第三十五話 逆転の秘策
『それでお前は、ジゼルにあんなことを……』
『なんですって?』
『お前もジゼルも似たような孤児だったんだな……。
それなのにジゼルばっかり幸せそうにしているから許せなくって、だからあんな風に』
心の最奥に秘めていた隠し事を暴かれて、ベアータは顔色を変えた。
『な、なにをいきなり』
『だっておまえ、本当はアニータって名前なんじゃないのか」
『……!!』
ベアータは驚きのあまり返す言葉もなく、ワナワナと唇をふるわせる。
『見えたんだ、小さい頃のお前が神父みたいな人の家に連れられて行って、それで……』
一瞬の空白。
そして次の瞬間、ベアータの顔から理性が吹き飛んだ。
『あ、あ、アアアアアアーッ!!』
『うわっ!?』
錯乱した彼女がくり出してきた一撃は、今までで最も強烈だった。
『ちがう、ちがう!
そんな女はもういない!
死んだ! そんな女はもう死んだ!』
勇輝の伝えかたはさすがに無神経すぎたらしい。
彼女のもっとも繊細な部分に、無遠慮に踏み込んでしまったのだ。
『魔女! お前はやっぱり魔女よ!
許さない、私はお前を絶対に生かしておかない!』
ベアータは片手剣の柄に左手をそえた。
傷ついた右手の分をそれで補おうというわけだ。
その構えに相当の気迫を感じて、勇輝は焦りを覚えた。
利き腕を損傷させたとはいえ、こちらは片翼と左手首を失っている。
そしてあの瞬間移動能力は健在なのだ。
総合的な戦闘力ではどう考えても向こうが上だろう。
つまりこのままでは勝てない。
どうする、どうする?
勇輝は焦り、恐れ、しかしそれでも考える事を放棄しようとしなかった。
諦めたら、それは目の前の狂女と同じになってしまう。
よく見るんだ。よく考えるんだ。
魔力は少しだけ回復している、一度くらいなら何らかの形で仕掛けられるはずだ……。
『滅びなさい、新たなる世界のために!』
考えがまとまる前にベアータの方から仕掛けてきた。
瞬間移動で姿を消す。
『同じ手で何度も!』
勇輝はクリムゾンセラフを真横に小さくジャンプさせた。
直後、空間に斬光がきらめき虚空を切り裂く。
敵の動きを読んでいた紅い天使は素早く態勢を直し、逆襲の突きをはなつ。
『ウグッ!』
当たった。
突きはよけそこねた黒い機兵の左肩に刺さり、装甲を浅くそぎ落とす。
『子供のくせに、小ざかしい!』
ベアータは瞬間移動ではなく、後ろ跳びで間合いを取った。
そしてじりじりと横に歩いてこちらの様子をうかがう。
『あれ、自慢の瞬間移動はどうした。そろそろ疲れちゃったか?』
『ふん、たまにはこういうのもいいでしょう。
馬車の移動に慣れすぎると、自分の足で歩く事が恋しくなるものですよ』
明らかに強がりだった。
その証拠に彼女の呼吸は乱れ、額には汗が浮いている。
機兵のように巨大な物体ごと瞬間移動をくり返すのは、おそらく見た目ほど楽ではないのだ。
予想だが、自由自在に消える事が出来るのは、あと数回が限度。
だがその数回でこちらの攻めを避けきり、反対にとどめを刺すのは十分に可能な事だろう。
勇輝の体力もほぼ限界だった。
(…………ん?)
勇輝はドゥリンダナの足に付着している、白いものの存在に気がついた。
クリムゾンセラフの大きな白い羽。
おそらく片翼を切断されたときに付着したものだ。
(……どうして、あれがあんな所に?)
それは一見どうでもいいような事だった。
だがいまの勇輝にはそれがひどく気にかかる。
(もしかして、あいつの瞬間移動って、そういう性能なのか?
あれがそういう事ならば、こっちにも勝ち目があるぞ!)
勇輝は覚悟を決めた。
このまま普通に戦い続けても、十中八九こちらの負けだ。
ならば力が残っているうちに勝ち目のあるギャンブルを挑む。
自分はこんな所で力尽きるわけにはいかないのだ。
なぜならば、自分は世界を救うために生み出された聖女なのだから。
いちかばちかの大博打に出た勇輝は、奇怪な行動をとった。
その不可解な動きにベアータは思わず動きを止める。
『……何のつもりです』
どういうつもりなのかクリムゾンセラフはクルリと踵を返し、自ら背中を見せたのだ。
ベアータほどの技量があれば、機兵の心臓部、つまり勇輝が乗っている搭乗席を直接突き刺す事も楽にできる。
勇輝のとった行動は敵に最大の弱点をさらけ出す愚行だった。
だがそれだけに不気味でもある。
ベアータはうかつに攻めるのを躊躇してしまう。
『こういう、つもりさ!』
クリムゾンセラフは残された右翼を広げ、大きく羽ばたかせ始めた。
片翼だけで飛び上がれるわけもなく、無闇にバッサバッサと大きな音を立てて白い羽を周囲にまき散らす。
『奥義・羽根吹雪いいー!』
思いつきを口にしただけとしか思えないネーミングに、ベアータは苦笑した。
『何が奥義よ、そんな下らない目くらましが私に通用すると!?』
夜空に漂う羽根吹雪の中を黒い機兵は突進する。
勇輝はあわてて体勢を立て直し迎撃した。
『甘いですね!』
勇輝が回転しながら放った苦しまぎれの斬撃を軽々と受け流し、ベアータは勢いのまま体当たりをかました。
体勢が崩れていたたクリムゾンセラフは、その体当たりをまともに食らってその場に転倒する。
『終わりよ!』
『まだまだあっ!』
搭乗席を狙うベアータに向かって、勇輝は寝たままカウンターの突きを放った。
だがその突きも瞬間移動で回避されて空を切る。
ドゥリンダナは少し離れた地表に現れ、再び身構える。
『フン、そのしぶとさだけは評価してあげましょう』
『そりゃどうも』
『ですがもう勝負は見えました、あなたの腕では私には敵わない。
どうあがいた所で死ぬのがわずかに遅れるだけです』
勝ち誇るベアータ。
だが、勇輝は鼻で笑った。
『そいつはどうかな』
笑いながら、勇輝は傷ついた天使を立ち上がらせる。
『これは漫画で読んだ知識だが、切り札ってやつは最後の最後まで見せてはいけないもんらしいぞ。
お前は俺の前で瞬間移動を使いすぎた、そのせいで俺は攻略法を発見しちまったんだ』
『ふざけたブラフを』
『ブラフじゃない』
勇輝の顔は真剣だ。
自分の勝利をすでに確信している。
刀の切っ先を突きつけ、降伏を勧告した。
『降伏しろベアータ。俺の切り札は、すでにお前をとらえている』
黒髪の魔女は、キッと目をつりあげて叫んだ。
『ならばやって御覧なさい、もしできなかったらその小賢しい口を真横に引き裂いてやる!』
黒い機兵の姿が消えた。
『覚悟!』
背中から殺気を帯びた声が迫る。
だが勇輝はあわてない。
『なら仕方ないな』
直後、ベアータの機兵からいくつもの大きな爆発が起こった。
ドン! ドン! ドドドドドォン!
足、腕、腹、肩、頭。
いたるところが爆発して、装甲を吹き飛ばす。
『そ、そんな……』
うわごとのようにつぶやきながら、ドゥリンダナは地面に崩れ落ちた。
『遠隔操作爆弾っていってな、俺の生まれた世界の武器だ。
お前の瞬間移動はな、機体だけじゃなくて機体の周辺にある物まで一緒に移動してしまう欠陥品だったんだよ。
お前の足に羽根がついているのを見てそれに気づいた。
さっきの羽根吹雪は目くらましなんかじゃない、遠隔操作爆弾に作り変えてばら撒いていたんだ』
この場ににたどりつく直前、勇輝は同じように爆弾で蠅型の悪魔を一網打尽にしてみせた。
今回は羽根の一枚一枚を爆弾に作り替えたため威力は劣るが、軽量型の機兵を破壊するだけの威力は十分にあったというわけだ。
『羽根吹雪をハッタリだと誤解したお前は、機体に羽根が吸い付くのも無視してこっちに向かってきた。
あの時点で勝負はついていたんだよ』





