ドラゴンスレイヤーズ
ジリ、ジリ、とゆっくり間合いを詰めようとするランベルト。
目ざわりな彼の首を落とそうと、長い腕を振って大剣が横からせまる。
ビュオッ!
長い金髪が切断されて宙を舞った。
ランベルト本人はしゃがんで斬撃を回避している。
ならばと今度は胴の高さに斬撃がせまった。
ブォン!
ランベルトは後ろへ跳んでこれを回避した。
着地したランベルトは、またジリジリとグレーゲルに近づいていく。
次は正面からの鋭い突き。
ヒュボッ!
これも紙一重で回避。
逃げ遅れた金髪が一房切り裂かれて宙に舞う。
しかし突きを最小の動きで回避したランベルトは一瞬のスキをついて前へ出る。
「オオオッ!」
愛用の剣を横へかまえて突進する。
しかし、四本目の腕がショートフック気味に打ち込まれてきて、ランベルトの突撃は妨害されてしまった。
ガキン!
鈍器のような重い一撃を剣で受け止める。
あやうく倒れそうになりながら、ランベルトはたまらず後退した。
横、横、縦、そして横。
グレーゲルがあやつる四本の腕は縦横無尽に暴れてランベルトを狙う。
だがそれもいいかげん見慣れてきた。
そしてグレーゲル自身、少しずつ疲労してきている。
機は熟したといっていい。
(気づけ)
ランベルトは凛然と身構えながら、心の中で祈るようにつぶやいた。
(私が仕掛けた罠に、気づけ)
ランベルトはただ有るがままに戦っていたのではない。
わざとおかしなクセをつけて戦っていた。
相手がランベルトの能力を誤解するように。
間違った情報を元に最適化してしまうように。
「シツコイ……!」
四本の腕がまたもやせまり来る。
縦切り。
ランベルトは前へ出ながら身をひねってかわした。
ヒザの高さへ横切り。
軽やかに跳躍して回避。
直後に首を狙った横切り。
腕立て伏せの要領で身を伏せて回避。
倒れたところを狙って突き。
真横へ転がり、またちょっと前へ進む。
そこへまた横薙ぎ。
ランベルトはギリギリの所で後ろによけた。
彼は横からの攻撃で苦労し、縦からの攻撃には楽をしているように見せつづけた。
自然自然と左右からの攻撃が増え、縦切りや突きの攻撃が減ってくる。
魔人の攻撃は複雑玄妙なものから単調なものへと劣化していき、とうとう四本すべての攻撃が大きく腕をひろげての大振りなものになろうとした。
(今だ!)
この瞬間を待っていた。
すべての腕を大きく広げ、中央がガラ空きになるこの瞬間を。
ランベルトは全力で前に跳んだ。
そして風魔法を駆使し、目の前には障壁を、そして後ろからは推力をえる。
今ランベルトは一本の矢と化し、魔人めがけて突き進む!
「グアアアッ!」
グレーゲルは四本の腕で矢と化した彼を叩き落そうとした。
だが間に合わない。
次に衝撃波で破壊しようとした。
だが風の障壁で防がれてしまう。
最後に魔力の盾をつくって身を守ろうとした。
しかしランベルトの全身全霊をこめた一撃をくい止めるだけの魔力は、魔人には残されていなかった。
バリィィィン……!
闇の魔力でつくられた盾を突き破り、ランベルトの剣は正確に魔人の心臓をつらぬいた。
「ガ、ア……」
グレーゲルの身体が指先から黒い霧になって消えていく。
「我々の勝利だ、戦士よ」
ランベルトは勝利を確信したが、それでも油断なく魔人の最期をみとどける。
悪あがきになにかするかもしれないと思ったが、しかしグレーゲルは何もしなかった。
最期に主君の名を呼び、最強の魔人はこの世から消え去る。
「ユーリ、様……」
あとには遺体すら残らない。
完全な無になってしまった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
グレーゲルの消滅と同時に、ブラックドラゴンの身体が崩壊をはじめた。
元々強引に誕生させた魔王だ。
自分で肉体を維持させることができないらしい。
『クエエエッ!』
主の危機にランベルトの《銀の鷹》が駆けつけてくれる。
彼は無事機兵の中に乗り込み、上空から崩れゆくドラゴンの身体を見下ろした。
「議論では奴に勝っていなかったかもしれないな」
グレーゲルの中には、自分とは相いれない形の主義主張が宿っていたように思う。
彼の言い分に対し、ランベルトはまともに言い返すことができなかった。
だからといって彼が正義だとは思わないが、うまく返す言葉が今でも思いつかない。
ランベルトたちが勝利したのは彼らが正しかったからではない。
強かったからだ。
このリグーリアを守る軍より、攻めた自分たちの軍が強かった。
それだけのことだった。
戦争に勝つのはより正しいほうではない、より強いほうだ。
そのことを体現してしまった自分の存在がなんとなく虚しいものに感じられる。
『ランベルトー!!』
しんみりしているランベルトの所に、勇輝たちが飛んできた。
『やったな! やったな兄貴!』
能天気な笑顔を浮かべて義妹が勝利を喜んでくれる。
後ろから来る連中も大喜びだ。
「ああ、そうだな。
なんとか生きのびたよ」
ランベルトは仲間たちの笑顔につられて笑うのだった。





