以下略な昔話
リグーリア市街地で激闘がくり広げられていた頃。
城壁外部の草原でも戦闘がおこなわれていた。
魔王によって呼び寄せられた悪魔の大群。
あらかじめ待機していた第三騎士団と決死隊がこれに当たっていた。
『ぬがああっ!』
一際威勢よく暴れる天馬騎士。
搭乗者はもちろん老将グスターヴォ・バルバーリだ。
『雑魚ばっかりでなんか退屈じゃのぉ!
やっぱり市街のほうへ行くんじゃったわい!
リカルド、わしもあっち行っていいか!』
一つ目巨人を踏みつぶしながらワガママを言うクソジジイ。
倍以上の敵にかこまれながら退屈だとはどういうことだ。
『いや勘弁してくださいよ。
ヒマ潰しにゃ十分でしょう』
リカルドのケンタウロス騎兵もクロスボウの矢をはなって次々と敵を爆殺していく。
矢の残りはもう少ない。
無くなれば槍で、槍が折れれば剣で。
そこまで戦いつづけても余るのではないかというほど、敵の数は多い。
部下の機兵たちも必死こいて頑張っている戦況だ。
これで敵の強さがどうのこうのというのは欲張りすぎるだろう。
グスターヴォは新品同然の手槍をブン回しながら、なおもグチを言いつづける。
『なんじゃのォ、ちょっとばかり牢で寝ておるうちに、どいつもこいつも戦いかたが贅沢になってしまいおって。
わしが新兵の時なんぞ、頭を下げて先輩のお古を分けてもらってたもんじゃ!』
グスターヴォの槍は軍の標準よりも重く、そして長めに作り直してある。
こんなことは勇輝にとっては非常に簡単なことで、彼だけではなく希望者全員の守護機兵を一人一人の好みに合わせて調整してあった。
装甲を厚くしたり軽量化したり、武器を重くしたり軽くしたり。
戦いが終われば新品同様に修復もしてもらえる。
当然のように無料で。
こんなことを新兵たちは当たり前のように受け取っている。
聖女が組織内にいるからできることであった。
『グチっても仕方ありませんよ!
若けえ奴らがドンドン変えてく世の中になっちまった!』
とうとうリカルドの矢がつきた。
クロスボウを捨てて槍をかまえる。
『フン若いの、か』
リカルドは四十代なかば。
グスターヴォからすればまだまだ年下ではあるが、気持ちは分からんでもない。
『もう十年も前になるか。
貴様が第四の副団長から降格されたのは』
ピクッ、とリカルドが反応した。
『……昔の話はよしてくださいよ』
嫌がる中年に対し、老害はなおも絡む。
『女で落ちて女で上がる。
おかしな男だ、貴様は』
『チッ』
リカルドはケンタウロス騎兵でドッと押し出し、やつ当たりのように悪魔を殺しはじめた。
聖都にはあまりにもありふれている話で、ほとんどの人たちが忘れてしまっていたことである。
リカルド・マーディアーは酒と博打に溺れて多額の借金をかかえ落ちぶれていた。
そこをヴァレリア・ベルモンドに拾われ、遊撃隊隊長として再起をはたす。
しかし再起ということはそれ以前があったわけで、くわしい話を記憶している者は今の聖騎士団の中にはほとんどいない。
おぼえていたところでわざわざ口に出す内容ではなかった。
かつてリカルドは第四騎士団の副団長であった。
コネもないのに三十代なかばで副団長なら、なかなかのスピード出世である。
順風満帆かと思われた彼の人生だったが、思わぬ落とし穴があった。
流行り病によって妻と一人息子がこの世を去ったのである。
まず息子が病没し、つづいて妻が発症した。
リカルドはせめて妻を最期まで看取ろうとしたが、悪魔の襲撃がそれを許してくれない。
それでも家に残ろうとするリカルドを妻は無理に送り出した。
「聖騎士としてのつとめを果たしてください」
と言って。
それが愛する妻とかわした最期の会話になった。
もうそこからは本当にありふれた展開である。
心の中の虚無をうめるために男は酒と博打に溺れてしまう。
そのあまりに乱れた有り様を見かねて、当時の騎士団長たちはリカルド・マーディアーから副団長の地位を剥奪した……。
十年ほど昔の話だ。
おなじ流行り病で人生がゆがんでしまった者は多く、似たような不幸話はいくらでもある。
だからすっかり忘れさられた過去だとリカルド本人も思っていたのだが、よりにもよってこの老害がおぼえていやがったとは。
ちなみにこのジジイもリカルドから身分を剥奪した人物の一人である。
グスターヴォは当時からつい最近までずっと第三騎士団長であった……。
『面白いのぉ』
昔話をしながら敵を殺戮しつづけるグスターヴォ。
ついでで殺される悪魔たちが少しかわいそうだ。
『こんなジジイになっても死ねぬ者もいれば、鼻つまみ者が騎士団の主になることもある。
世の中ってやつは訳がわからんのぉ!
ガッハッハッハ!』
大笑いしながら殺戮をつづけるグスターヴォ。
関係ない状況で消えていく悪魔たちが(以下略)。





