それぞれの朝 後編
「ルカ、俺が出かけている間、聖都のことは頼んだぞ」
「うん!」
勇輝がルカの茶色い髪をクシャっとなでると、ルカは嬉しそうに笑う。
「かえってきたら《ネクサスV》だよ!
やくそくだからね!」
「おうっ、バッチリ考えとくから楽しみに待ってろ」
「うんっ」
なんとこの二人、まだ《ネクサス》を進化させるつもりでいる。
未来の脅威にそなえてとかそんな大層な理由からではない。
ただただ欲しいからだ。
欲望、執念である。
今度はついに合体ロボに挑戦するつもりでいる。
両手、両脚、胴体、そして頭にエッガイ入りの機体を合体させて《超巨大合体ロボ・ネクサスV》を誕生させようという計画だ。
本体のネクサスを加工せずに外からくっつけるという方式なら、乗り手のルカに激痛をあたえるような事にはならない……はず。
名前をネクサス V にするかネクサス V にするか、なかなか悩みどころであった。
しかしよくよく考えてみるとランベルトの《神鳥Ⅱ》やベランジェールの《フーフー》がすでに高速回転しながらの突進技を使っている。
だったらファイブだろう……!
と、勇輝にしか分からない理由で新しいネクサスは《ネクサスV》ということになった。
「たのしみー」
「うん、俺もだ」
少女二人が男臭さ全開の趣味トークでキャッキャウフフしているのを見て、ヴァレリア・ベルモンド枢機卿はニコニコと微笑んでいた。
勇輝はルカを抱きしめたまま少しマジメな顔になって、義母にお願いする。
「留守中、ルカのことをお願いします、国母様」
「あらあら、よして下さいあなたまで」
ヴァレリアはめずらしく顔を赤くして恥じらった。
国母とは、最近彼女が民衆から呼ばれるようになった尊称である。
本来は女王様とか王妃様の中で、特に優れた人物にあたえられる尊称だ。
だから王家も皇室も存在しないこの聖都ラツィオで国母もなにもあるわけ無いのだが、物好きな知識人たちがわざわざヴァレリアにふさわしい呼び名はないものかと、探して持って来たのである。
今回の国難に関する一切を、教皇イナケンティス四世がヴァレリア・ベルモンドに丸投げしたという事実はとうの昔に知れわたっている。
そして見事に国難を切り抜けた今、聖都にヴァレリアを越える指導者はいないということが世界に証明されたのであった。
『国母』ヴァレリア・ベルモンドの名はある意味、教皇という至高の頂の上を行ってしまった印象を人々にあたえている。
偉くなりすぎてちょっと危険なのではないかと思えた。
「あの、俺の留守中、お気をつけて」
「はい?」
「えっとぉ……俺の生まれた国には『出る杭は打たれる』っていう言葉が」
「あら!」
勇輝の気づかう言葉を聞いて、ヴァレリアは嬉しそうに微笑んだ。
まるで母親が子供の成長を喜ぶような表情だった。
「あなたはわたくしの事を心配してくださっているのですね」
明敏なヴァレリアは勇輝の中途半端な言葉を正確に理解した。
優秀すぎるものは危険視されて排除される。
これはどこの国にもあるもので、勇輝もこの世界に来たばかりの頃に巻き込まれたことがある。
その時も目の前のヴァレリアがらみであった。
「ありがとう。
でも大丈夫ですよ。
今日にはじまったことではありませんからね」
まったく何でもない日常会話のような雰囲気でヴァレリアは言い切った。
直立した姿勢にも、表情にも、まったく動揺がない。
(……そういえば先代の教皇が刺されて死んだのに、この人は生きのびたんだよな)
勇輝はそれを思い出した。
教皇暗殺のあの日、おなじ刃で刺された教皇はその場で死亡。
それなのにヴァレリアは生きのび、それどころか現役の政治家として見事に復活している。
まあ刺された回数が違う。相手の気迫も違っていただろう。
だが明確に結果の違いがあるのもまた、事実だった。
この人もまたある意味で強者なのだ。
勇輝や聖騎士たちとは違う形で。
「それにね、ユウキ」
「はい?」
ヴァレリアの青い瞳に、一瞬だけ冷たい光が宿った。
「相手のほうから動いてくれた方が対処しやすい、ということもあるのですよ。
のばしてきた魔の手を捕まえて引きずり出せば楽に決着がつきます」
ゾクッ、と背筋が冷たくなるのを感じた。
この人は強い。色々な意味で。
「いってらっしゃい。
あなたもお気をつけて」
「は、はい!」
それぞれと別れの挨拶をすませ、勇輝は最後にルカの頭をなでて、そして離れた。
「もうご挨拶はよろしくて?」
「はい」
豪華絢爛な皇室御用達の大型馬車の前で待つマリアテレーズに一礼。
勇輝は魔法の指輪から愛機クリムゾンセラフを召喚する。
真紅の甲冑に身をかためた天使がフワリと地上に降りたった。
居並ぶ家族友人たちにとってもはや見慣れた光景。
だがしばらくは見納めだ。
『それじゃあね!』
天使に乗り込んだ勇輝は手をあげてそう言うと、大空へ飛び立った。
眼下にひろがる聖都を見下ろして、勇輝はつぶやく。
「いつ見てもキレイな街だなー」
『はい』
セラが言葉短く同意してくれる。
家も、道路も、城壁も、何もかもが真っ白な城塞都市。
勇輝が仲間たちと守りぬいた第二の故郷だ。
『ユウキ様、あちらを見てください』
「ん?」
『第三騎士団です』
言われて東の大地を見てみればいつもの草原に第三騎士団が集結していて、こちらに手を振っている。
「リカルドさん、来てないと思ったらあんな所に」
一生の別れでもあるまいし、クドクドとした会話なんて必要ない。
姿だけちょっと見せればそれでいい。
そんな偏屈オヤジの考えが伝わってくるような気がして、自然と顔が苦笑になった。
「行ってきまーす!!!」
リカルドに、そして聖都に大声で告げて、クリムゾンセラフは北にむかって飛びはじめる。
「なあセラ、ジェルマーニアってどんな国かな?」
『大都市と小都市が多数存在し連携を取りあっている、連邦国家です』
「ふ、ふーん?」
さらっと答えが返ってくることにも驚きだが、話の内容もよく分からない。
『皇帝をはじめ、複数の高位貴族たちがそれぞれ一つずつ聖都のような城塞都市を所有しています。
都市内部において貴族の存在は実質的に皇帝と同等です。
皇帝は最上位者として貴族の上に君臨していますが、直接統治に干渉する実力はありません』
「ふーん、まあ行ってみれば分かるか!」
『はい、私は聖女の鎧、どこまでもお供します』
相澤勇輝はマリアテレーズ皇女たちに導かれ、さらに北へ、北へ。
戦地だった大森林をも超え、未知なる大地へ行く。
行く先々で新たな出会いがあって、当然のように毎度毎度トラブルが待っている。
だがそれを延々と語りつづけても、しょせん蛇の身体に足をつけ加えつづけるだけだろう。
だから最後に一文だけ。
相澤勇輝の人生は、今後も似たようなものである(苦笑)。
ここまでお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました!
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