身体を動かすのも嫌だ。

 気絶しているランベルトたちの安否あんぴが心配だが、それを確認する気力もない。


『ランベルト、クラリーチェ、応答してください。

 ランベルト、クラリーチェ!』


 だからこの通信に受け答えするのも、今や一苦労だった。


 ヴァレリアの声。

 勇輝のクリムゾンセラフも受信している。


「……すいません、二人は気絶しています。

 敵に襲われました」


 声を出すのもしんどかったが、どうにか勇輝は受け答えをする。


「ベアータですよ、生きていたんです。

 けどもう……死にました」


 殺した、とは言いたくなかった。

 人はこれを弱さだとののしるだろうか。


『そうでしたか。

 三人ともひとまず無事なのですね?』


 その言葉に勇輝は苦笑した。

 三人とも機兵はズタズタだ。

 これで無事といえるのだろうか。


『すぐそちらに遊撃隊を向かわせます。

 しばらく待機していてください。それと……』


 ヴァレリアの顔に不安の色が混ざった。


『民衆の避難が一段落し、例の作戦の準備が整いました。

 あとはあなた次第ですが……?』


 露骨に心配顔をされて、勇輝はまた笑うしかない。

 確かにコンディションは最悪だ。

 気力体力ともに使い果たし、自慢の機兵は翼をもがれ片手まで失っている。


 だが、それでも勇輝はやらなければならない。

 気持ちだけは失われていなかった。


「俺はいけますよ、救助はランベルトたちだけで結構です。

 俺は直接魔王の所に向かいます」

『お体は大丈夫ですか?』 

「やります、やってみせます」

『………………』


 しばしの黙考もっこうをはさんで、ヴァレリアはうなずいた。


『分かりました、この聖都の運命はあなたにお任せします』


 勇輝はうなずき、通信を終えた。


「さてと……、ふんっ!」


 深呼吸を繰り返して、勇輝はクリムゾンセラフを立ち上がらせた。

 機体のダメージを回復させる魔力も残ってはいない。

 このまま歩いて行くしかないようだ。


 だが、それすらも不可能だった。

 五、六歩進ませたところでクリムゾンセラフは力を失い、ひざが抜けて立ち上がれなくなってしまったのである。


「あれ、おかしいな、あれ……」


 動かない。

 ともに何体もの敵を倒してきたこの紅い天使が、今になってちっともいうことをきいてくれない。


「頼むよ、これからが本番なんだぜ。

 あとちょっとでいいから……」


 だが無理だった。

 ほんのわずかな残りカスのような魔力さえも使い果たした勇輝は、もう機兵を操る力が無くなっていたのだ。


「くっそお……」


 ついに腕で支える事も出来なくなって、クリムゾンセラフはうつ伏せに倒れる。


「ダメか……、ハア……ハア……」


 限界を超えた疲労が重くのしかかり、意識が遠のいていく。


 閉ざした目蓋まぶたの裏にまず浮かんできたのは、勝ち誇るベアータの顔だった。


 次に浮かんできたのはランベルト、クラリーチェ、ヴァレリアの三人。

 みんなの顔が浮かんでは消えていく。


 そして死んだ祖母の顔が浮かび上がった。


(ばあちゃん、俺けっこう頑張ったよ。

 何度も死にそうになりながら頑張ったよ。

 もう休んでもいいかな……)


 目蓋まぶたの祖母は何も語らない。心配そうに見つめるだけだ。

 いつもの言葉も今回ばかりは言ってくれない。


 正しく生きろと。

 いつも勇輝にそう言ってくれたではないか。

 なのに今だけは言ってくれない。


(これが、本当に俺の限界なのか……)


 祖母の言葉も思い出せない。

 天使の声も聞こえなくなってしまった。


 疲れた。

 本当に疲れた。


 もう身体の痛みも感じない。

 クリムゾンセラフとの接続が完全に切れてしまったからだ。


 もう意識がたもてない。

 いや本当は、とっくの昔に意識なんて失っていた。


 勇輝の心は夢のような、夢でないような、にごった暗闇の中をただよっていた。

 自分で泳ぐ気力もなく、ただ流れに身をまかせてフワフワと漂う。


 何も見えない。

 何も考えられない。


 そんな中、声が聞こえた。

 誰かの悲痛な泣き声。


――ウオオオオオオオ……。オオオオオオオオ……。


 これは、魔王ディアボロスの声だ。

 人々の悲しみや、苦しみの集合体。


 そうだ、この声の主を救うのが、自分に与えられた使命だった。


 泣き続ける悲しみの声を聞いて勇輝は意識をとり戻した。


 今この地獄絵図を救えるのは、自分だけなのだ。


 聖なる都が燃えている。

 人々の幸せが死んでいく。

 自分はなんのために戦っていたのだ。

 この世界を守ると自分の心に誓ったからだ。


 祖母の教えをつらぬくと、あの青空に誓ったからだ!


「う、うおおおおっ!」

 

 勇輝は雄叫おたびとともにカッと目をひらいた。

 自分と愛機クリムゾンセラフに気合を入れなおす。


 力が戻ったわけではない。

 良いアイデアがあるわけでもない。

 だが勇輝はもともとゼロから戦うことを決めたのだ。

 魔法も、機兵も、すべて後からついてきたものだ。

 この心がすべての始まりであり、力の根幹なのだ。


 ここであきらめたら自分を支えてくれたランベルトとクラリーチェに申し訳ない。

 何度も重ねてわがままをきいてもらったヴァレリアも、身分を失うことになってしまう。

 あの騎士の人形を抱いていた男の子も、そのお母さんも。

 自分の勝利を祝福してくれた市民たちも。

 今、救いをもとめて祈りをささげている百万の人々も。

 

 みんなみんな、この手で守らなければいけない。

 そのために聖女はこの地に生まれてきたのだから。


「ウリャアアアアッ!」


 今にも倒れそうなほどよろめきながらも、ついにクリムゾンセラフは立ち上がった。


『うおっと、お前気絶おちてんじゃなかったのかよ!』


 至近距離から突然話しかけられて、勇輝は目を丸くした。

 いつの間に来ていたのか、目の前に見覚えのある《ケンタウロス》騎士団が集まっている。


『リカルドさん、いつからそこに?』

『救助命令を受けてたったいま着いたところだ。

 その損傷でよく生き残ったな』


 そういうリカルドの《ケンタウロス》も全身いたる所に傷を負っていた。

 隊長みずから剣を振るい、負傷しなければいけないほどの激戦をくぐり抜けてきたのだろう。


『ランベルトたちは?』


 リカルドは首無くびなし死体になった《銀の鷹アルジェント》を指さした。


『あの通り機兵はオシャカだが、中身は無事だ。

 まあしばらく使い物にならんがな』


 そう言いながら、リカルドは勇輝のクリムゾンセラフを片手でかつぎ上げた。


『まあガキ共にしちゃ良くやった、後は大人にまかせておきな』

『ちょ、ちょっと待った、どこに連れて行くつもり?』

『決まっているだろ、お前らを本部に持って帰るんだよ』


 当たり前の事を聞くな、と言って彼は歩き出した。


『ちょっと待った!』

『ああ?』

『どうせなら、俺を魔王の所まで連れて行ってください!』

『…………』


 わずかな沈黙の後、リカルドは恐ろしく低い声で勇輝に警告した。


『かまわねえが、お前そろそろ死ぬぞ』


 冷たい口調ではなかった。

 むしろ厳父の厚意とでもいうべき温もりがそこにあった。


『そうやって意地いじを張って衰弱死すいじゃくしした奴を俺は何人も見てきた。

 守護機兵ってのは便利な鎧だが、人の魔力を盛大に食いつぶす処刑椅子しょけいいすにもなるんだぜ』

『……それでもいい』


 勇輝の言葉にも、いつもの野蛮な荒々しさは無かった。


『みんなが命がけで戦ってる。

 敵も味方も、全員が。

 俺も自分の役割を果たさなきゃいけない。

 今ここでその役割から逃げたら、俺は一生下を向いて生きていかなきゃいけなくなる。

 生きている人にも、死んだ人にも、顔向けできなくなっちまう、だから』


 歴戦の勇士は、あきらめた様に深いため息をついた。

 おそらく今までも同じようなやり取りを繰り返してきたのだろう。

 

『わかったよ、送ってやるから少しだけでも休んでおけ』

『あ、ありが……んがっ!?』


《ケンタウロス》が突然ジャンプしたせいで、勇輝は舌をかんだ。


『静かにしてろ、しゃべると舌をかむぞ』

『そういう事は先に言え……痛てえ!』


 今度は頭をぶつけてうめき声を上げる。


『こちとら馬車じゃねえんだ文句を言うな、乗り心地は保証できねえよ!』


 瓦礫がれきの山を乗り越えながら、リカルドはそう叫んだ。

 と、そこで機兵の背中に声がかかった。


「待ってください、私もおともします!」

「わ、私も!」


 その声が首なし死体となっていた大鷹おおわしから聞こえてきたので、誰もがギョッと振り返った。

 見れば《銀の鷹アルジェント》からランベルトとクラリーチェの二人がはい出て来るところだ。

 二人とも意識を取り戻したばかりなのかひどく顔色が悪かったが、意地と執念だけはおとろえていなかった。


「ここまで来て戦線離脱とはあんまりでしょう、私たちも最後まで連れて行ってください!」

「ランベルトが行くのならこの私もついて行きます、この人は放っておくとどんな無茶をするか分かりませんから!」


 似た者兄妹のわがままに、リカルドは再度ため息をついた。


『ったく、どうしてこう死にたがりが多いんだ……。

 しょうがねえ勝手にしろ!

 お前ら、このクソッタレな聖女様ご一行を魔王のにえささげに行くぞ!』

『フッ、仕方ないですな』

『今日は厄日ですねえ隊長?』


 物騒ぶっそうな冗談にも部下たちは笑顔で答える。

 魔王の付近はもはや悪魔ディアブルどもの巣窟そうくつだ。

 彼らにとっても命がけの行動になるというのに、まったくあきれるほど見事なタフガイどもだった。 


『作戦開始だ、いくぞテメエらー!』

『オオオオーッ!』


 ランベルトたちを内部に乗せてから、《ケンタウロス》の集団が一丸となって走り出した。

 悪路あくろをものともせずに疾走しっそうするその様は、まさに半人半馬の幻獣さながら。


 瓦礫がれきの山を乗り越え。

 大地の裂け目を飛び越し。

 火炎地獄を駆け抜け。

 悪魔のかこみをいさましく突破していく。


『ははっ、こりゃ楽でいいやあ……』


《ケンタウロス》の走り方に慣れた勇輝は、遠慮なく脱力してリカルドにまかせっきりだ。


しゃべるなっつってんだろうが、このバカガキ!』


 勇輝たちを護る一団は、地獄と化した聖都の中を物顔ものがおで駆け抜けていった。

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