不合理ゆえの奇襲
今なにか自分のことを騎士団総長だと言われたようで、リカルドは言い返した。
『自分はしょせん副官にすぎませんが?』
『すっとぼけるのはよさんかぃ。
あんな小娘がいつまでやっていけるものか。
残っておるのは貴様しかおらん』
『迷惑な……』
リカルドは心底いやそうな顔をした。
勇輝はあくまで臨時の騎士団総長『代理』。
この戦いが終わったら正式な総長をあらためて選出しなくてはいけない。
現在の騎士団長たちの中でもっとも戦歴豊富なのがリカルドだ。
だからお前がやるのだと、グスターヴォはそう言っている。
『小僧、いまは力の時代よ。
強い奴は楽をさせてもらえんのだ。
あきらめて働け!
ガッハッハッハ!!』
言いたいことを一方的に言い捨てて、グスターヴォは戦場の奥へ行ってしまうのだった。
『好き勝手言いやがって、ったく……』
苦々しくつぶやくリカルド。
普段はイジる側だけにイジられるのは苦手だった。
それからさらに戦闘はつづいた。
前線で暴れるグスターヴォ。
後方で指揮をとるリカルド。
この環境は実にバランスがよく、聖騎士団は善戦がつづいている。
少し簡単すぎる気がしてしまい、リカルドは部下に命じて周辺の見張りを強化していた。
『なんじゃリカルド気持ち悪いことしくさって、心配事か?』
グスターヴォの口汚い雑言に対し、リカルドは不満そうなセリフを口にする。
『いや、この流れで『奴ら』が姿を見せねえってぇのがね、気にくわないんですよ』
『奴ら?』
『第四騎士団ですよ、奴らこの状況に便乗しねえってこたぁ、ケツまくって逃げたんですかね……?』
裏切り者の第四騎士団。
団長のフォルトゥナート以下、かなりの曲者ぞろいだ。
良くいえば戦術理解の深い集団なのだが、絶好の機会である今、なぜか攻めて来ない。
ここで攻めなきゃあとはジリ貧だというのに姿を見せないのはおかしいのだ。
だから逃げたのかもしれないと、リカルドはそう考えはじめていた。
《呪われし異端者たち》は雑多なカルト宗教団体の集合体だ。
末端組織までふくめると世界各国のあらゆる土地に存在し、潜伏場所に困ることはないだろう。
この戦いにはもう見切りをつけ、いつの日かの再起をねらう。
そんな考え方もありと言えばありだ。
『つまらん小物なんぞ放っておけぃ!』
グスターヴォは単純明快に考えることを放棄した。
『天下分け目の決戦から逃げるような腑抜けなんぞ、どこへ行っても歓迎されんわ!
何をたくらもうが恐れるに足りん!』
『はあそうですか』
この老人は戦闘職人として純粋すぎるようだ。
ややこしい話はするだけ無駄らしい。
それから少々の時間が過ぎたころ、リグーリアにむかっていた遊撃隊から戦勝報告がもたらされた。
ガキどもは自分たちの仕事をちゃんとやり終えた。
あとはリカルドたちが目の前の敵を蹴散らせばいいだけだ。
それで今夜はうまい酒が飲める。
一方、こちらは後方支援担当、第二騎士団。
ルカと《フーフー》が命令を受けてリグーリアにむかい、草原にあらわれた悪魔との戦いに援軍を送り、ベランジェール団長の周辺はすっかり手薄になっていた。
彼女の周囲に残された戦力は側近の女性騎士隊《ベラン隊》のみ。
しかし前後の戦場とは離れた位置に布陣しており、危険はないものと思われた。
「リグーリアの奪還に成功……!
やったよみんな!」
『よっしゃー!』
遊撃隊からの戦勝報告を聞いて大喜びするベランジェール。
ベラン隊の仲間たちも黄色い歓声をあげながら、手を叩きあって喜びを分かちあう。
「今夜からリグーリアのホテルでぐっすり眠れそう~」
などとのん気なことをつぶやいている所に、急報がもたらされた。
『敵機発見!
敵守護機兵がこ、ここに向かって来てるよ!』
盛り上がっていたテンションは、一気に氷点下にまで落ち込んだ。
敵の正体は第四騎士団だった。
なぜこんな後方に。
今まで前線の味方が発見できなかったということは、よほど早い時間からうんと遠回りして進軍してきたということである。
戦力の無駄使いもいいところだ。
普通は前線で戦っているリカルドたちの側面を突かなければいけない場面なのに。
それができる実力のある、貴重な戦力なのに。
まったく理屈に合わない行動。
だからこそ、まったくの無警戒だった。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
第四騎士団のケンタウロス騎兵団が、横に広くならんで進軍してくる。
こちらを包囲して殲滅しようという構えだ。
『み、みんな防御隊形いそいで!
ベランを守るのよ!』
ベラン隊の隊員たちが動揺しながらも行動を開始する。
そんな中、敵から嘲笑うような通信が送られてきた。
『いようベランジェール、今日はいい天気だな。
死ぬにはいい日だ!』
「フォルトゥナートさん……!」
前回の北伐で裏切られた日以来だ。
彼はあいかわらずヘラヘラと笑っていた。





