エッガイディバイドの未来?
勝利に沸き立つ聖騎士団。
勇輝も大歓声の中、リカルドにヘッドロックされながら頭をグシャグシャにかき回されていた。
そんな中、天から降臨してくる聖人二人。
一人はボロボロの衣服を身にまとった男。
もう一人は金髪紅瞳の絶世の美女。
緊張感から解放された直後に幻想的な光景を目の当たりにし、聖騎士たちはぼう然としてしまった。
「ユウキよ、汝らの勝利であるな」
大きな声は出していないのに、不思議とイグナティウスの声は全員の耳に届いた。
「……まだ続けるのか?」
勇輝の問いをボロの聖人は否定する。
「それは無益だ。
カリスなくして我が理想は達成できぬ
世界の救済は失敗に終わった」
「とか言って俺たちを油断させようって腹じゃねーだろうな?」
「我は偽りを言わぬ」
「じゃあ本当に終わり?」
「いかにも」
このイグナティウスという男、とてつもなく長生きしているせいか常人離れした風格がある。
奇妙なことだが、言葉に重みと信頼があった。
「それより汝のことだ、答えよ」
「あん?」
「汝はこの世をどう統治するつもりなのだ」
イグナティウスの言う意味が、勇輝には分からなかった。
「……は?」
「汝は新たな世界の王として器量をしめした。
しかしまだ実体を語ってはおらぬ」
「いや何の話をしてんだこの野郎!」
何か知らんが、妙にイライラしてしまう勇輝。
「汝の生みだした《エッガイ》は世界の構造を一変させる力を持つ。
ゆえに《エッガイ》を支配する汝には世界を掌握する力と権利がある」
「?????」
勇輝にはサッパリ理解ができない。
助けを求めてエウフェーミアの顔を見た。
しかし偉大なる造物主サマも苦笑いして首をかしげていた。
この聖女、何から何まで浮世離れしているので社会構造とかそういう話にはまったく疎い。
かわりに、後ろから「あー、なるほど」と言う声が出てきた。
口を開いたのは勇輝の義兄、ランベルトだった。
「知っているのか兄貴!?
熱血バカのくせに!?」
「……以前から思っていたんだが、君にだけは言われたくないぞ」
「それはいいから!
どういうことなんだ!」
「だから、結局、君は世界を征服しようとしているって話さ」
イラッ!
勇輝は口をゆがませ怒りを見せた。
だがランベルトはかまわず言葉をつづける。
「興味ねえって前に言っただろ!」
「エッガイなしで今回の勝利はありえなかった。
あの火力で倒せない敵はもはや世界中探してもいない。
それ以前に悪魔の元となる魔力を吸収して使うから、将来世界から悪魔は存在しなくなる」
少しぼんやりした表情でランベルトは語りつづけた。
彼も現在進行形で考えながら話している。
「悪魔が存在しなくなれば、人類は無限に繁栄できる。
城壁の中に閉じこもる必要がなくなるからだ。
この世界すべてが人類の土地になる」
口を動かし続けていた彼はふとイグナティウスを見上げた。
ボロを着た聖人は、若き聖騎士の発言を否定しない。
「だがそのためには、全世界にエッガイを配置する必要がある。
エッガイを作れるのは勇輝だけだ、だから世界各国はこぞって勇輝を招待するようになるだろう。
それから、ええと……」
ランベルトは言いにくそうにポリポリと指で頬をかいた。
「勇輝に嫌われた国は、今と変わらずせまい城壁内での生活を強いられてしまう。
だから人類は勇輝に逆らえなくなる……とあの人は言いたいんじゃないかな?」
ずるいことに、ランベルトは会話の主役を自分からイグナティウスに差し戻した。
勇輝の嫌悪感がむかう先を自分から他へそらしたかったのだ。
イグナティウスはそのあたりが徹底的に鈍感なので、普通に話の流れに乗った。
「その回答では70点だ、若き騎士よ」
「……まるで学問の師のようにおっしゃる。
我々は敵対していたはずでは?」
「争いは終わったと先ほど言ったではないか。
聞こえなかったのか?」
「あ、いえ……」
イグナティウスが心底不思議そうに言うので、ランベルトは困惑した。
どうやら負けたことによる怨恨は本当に無いらしい。
思考回路が常人と違いすぎるのだ。
なにせ人類を救済するといいながら、そのために総人口を十分の一にすると決定した人物である。
人の姿はしているが、人間同士で会話をしている気がしなかった。
ともあれ、イグナティウスはランベルトがたどり着けなかった残り30点部分を語る。
「純軍事的に考えるのをやめよ。
エッガイの力は他に転用できる。
農業に、工業に、運搬に、人が行っていることのあらゆる分野に転用が可能なはずである。
人の役割はただ人口を増やし続け、増殖した人類すべてでユウキを崇め奉るのみだ」
《エッガイ》の部分をそのまま《機械》に置き換えれば、ほぼ地球の現在と重なる。
かつて人類は重い荷物をかかえて数百キロもの距離を人力で運んでいた。
いまそんなことをしているのは登山やウォーキングが趣味の人だけである。
昔は人間が肉体労働でやっていた仕事を、機械にやらせる。
こちらの世界もいずれはそういう時代が来る、ただし勇輝に愛された者たちだけの時代が。
そうイグナティウスは主張していた。
『可能です』
クリムゾンセラフの人工知能セラが、あっさりと認めた。
『すでに人間が農地や工場ではたらく様を、我々は学習しております。
エッガイそのものに代行させることもできます、もっと適した機体があるならばそちらにデータを複製するのもよいでしょう』
いつものコピペでOKですよ発言がきた。
しかしそれは「コピペで世界征服ができますよ」発言なのだが、分かっているのだろうか。
かつて「デジタルディバイド」という言葉が二十世紀末から二十一世紀初頭にかけて世界で流行したことがある。
インターネットの恩恵を得られる人と得られない人では大きな格差が生まれてしまうので、改善しなくてはいけないという説だ。
これからこっちの世界は「エッガイディバイド(仮称)」が発生するという。
エッガイを与えられるか否かで人類の生活様式は一変する。
与えるか与えないかを決めるのは勇輝の心ひとつだ。
なるほどこれは悪用しようと思えば莫大な権益を生む。
実質的な世界の支配者と呼べるかもしれない。
だが。
「興味ねえよ、そんなこと」
当然のように勇輝はそうつぶやいた。





