因縁の三人、ふたたび
『リグーリアが落ちた、ってことはグレーゲルの奴も先に逝っちまったかあ。
ホント死にたがりな奴らだよな』
やけになれなれしく話しかけてくるフォルトゥナート。
しかし部下の第四騎士団員が乗る守護機兵は澱みない動きで接近してくる。
笑顔の裏で暗躍してきた彼ららしいといえばらしい行動だ。
「どうしてわざわざこんな場所に!?」
装甲馬車を全力で走らせながら、ベランジェールが叫ぶ。
広く戦場全体のことを考えればフォルトゥナート達の行動は意味不明な悪手である。
だが後方待機していたベラン隊にとっては悪夢のような奇策であった。
前線に援軍を送ってしまったせいで迎撃できるだけの兵数がいない。
逃げるしか方法がないが、それもはたして可能かどうか。
『いやいや、バックレる前に最低限の義理は果たしておかなきゃなって思ってさ』
必死に逃げるベラン隊。
猛然と追う第四騎士団。
フォルトゥナートの笑顔があまりに屈託がなくて、緊迫した状況なのにどこか現実味が無いようにベランジェールには感じられてしまった。
『ありゃあダメだ、望みねえわ。
あっ、《呪われし異端者たち》の連中の話ね』
本当かウソか、気さくにペラペラと内情を話し始める。
どうやら本当にすべてを捨てて外国へ逃亡するつもりらしい。
さすがは無責任男。
『アホなお兄ちゃんが死んで少しはマシになるかと思ったんだけどさ。
妹は妹でなーんにもできねえ人形みたいな女でよ。
ホント世の中って寒いやつばっかでイヤになっちまうよなー。
アハハハハハ!』
馬車内のスピーカーから響くゾッとするような笑い声。
感情の根底に殺意がある。
どうせ殺す相手だからどんな態度で接してもいいや、そんな考えなのだろう。
逃げる仲間たちの背中に矢の雨が降りそそぐ。
第四騎士団の面々は短弓を用意してきていた。
不幸中の幸いだったのは矢が必殺の爆裂矢でなかったことだ。
以前の戦いで第四騎士団は手持ちの爆裂矢を使い果たしていたらしい。
だが即死でないというだけで、負傷者は続々と増えていく。
大事な仲間たちの悲鳴を聞いてベランジェールはたまらない気持ちになった。
「どうしてこんなに酷いことばかり!?」
『酷い? ハハッ。
まあちょっとした私怨』
「私怨……?」
『北伐でお前にしてやられたのがシャクにさわってね。
この国を去る前に仕返しをしておこうかなって』
「そんなことで……!」
騎士団総長と第一騎士団長を同時にうしなった第一次北伐の大敗北。
あわや全滅の危機という状況で意外な活躍をみせたのがこの第二騎士団長ベランジェールであった。
あの日、第二騎士団と第五騎士団が辛くも生き残った。
両騎士団が存在していなければ、その後の戦況は大きく変わっていた可能性がある。
五千もの悪魔を率いたエンリーケに快勝。
そして今日リグーリアも陥落させた聖騎士団。
けして聖女だけの活躍でこうなったわけではない。
――あの日、こいつらが全滅していればこんなことには。
フォルトゥナートにとってはそういう苦い経験になってしまったようだ。
だからといって戦場に私怨を持ち込むのはよろしくない。
彼はもはや本質的な意味でこの戦場を捨てているのだ、だからこんな事ができる。
勝敗はどうでもいい、自己満足的な爪痕だけ残してここを去ろう。
その爪痕というのがベランジェールの命だ。
敗れはしたものの聖騎士団幹部を二人も殺した男。
そういう肩書を持って国外逃亡する予定なのだ。
なおも逃げるベラン隊。
しかし弓矢によって負傷させられ、隊員たちが一人、また一人と離脱していく。
第四騎士団員たちはそんな雑魚たちには目もくれず、装甲馬車に乗った女騎士団長だけを追いつづけた。
ベランジェールもただ闇雲に逃げているわけではない。
すでに戦勝報告の届いているリグーリアにむかっていた。
援軍要請もすでに送っている。
もう少し、もう少し粘れれば、味方がきっと……。
『残念だけど、味方は間に合わねえよ?』
まるで心を読んだかのようなタイミングでフォルトゥナートがささやいた。
『なにせオレちゃんたち時間だけはたっぷりあったからさ?
とっくの昔に伏兵は配置ずみだったりするんだよねえー?』
ベラン隊の進行方向上に守護機兵の群れがいた。
こちらにむかって猛然と駆けてくる。
「そんな……」
ベランジェールはうわ言のようにつぶやいた。
『ハハハハ!』
勝利を確信してフォルトゥナートが笑う。
『兵の配置ってのは敵の動きを予想してやるものさ!』
グスターヴォじゃあるまいし、劣勢でそのまま戦ったりはしないだろう。
必ず逃げて味方と合流しようとするはず。
そう計算して伏兵を配置しておいたのだ。
ベランジェールはたまたまリグーリア方面を目指して逃走したが、反対側にも同様の罠がしかけてあるのだろう。
どっちに逃げても袋のネズミ。
これでチェックメイトだ。
そう思って笑うフォルトゥナートの耳に、聞きおぼえのある男の声がとどいた。
『その通りだなフォルトゥナート。
兵は敵の動きを予想して配置するものだ』
笑みを浮かべていたフォルトゥナートの顔色がかわった。
「どうして……」
ベランジェールが驚き、口元をおおった。
「どうして貴方がこんなに早くここにいるの!?」
ベラン隊の前にあらわれた集団は、一旦左右に分かれてベラン隊をやり過ごし、後方にまわる。
彼らはベランジェールを殺しに来た部隊ではない。
助けに来た部隊だった。
「マキシミリアンさん!」
先頭を走って来たケンタウロス騎兵の乗り手は、第五騎士団長マキシミリアン!
後ろにつづく者たちももちろん第五騎士団の団員たちだった!
『途中で出会った者たちはすでに地獄へ行ったぞフォルトゥナート。
お前もすぐ合流させてやる』
『……どういうことだ』
あまりにも早すぎるマキシミリアンの到着。
フォルトゥナートはわずかに動揺している様子だった。





