到着、ここが戦場だ
かつて大激戦があった例の林道には、悪魔たちがわずかな群れをなして居残っていた。
『仲間たちのかたき!』
『あの恨み、忘れたとは言わさんぞ!』
先頭を行く第二騎士団員たちにとってはむしろ敵がいてくれて嬉しい、というくらいであった。
前回大苦戦したのは敵が念入りに準備をしていたからである。
たまたま今日ここにいただけ、という程度の遭遇戦なら楽勝であった。
特にベランジェール率いる第二騎士団は合計三回目の森林地帯だ。
装備も熟練度も他の騎士団とは段違いであった。
長い武器は基本NG。
弓矢も木が邪魔で中近距離にしか放てない。
剣や槍は短いものが使いやすい。
あとは副武器として投げナイフなんかがあると結構便利。
今回は聖女が一緒に来ているので、ナイフなんて地面からポコポコはえてくる。
使いたい放題だ。
おかげで中間距離で身構えることのできなくなった敵は、逃げるか攻めるか極端な二択を強いられてしまう。
結果として楽な戦いとなった。
もはやこのあたりは敵地といっていいい領域のため、勇輝たちは《銀の鷹》を大量にはなって偵察を徹底的に重視しながら進んでいく。
さいわい強力な伏兵がひそんでいるということもなく、聖騎士団は林道をぬけ広い草原へと出た。
この地こそ、軍首脳部が最終決戦の舞台だと想定した土地である。
騎士団総長代理・相澤勇輝は当初の予定どおり部隊を三つにわけた。
一つはリグーリア攻略部隊。
担当は勇輝、ランベルト、マキシミリアン。
二つ目は大森林から《呪われし異端者たち》が出撃してきた場合にそなえる部隊。
こちらの担当はリカルドとグスターヴォ。
最後にベランジェールの部隊だが、こちらは予想外の事態にそなえて温存しておく。
ひときわ大きな総長用のテントの中。
勇輝と騎士団長たちは集合して最後の事前会議をおこなう。
「フン、来るかどうかもわからん敵を待ちつづけるとは、退屈な役目よの」
グスターヴォがつまらなそうにぼやく。
この老人、元からこうなのかそれとも引退してテキトーになってしまったのか、発言内容に無責任なものが多い。
「でもね、あなたとリカルドさんは草原での戦いに慣れていますから、適任なんですよ。
間違っても森林に突っ込んだりしないで下さいよ?
木が邪魔でぜったいつまらない戦いになりますからね?」
勇輝は気をきかせたつもりで『つまらない』という言い方をした。
苦戦とか厳しいとかいう言い方をすると、ムキになって突っ込むかもしれないからだ。
「わかっとるわい! うっさいのう!」
グスターヴォは言い足りないのか、それからもブチブチとひとり言を言いつづけた。
まったく面倒くさいジジイだが、草原での戦いなら間違いなくこの男で決まりである。
聖都東部守護、第三騎士団の長を長年つとめた男だ。
東部にひろがる大草原。
あそこで何十年も戦いつづけた男たちの主である。
現・第三騎士団長のリカルドもつけた。
人数こそ少ないが、きっとここの戦力が一番安定しているだろう。
「で、リグーリア攻めだけど、基本的には政庁舎を落とすってことで良いわけね?」
「そうだ」
勇輝の問いにランベルトが答える。
「マキシミリアン殿の第五騎士団が陸と海から挟撃して敵兵をひきつけ、私と君の飛行部隊で一気に庁舎を落とす。
敵は分かっていても対処が難しいだろう」
マキシミリアンが無言でうなずいた。
陸・海・空からの同時攻撃。
たしかに守る側からしたらたまったもんじゃない。
聖都も魔王戦役の夜に似たような状況になって、とんでもない被害が出たものだ。
「でも敵がどんな作戦でいるかわからないね」
「戦いなんて元々そういうものさ。
我々は我々にできる最善をつくすしかない」
ランベルトはすでに覚悟が決まっているようだった。
無駄に力まず、騒がず、しかし緩まず。
理想的な精神状態を作ってきたようだ。
しかし敵だって馬鹿じゃない。
聖騎士団がここに到着したことをすでに知っているだろうし、作戦も真剣に練っているはずだ。
特に白髪妖眼のグレーゲル率いる魔人軍団。
やつらが命がけで抵抗してくるはずだ。
陸海空三方向からの同時攻撃。
有効な作戦のはずだが、そう楽には終わらないと覚悟しておくべきだろう。
「みんな、魔人が暗殺をねらってくるかもしれない。
得体のしれない魔法ばかり使ってくるやつらだから、くれぐれも警備をおこたらないでね」
勇輝が当然の指示を出すが、反応はそれぞれだった。
グスターヴォなんかはむしろ望むところ、といった顔。
マキシミリアンは実直そうな顔でうなずき、合意。
ベランジェールは顔を引きつらせて怖がる。
リカルドとランベルトにいたっては『お前が一番心配なんだよ!』という顔で勇輝をにらんでいた。
「さて、最後にベラン先輩」
「は、はいっ」
いざという時の予備戦力をになう第二騎士団長・ベランジェールはやや緊張した顔で総長代理の指示を待つ。
「用事があればこっちから言いますけど……。
基本、何をするかは先輩にまかせます」
「はあ?」
「後ろから見ていて動く必要があると思った時は、自由に動いちゃってください。
たぶんみんな目の前のことに必死でわけ分かんなくなっちゃうと思うんで、フォロー頼んます」
「えっ、えっ、そんなのでいいわけ?」
「いいっす」
とまどうベランジェールにむかって、勇輝は親指をたてた。
「信じてますから」
「は、はいい~!?」
いきなり全幅の信頼をよせられて、ベランジェールはむしろうろたえてしまう。
しかし勇輝の考えに賛同するものがあらわれた。
意外にもずっと沈黙していたマキシミリアンだ。
「うむ、君が背中を守ってくれるのなら安心だ」
「え!? なにそれ! え!?」
マキシミリアンは笑顔でうんうんとうなずいている。
ベランジェールは周囲の好感度が急激に上がりすぎていて、軽くパニックになった。





