神になった男
――オオオオオオ……!
歓喜の雄叫びをあげながら、魔王が天使によって浄化されていく。
これで五体目。
世界各国に同時多発した魔王の存在も残すところわずかとなっており、事態の収束まであと少しだ。
この大事件を引き起こした張本人、聖イグナティウスは今日もはるか宇宙の高みから人類と天使が力をあわせて戦う様子をながめている。
「もう終わった」と宣言したのは本心であったらしく、毎日毎日地上をながめることしかしていない。
彼の弟子にして伝説の聖女、聖エウフェーミアは初めの頃こそ警戒していたものの、すっかり飽きてしまい自身の十二天使たちとお茶会を楽しんでいた。
「あの、お師匠様」
「なんだ」
自分の魔力で作り出した紅茶の香りを楽しみながら、エウフェーミアが問う。
とある疑問があったのだ。
「お師匠様は、神様に会ったことがありますか?
今回は世界の危機と言えるほどの事態だったのに、とうとう神様は姿さえ見せて下さいませんでした。
こういう時くらい、せめて声だけでも聞かせていただけたらなあって、そう思うのです」
「質問は簡潔におこなうものだ弟子よ。
質問内容は神に会ったことがあるか否かのみであろう。
それ以外の部分は雑味だ」
冷たくあしらわれて、伝説の聖女はプゥっと頬をふくらませた。
まったくこの師匠の人間味のなさといったら腹が立つ。
しかし。
「ある」
「……ある? あると言いましたか今!?
神様に会ったことがあるのですか!?」
「我は偽りを言わぬ」
「そのセリフは聞きあきました!
どういうお方なのですか!?」
この聖女エウフェーミアですら神には会ったことがない。声を聞いたこともない。
年甲斐もなく……などと言うと聖女に八つ裂きにされてしまうので禁句だが、エウフェーミアは興奮して師匠に詰め寄った。
しかし、期待に反して師匠の言葉は冷淡そのものだった。
「神はこの世界を創り、そして命を生みだした存在である」
「はい、それで?」
「……それだけだ」
「は?」
聖女の紅い眼は点になった。
「我ははるかなる古代、去りゆく神の大いなる背中を見ただけにすぎぬ。
身体の大きさはそうだな、この世界にも匹敵するほどであった。
神はこの世界を創りそして去っていった。
それ以上のことは我にも分からぬ」
「ええー、どうしてこの世界を創ったのか、とかご存知ありませんか?」
「知らぬ。
少なくとも地上で信仰されておる神の姿は人々が生みだした幻想である」
「夢もロマンもありませんね」
「意思の疎通がとれる存在であったかどうかすら定かではない。
しかし偉大な力を持つ存在だったのは確かだ」
「そうですね、こんなに大きな世界を創ってしまうくらいですから。
でもどうして創っただけで行ってしまったのでしょう」
「分からぬと先ほど言ったではないか」
ウーン、と小さくうなって考えてしまうエウフェーミア。
イグナティウスは地上をながめる作業に戻った。
一度は道をたがえた聖人たちであるが、ひとまず元の師弟関係に戻ったようである。
イグナティウスのおかした罪はどのような償いをしても償いきれないほどのものであるが、彼を裁けるほどの力をもつ存在がいない。
日本でいうところの「祟り神」みたいな存在としてあつかう以外に仕方がなかった。
さてここで宇宙の果てに飛ばされてしまったカリスのその後についても言及したい。
結局カリスは元いた世界への手がかりをつかむことは一切なく、広大無辺な宇宙を永遠にさまよい続けることとなる。
初めの頃こそ勇輝への憎しみや、元の世界への未練を心の中でつぶやき自我を維持していたカリス。
しかし完全なる暗闇の中で上下左右の感覚もない、朝も夜もない、他に誰も存在しないという過酷すぎる環境であったため、ついには耐えきれず発狂した。
自分の名前も忘れ、能力も忘れ、言葉も忘れ……。
何もかも失った状態でとても数えきれないほどの長い長い時間が流れた。
そしてある時、視界の端に何か光るものを見つけた。
それは「星」であった。
宇宙のすみっこに輝くたった一つの星。
とてつもなく長い時間、暗闇の中にいたカリスにとってそれはまさに宇宙で一番の宝物だった。
手をのばす。
しかし届くはずがない。
しかしそれでものばす。
「あれ」が欲しくてたまらない。
名前すら思い出せないが、それでも欲しくて、欲しくて。
今をのがしたらもう二度と手に入らないかもしれない。
もう嫌だ、真っ暗闇に戻るのは嫌だ。
欲しい欲しい欲しい欲しい……!
ああ……!
無情にもカリスの身体は星から遠ざかり、光はまた見えなくなってしまった。
カリスは悲しみのあまり叫んだ。
しかし宇宙空間では叫ぶことすらできない。
泣きたくなった。
しかし宇宙空間ではやはり泣くこともできない。
悲しくて、悲しくて、あまりの悲しみにカリスの精神が爆発した。
爆発がなんと光を生みだす。
あんなにも欲しくてたまらなかった光を、あろうことかカリス本人が生みだしていた。
そして彼は思い出す。
新たな生命を生みだすという彼の特殊能力を。
同時に様々なことを思いだした。
自分がかつて生きていた世界のこと、共存していた様々な生物のこと。
欲しい……!
カリスは思い出した能力で世界を創りはじめた。
かつてあった世界を、もう一度。
そう願って試行錯誤するも、まったくうまくいかない。
何度も何度も新しい世界を作っては捨て、作っては捨て。
そんなふうに捨てられた失敗作の世界でも、中には生命体がしぶとく活動をつづける場合があった。
そして中には人間のような知的生命体が誕生する場合もあった。
彼ら知的生命体たちは、自分たちを創造した偉大な存在がいることを理解し、そして妄想する。
カリスのことをろくに知りもしないでアレコレと決めつけ、こじつけ、勝手に慈悲深くて偉大な存在、「神」ということにしてしまう。
カリスはまったく思いもよらぬ形で、人とは似ても似つかぬ異形の生物たちに崇め奉られる存在となった。
そんなこととはつゆ知らず、カリスは延々と新しい世界を創り続ける。
おぼろげな記憶をもとに理想郷を生みだすその日まで……。
これらのことはすべてはるか未来のこと。
勇輝たちには一切関係のない出来事である。





