黒き颶風
マキシミリアンは実に正確に作戦を遂行してくれた。
陸と海の敵をひきつけたおかげで、敵中央の守りが手薄になっている。
「いやー優秀だなあマッキー。
言われたことを言われたとおりにやるって、けっこう大変なことなのに」
「ああ、彼は実に見習うべき騎士の鑑だ」
後方で待機していた空戦隊の中に、勇輝とランベルトの姿があった。
彼らは作戦の都合上、出撃の時が来るまで戦場に姿を見せてはならない。
なのでマキシミリアンの堅実な戦いぶりをじっくりと見させてもらっていた。
「よし、そろそろ俺たちも行こうぜ兄貴!」
「ああ! そうしよう!」
兄妹は同時に魔法の指輪をかかげ、それぞれの守護機兵を召喚する。
紅の熾天使クリムゾンセラフ。
銀の羽毛につつまれた鳥人神鳥。
『行くぞ空戦隊!
ねらうのは敵の本丸、リグーリア政庁舎だ!』
大空へ舞い上がるクリムゾンセラフを先頭に、およそ百機の飛行型機兵がつづく。
勇輝がつくった小型天使『赤備え』。
《銀の鷹》。
《伽藍鳥》。
城壁の上を通る直前、勇輝は上空からマキシミリアンの乗るケンタウロス騎兵に話しかけた。
『ありがとう!
俺たちも行ってくる!』
『了解だ、健闘をいのる』
マキシミリアンはそう言うと、しかめっ面で胸に手を当てる。
生真面目というか、一本気というか、堅物というか。
騎士道を人型に溶かしこんで形にしたような男だった。
城壁をはさんで戦う敵味方の陸戦部隊を飛び越えて、勇輝たちはリグーリア内部に突入していく。
地上から弓矢で撃ってくる敵もいたがほとんど効果はなかった。
無視してそのまま中央にむかって飛んでいく。
勇輝たちはほんのちょっと前、このリグーリアに滞在していた。
この街の地図も政庁舎の場所も頭に入っている。
そういう意味では攻めやすい都市だ。
途中、リグーリアの住民たちが自分たちを見て逃げまどっているのを数回見かけた。
恐怖に引きつった顔で自分たちを見上げる住民たち。
彼らが《呪われし異端者たち》なのかどうか、それはわからない。
どちらにせよ武器を持たぬ一般人を苦しめる結果になっているのは心が痛んだ。
ここはゲームの舞台ではない、自分たちは本物の戦争をやっているのだ。
戦場になってしまった場所に住んでいる者たちは罪もないのに犠牲になる、それが現実だった。
かつて勇輝が日本で暮らしていた時、とあるロボットアニメ映画のオリジナル版を観て悲惨さに愕然としたことがある。
地上波のテレビ特番として放送されていた時は、残酷すぎたせいかそのシーンは丸ごとカットされていた。
主人公の住む街が戦場になって、敵味方の戦いが激しすぎて民間人が巻き添えとなる。
ある意味戦争モノとしてありがちなその様子が、テレビで放送できないほど生々しく、ある意味高すぎるクオリティで描かれていたのだ。
これから勇輝たちもそんな戦いをしなくてはいけない。
かつてユリアナと肩を並べて歩き、語りあった街で。
気の重いことだ。
『できるだけ被害は少なくしたい、速攻で決めるぞ!』
『了解!』
聖都ほど巨大な街ではない。
一直線に高速飛行してきたので、はやくも政庁舎が見えてきた。
いける。
勇輝は少し希望があると感じた。
まだ民間人の犠牲は一人も出ていない。
あそこにいるお偉いさんたちを締め上げればこの戦いは終りだ。
このままいければ最良の勝利を得られる。
やや焦りながら先を急ぐ勇輝の前に、しかし巨大な敵が姿をあらわした。
大地を割り、地の底から巨大な黒い影が飛び出してくる。
空をおおう巨大な黒い影。
そいつはまったく典型的な大ボスの姿をしていた。
巨大なコウモリの翼。
黒光りするウロコでびっしりとおおわれた巨大な爬虫類の身体。
まさにファンタジーの王道、ブラックドラゴン!
『待っていたぞ魔女。
今日こそ貴様らの最期だ』
『その声、グレーゲルか!』
『クッ』
グレーゲルは笑った。
数の上では圧倒的に勇輝たちが勝っているが、まるで気にした様子がない。
『今さら我の名前をおぼえたか。
だが無意味だ、ここで終わる命だからな!』
黒竜は翼を大きく羽ばたかせる。
『ぐあっ!』
ただの羽ばたきひとつで台風のような強風が巻き起こる。
勇輝たちは強風に翻弄され、隊列がくずれた。
『ヤロウ……。
それがお前の切り札か!』
勇輝が刀をかまえて突撃する。
戦いがはじまった。





