我執の炎
『なぜ人間とはこうも無意味なことに固執するのだ』
『ヌオオオオ!!』
気炎を吐きながら振り下ろされるグスターヴォの槍。
それをカリスは父が子をあやすように受け止めた。
ゴキッ!
カリスの左鎖骨が砕けて陥没する。
だが数秒後には元通り復元されてしまう。
『ガアッ!』
振り下ろした槍を今度は振り上げる。
ガコッ!
渾身の一撃があごをとらえ、巨大な顔をわずかに浮き上がらせた。
『竜巻ィ、全力でいけえええィ!!』
『了解っ!
うおおおー!』
部下の風使いが全力で竜巻をはなつ。
すべての魔力を一点集中した攻撃を受けて、カリスは一歩だけ後退した。
『……満足したか?』
全身全霊の一撃が決まっているのに敵は涼しい顔。
天馬騎士に乗っている三人は苦い顔になった。
『チィッ!』
聖都最強の守護機兵天馬騎士。
おそらく全世界規模でもトップクラスの強さを誇るはずだが、それでも相手がここまで巨大ではパワーが足りない。
それでも善戦しているほうだが……。
地上ではなおも射撃戦がつづけられている。
天馬騎士以外の飛行型機兵も空へ上がってきてカリスの視界内に集まって来た。
ラスボスが「配下になれ」などと言ってきたところで今さら無意味である。
聖騎士団はとことんやり合う気だ。
彼らはあまりにも多くの想いを背負ってここまで来ている。
裏切りなどありえない。
『どうあっても我執を捨てられぬか。
これから訪れる《白き世界》には持って行けぬというのに』
我執とは己の中に恒常不変の実体があると考えて執着することを言う。
グスターヴォたちの場合、若き頃より徹底的に叩き込まれてきた騎士道へのこだわりがそれにあたる。
『大きなお世話じゃい。
今さら他にどんな生き方がある』
『剣のかわりに鍬を持つといい。
槍のかわりに釣竿を持つといい。
吠えるかわりに歌をうたえばいい。
なんなら昼寝ばかりして余生をすごしてもかまわぬ』
『それこそ漢は地獄と呼ぶのだ!』
全身あますところなく闘気をたぎらせて、老将はかなわぬ敵に立ちむかう。
『昼寝ぇ!?
そんなモン監獄の中で毎日20時間はしておったわ!』
「それもはや昼寝って言わなくね?」
だれかがボソリとつぶやくが無視。
グスターヴォの耳は都合の悪い言葉が聞こえないようになっている。
『メシ食うか寝るかしかない生活がどんなに苦しいか。
退屈にまさる苦痛はないぞ。
この身が朽ち果てるまで寝ておるくらいなら、いっそ生きながら魔獣のエサになるほうがマシ!
それが漢というものよ!』
「いやそんなの多分アンタだけ……」
都合の悪いツッコミは聞こえない。
『楽園のお膳立てなど我らには不要!
ふやけた笑顔なんぞ見せては、散っていった朋輩に申しわけが立たぬわ!』
グスターヴォの目に闘志がみなぎっていた。
手ににぎる槍にもみなぎっていた。
力いっぱい食いしばる口元にもみなぎっていた。
足にも、胴にも、肩にも、何もかも。
周囲を満たす空気にまでみなぎっていた。
あまりにもみなぎっているものだから、そばにいる人間たちまで感化されて同じようにみなぎっていた。
天をも焦がさんとする闘気の火柱を見て、カリスはついに諦める。
静かな殺意をこめて小虫のように小さき者どもをジロリと見下ろす。
気の弱いものならその目つきだけで失神しそうだった。
『ならば汝らは滅びるより他にない。
聖イグナティウスも我も、二度と汝らを思い返すことはないであろう』
『もとより望むところよ!』
気炎をあげながら突撃していく天馬騎士であったが、また巨大な手によって叩かれてしまう。
最前線で奮闘する老将が遠くへ飛ばされていった隙に、巨大な天使は左右の翼を広げた。
漆黒と純白、二つの翼が左右にひろがる。
ただそれだけのことで暴風が吹き荒れ、飛行型機兵たちは大きく姿勢をくずした。
『出でよ、眷属ども』
羽根の一枚一枚が変化しそれぞれ漆黒と純白、二種類の天使があらわれた。
数は聖騎士団とほぼ同数。
感情のない石像のような顔で武器をかまえ、襲いかかってくる。
『油断するな、やるぞこいつら!』
副官リカルド・マーディアーから鋭い声が飛ぶ。
いよいよ最終決戦らしい光景になってきた。





