ブラックドラゴンを粉砕せよ
『は!?
ムリムリ!
二、三日は誰も動けねーよ、無茶いうな!』
不良天使ぺネムは無慈悲にも勇輝の要請にノーを突きつけた。
『第七天使の旦那が言ってただろうが、世界中がパニックなんだよ!
こんな時に新しい魔王なんか呼んでんじゃねーよアホ!』
『俺じゃなくて敵が呼んだんだよダメ天 (ダメな天使の略)!
もういいからお前だけでも来い!』
『あいにく俺も出張中!
アラゴンで華麗な初陣をキメた俺様の雄姿をおがめなくて残念だったなヘボ聖女め!』
アラゴンというのは聖都のすぐ南にある王国だ。
かつてどうしようもない女好きの王子様とトラブルになって、海岸で爆破したことがある。
その王子が生まれた国だ。
『どうせまわりの足ひっぱってるだけだろうが』
ついいつもの調子で悪態をついてしまう。
今はそれどころではないのに。
『天使の力を借りずに魔王を浄化する方法はないのか?』
『わるいな、無い。
せいぜい物理で殴って粉々にぶっ壊すくらいだ。
それで時間かせぎにはなる』
『粉々、って……』
勇輝はチラっと後ろをふり返った。
今、ランベルトたちがブラックドラゴンと死闘を演じている。
規格外の巨体と戦闘力をもつアレを、粉々にしろだと?
『で、それでどれだけ時間をかせげるんだ』
『さあな……。
また地の底に沈殿したら魔王になって復活してくる。
沈んで固まるまでにかかる時間なんて想像つかねえよ。
まあたぶん、復活してくるころには俺たちもそっちへ参加できるんじゃねえかなあ……』
『……貴重なご意見どうもありがとうよ』
これ以上話していても仕方がないようだ。
通信を切ろうとする勇輝にむかって、ペネムは最後にひと言。
『死ぬんじゃねえぞ、アホ聖女』
『おう、お前もな』
これが悪友とのお別れにならないことを祈って、二人は通話を終えた。
『ランベルト、それにみんな!』
勇輝は戦場の仲間たちに今の会話をつたえる。
調子のいいウソをつく、ということはやめておいた。
上手なウソつきならば味方を喜ばせるためにそういうこともするだろうが、勇輝の性格ではちょっと無理だ。
『……というわけで天使の援軍は当分期待できない。
俺たちの手で奴を破壊する!』
総長代理の絶望的な決定を聞いて、聖騎士たちは『マジかよ……』と青ざめた顔で苦笑するしかない。
できれば安全な場所に撤退して作戦を練り直したいところだが、その『安全な場所』というのが今は地上のどこにも存在しない。
聖都にあらわれた魔王はその場から動かない存在だったので、最悪の場合は聖都を捨てて逃げるという考え方もあった。
だがいま目の前にいるブラックドラゴン、こいつは空を飛んでどこまでも追ってくる。
追ってきた先で悪魔の群れを呼び寄せ、結局おなじ展開を作り出すだろう。
だったらジタバタせずに腹をくくり、この場で決戦を挑んだほうがいい。
戦死者というのは意外にも戦っている時ではなく、逃げるときにより多く出る。
無防備な背中を討たせながらあてもない逃亡をおこなうくらいなら、このまま戦いつづけるほうがいくらかマシ。
いわゆる無策の策、下手の考え休むに似たりという状況だった。
『ならフーフーとネクサスを使うか?』
これはランベルトの声。
ルカは今ベランジェールと共に後方で待機させている。
たしかにここは大火力型である両機の出番だろう。
『うん、そうしよう』
さっそく後方の第二騎士団に連絡しようとする勇輝。
しかしランベルトは話をつづけた。
『待つんだ、その前にいくつか聞きたいことがある』
『なに?』
ランベルトの乗る神鳥は、部下たちと戦うブラックドラゴンを指さした。
『アレは、その何というか、人間が中に入っているのか?
なにげなく会話をしておいて今さらだが、見るからに生き物ではなさそうなのだが?』
『ああ、グレーゲルっていう魔人が中にいるはずだ。
頭か、胸か……、たぶんどっちかにいるんじゃねえの?』
手足、あるいは翼とかに隠れているとは考えにくい。
それくらいならクリムゾンセラフの火力でも破壊できてしまうから。
そうでなくとも頭や胴の中心部に居たいと感じるのが本能ではないだろうか。
『フム、あの巨体だ、そのグレーゲルとやらを倒す以外に勝ち筋はないだろう。
エネルギーの無駄遣いをしていては、勝機はつかめない』
彼の言い分は理にかなっている。
魔王の巨体をまるごと粉砕するというのはやはり現実的ではない。
『すこし、自分にまかせてくれないか』
ランベルトに考えがあるようだ。
『奴の本体がどこなのか、探ってみようと思う』





