第三十六話 魔女の最期
『………………』
ベアータは無言で、ズタズタに損傷した機兵を立ち上がらせた。
『おいやめろ、もう勝負はついた』
『まだ……です……ゴフッ!』
ベアータが口から血を吐いた。
先ほどの爆発は内部にまで届いていたのだ。
それでもまだ、彼女は戦いをやめようとしない。
彼女の機兵は左手で剣を握りなおした。
……なぜわざわざ左手で?
右腕はすでに爆発で砕け散り、失われていた。
『バカ、それ以上動いたら死んじまうぞ!』
『何度、同じ事を言わせれば……、命など、問題では……ゲホッ!』
『やめろ!』
『やめられません!』
鮮血をまき散らしながらベアータは叫んだ。
その凄絶な形相に勇輝は息をのむ。
『同志たちは皆、私の作戦に従って殉教しました。
どうして私だけがおめおめと生き残れる!
彼らは今も、天から私を見守っているに違いないのです!』
黒い機兵がヨロヨロと危なっかしい足取りで近づいてくる。
もう走るだけの力も残されていないのだ。
持ち上げた剣にはもう力がない。
だが執念に燃える青い瞳だけは、異常に輝いていた。
その必死の姿を見て勇輝は恐れを抱いた。
油断すれば殺されるのはこちらだ。
和解どころか手かげんすら出来そうにない。
『そんなにあの仲間たちが大事だったのか』
勇輝の素朴な疑問を聞いて、フッ、とベアータは苦笑した。
血で汚れた微笑みは、なぜか今までで一番素直なものに見えた。
『強盗、恐喝、誘拐、詐欺、殺人……。
生きるためにはなんでもやった。
やらなきゃ、いけなかった……!』
本当に悲しそうな声で、彼女は罪を告白した。
ベアータなりの懺悔なのかもしれない。
聖職者殺しという大罪をおかした以上、彼女の生きる場所は暗黒街しかなかった。
つまり凶悪犯罪者たちが群れをなして生活している、最悪の危険地帯。
悪の中で生き残るためには、自分も悪に染まるしかない。
幸か不幸か、少女は生まれつき聡明だった。
暗黒街のルールは。
奪うか、奪われるか。
騙すか、騙されるか。
殺すか、殺されるか。
誰に教えられるでもなく、少女はその道のあり方を自分の目で見て学習し、自ら実践することができた。
より効率よく実践するために少女は人の心を捨て、やがて名前も捨てた。
捨てたと思うことで、少しだけ彼女の心は楽になれた。
『地獄の底みたいな人生を何年も這いずり回っていた。
そんな私に手を差しのべてくれたのは、あの人たちだけだった。
あの同志たちだけが、私に生きる道を教えてくれた。
絶望から私を救い上げてくれた。
あの人たちが、私にとってすべてだった!』
ドゥリンダナが最後の力を振りしぼって大地を蹴った。
『先に逝った同志たちのため、たとえこの身が砕け散ろうとも、お前だけは!』
『バカヤローッ!』
ベアータは上段から、勇輝は下段から。
両者の斬閃が交差する。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、クリムゾンセラフのほうが速かった。
『そんなに仲間を想えるなら、どうして他の人間も想ってやれない!
半分だけでも分けてやる気持ちがあれば、お前だって!』
腰から横一文字に両断されて、黒い機兵は地に崩れ落ちる。
『子供のお菓子じゃあるまいし……、好き勝手なことばかり言って……』
それが死に憑りつかれた黒き魔女、ベアータの最後の言葉になった。





