第三十一章 炎熱の空中戦
およそ一時間後、勇輝たちは聖都上空で激しい戦闘をくり広げていた。
『うおりゃーっ!』
気合一閃。
グロテスクな口を広げて向かってくる巨大トンボを、クリムゾンセラフが真っ二つに叩き切る。
紅い天使の両手には、光り輝く大きな日本刀が一本ずつ握られていた。
騎士から槍を分けてもらって、改造したものだ。
『ったく、キリがねえ!』
ぼやく勇輝の横で、クラリーチェの《銀の鷹》が蝙蝠の羽を引き裂き、蹴り落とした。
『一体撃墜した程度で気を抜かないで!
弱い悪魔でも、囲まれたら終わりよ!』
『りょーかいりょーかい!』
元気だけは一人前の勇輝だ。
次々と獲物をとらえ刀のサビに変えていったが、それでも空をおおう怪物たちの数はまるで減っているようには思えない。
『想像以上にひでえ、これが戦場か……』
地上を逃げまどう人々を見つめながら、勇輝は苦い表情でつぶやいた。
多くの建物が倒壊し、その大量の瓦礫は道をふさいで街を迷路にしてしまった。
しかも地震のせいで発生した各地の火災は、まるで鎮まる様子を見せず燃えさかっている。
出口の見えない火炎の迷宮、そして空を飛び回る怪物の群れ。
まさに地獄絵図だ。
『おっと、まずいな』
勇輝は地上の一点を見て声を上げた。
火災をさけながら地上を走る十人ほどの群れが、瓦礫の山にはばまれて立ち往生している。
『大丈夫だ、今すぐどかしてやるからな!』
勇輝は機兵を地上に着陸させ、瓦礫の山を魔力で溶かして平らな地面を作った。
立ち往生していた人々は口々に「おお奇跡だ!」などと言って騒ぎ立てる。
『さあ行け、早く』
「あ、ありがとうございます……あ、危ない!」
クリムゾンセラフにお礼を言って立ち去ろうとする人々は、空を見上げて悲鳴を上げた。
勇輝がハッとして見上げると、上空から真っ黒い鴉が急降下してくる。
――クエエエエェ!
『うわっ!』
かろうじて刀で頭を防御した勇輝だったが、鋭い鉤爪に上半身を傷つけられ、そのまま真横の家屋に激突してしまう。
『う、ぐ……!』
衝撃と激痛で意識を失いかける勇輝。
鴉は止めを刺しに襲いかかってくる。
だが、そこまでだ。
突如飛来した無数の矢が、鴉の巨体に突き刺さる。
――グワアアアァ!
矢はまばゆい閃光とともに爆発し、化物鴉の肉体を粉々に消し飛ばした。
『まったく危なっかしい奴だ』
矢が飛んできた方向には、見おぼえのある半人半馬のケンタウロス機兵団が。
クロスボウを構えた《ケンタウロス》から、、リカルド隊長の声が聞こえた。
『無事か、クソガキ!』
『は、はは、何とか……、イダダダ!?』
勇輝は苦笑しながら、クリムゾンセラフの身を起こした。
だが背中に強烈な痛みを感じて、ヒザをついてしまう。
『うわー。隊長、こりゃヒデエわ』
《ケンタウロス》の一体が、クリムゾンセラフの片翼を拾いあげた。
根元からボッキリへし折れてしまっている。
痛みの原因はこれだ。
『あ、ダメだこりゃ、家に帰って寝てろ』
リカルド機から優しいんだか冷たいんだか分からない声。
勇輝は意地をはって言い返した。
『いや、まだいけますよ!』
『……翼のねえ鳥でどういけるってんだ、このアホウドリが』
『だれがアホウドリだ!
いいからくっつけて、直すから、直すから! ホラ!』
クリムゾンセラフは翼をつかんでいる一体に背中を向け、押しつけるようにグイグイ近づいた。
『はあ~?』
まだ若そうな隊員の声は疑惑と憐憫に満ちていたが、それでもへし折れた背中の断面部分と、両手で持っていた翼の根元をくっつける。
次の瞬間、ピカッと光って元通りにくっついた。
『ホラ直った! もう大丈夫だろ!』
自慢気に羽ばたかせ、宙に浮かび上がる。
『なんと、まあ……』
翼を拾ってくれた騎士は、驚きのあまり返事に困ってしまう。
『ありがとね、またあとで!』
飛び上がるクリムゾンセラフに、リカルドは大声で呼びかける。
『地上は俺たちにまかせろ、飛べる奴は飛べる敵だけ相手してりゃいい!』
『了解っ!』
少女の操る天使は、あっという間に夜空の向こうへ行ってしまった。
『……ったくあのガキは、すごいんだかダメなんだか分かりゃしねえ』
つぶやくリカルドの背に部下の声がかかった。
『隊長あっちの方で新手です、城壁の裂け目から侵入した蜥蜴型が五匹!』
『おう! 叩き潰して丸焼きにするぞテメエら!』
『オオオオオオオオ!』
猛々(たけだけ)しい騎士団は、新手に向かって突進していった。
『ユウキさん、無事でしたか!』
上空に戻った勇輝を待っていたのは、ランベルトの安堵の声だった。
『うん、心配かけてごめん。下でリカルドのおっさんに助けられた』
水晶スクリーンに映し出されたランベルトの顔が、少し厳しいものに変わる。
『もう勝手な行動はつつしんで下さい、あなたは初めての空中戦なのですから』
『っていうか機兵に乗ったの自体、まだ二回目なんだけどな』
『ならばなおさらです。どんなに才能があっても、あなたはまだ初心者なのですよ』
『へーい』
耳障りな説教を聞き流していると、スクリーン上にヴァレリアの顔が映った。
『ランベルト、そちらの戦況を報告してください』
彼は率直に状況を報告する。
『はっ、残念ながら非常に苦戦しております。
魔王に群がっていく敵の数は確認できただけでもおよそ二千。
とても我々の戦力だけでは対抗しきれません』
『そうですか、ですが他の部隊も手一杯で増援は送れません。
何とかあなた方のみで戦闘を継続してください』
『了解っ、弱き者の盾になる事こそ騎士の本望、精々敵を蹴散らしてご覧に入れます!』
『ええ、頼りにしていますよ』
そう言い残して通信を切ろうとする彼女に向けて、勇輝が割り込んだ。
『待ってください、避難はどれくらい終わってるんですか』
『まだ半分程度といった所でしょうか。
あなたの指示通り地区ごとの教会に避難させてあります』
まだ半分。
勇輝の顔は苦りきった。
『もっと早くなりませんか、このままじゃこっちが持ちませんよ!』
『まあまあ、申し訳ありませんが、なにしろかつてない規模の災害にどこもかしこも人手が足りず、現状で精一杯です。
なるべく早く避難を終わらせられるよう尽力いたしますので、もうしばらく辛抱してください』
そう言って、ヴァレリアの姿はスクリーンから消えた。
『むむむ……』
『しかたがありませんよ、今は戦いに集中しましょう』
しぶしぶうなずきながら、勇輝は違和感をおぼえた。
いつもならこの辺でクラリーチェが割り込んでくるはずなのに、今回だけ反応がない。
彼女の《銀の鷹》はだまって横を飛んでいた。
『クラリーチェ、ひょっとして疲れた?』
『……………………』
なぜか返事がない。
ランベルトも異常に気づいたらしく、彼女に話しかける。
『どうしたんだい、負傷したのか?』
『……………………』
やはり返事がない、二人はいよいよ不安になった。
一見したところ彼女の《銀の鷹》が深刻な傷を負っているようには見えない。
いったい何が起こったのか分からず、勇輝たちは機兵の顔を見合わせた。
『嘘でしょ……』
ようやく彼女の声が聞こえた。
何だか分からないが、とにかく無事なようだ。
『どうしたんだい、説明してくれ』
不安げなランベルトの問いに、クラリーチェはふるえる声を返した。
『零時方向、最大望遠で確認して、大至急!』
零時とはつまり真正面だ。クリムゾンセラフの眼では地上の火災と夜の暗闇しか見えない。
だが、文字通りの鷹のように鋭い眼を持つ《銀の鷹》は、何かを発見したようだった。
『な、何という事だ!』
ランベルトは目の前の出来事を理解して、絶望的な声を出した。
『ど、どうしたんだよ二人とも、何を見たんだ?』
『自分の眼で確かめてください。こちらの視覚情報を送ります!』
彼はそう言ってクリムゾンセラフに映像を転送してきた。
はるか遠方の闇夜に、無数の黒い粒々が浮かんでいる。
数などはとても数え切れるものではない。
二千、いや三千、もしかしたらそれ以上の黒い粒。
それがまるで一匹の大蛇のようにうねりながらこちらに向かって来ている。
非常に深刻なタイミングの敵増援だった。





