戦友(とも)よ、せめて安らかに
聖都を出発した遠征軍は、数百機の守護機兵を先頭に草原を進む。
後ろにつづくのは輸送部隊である。
水、食料、薬品、そして武器防具の予備パーツなど、重要なものが山ほどあった。
――まずはリグーリアを落とす。
出発前の作戦会議でそう決まっていた。
リグーリアは港湾都市だ。港がある。
港が使えるようになれば水上輸送によって聖都から大量の物資を安定補給できるようになるのだ。
さらにリグーリアの人口を活用できるようになれば勇輝のエッガイシステムも使いやすくなるだろう。
例の大型魔導大砲を使えば天然の大要塞である大森林に大きな風穴をあけることもできる。
大森林の防御力さえ無くなってしまえばこちらのものだ。
主力の悪魔軍団を失った《呪われし異端者たち》などものの数ではない。
そういうわけで遠征軍は北へと進む。
勇輝やランベルトは二度目。
ベランジェールにいたっては短い期間に三度目である。
痛い目にもあっていることだし、いいかげんウンザリだろう。
そのベランジェールが率いる第二騎士団から、総長代理、つまり勇輝に報告が来た。
『北伐の戦場跡に到着。
機兵の残骸を整理せねば道を通れず、進軍停止の許可をもとめる』と。
騎士団総長フリードリヒと第一騎士団長エーリッヒが戦死した悲劇の地。
ベランジェールにとっても辛い思い出がつまっているはずの地である。
機兵の残骸を整理、という言い方をしてきたが遺体もそのままのはずだ。
つらい作業になるだろう。
「俺も行く!」
ひとっ飛びして手伝おうとする勇輝。
だが副官のリカルドが止めた。
『やめとけ、ガキが見るようなもんじゃねえ』
「俺が手伝ったほうが早いだろ!
イヤな役割だけ他人に押しつけられねえよ!」
止めるのも聞かず勇輝はクリムゾンセラフで急行する。
そこに待っていたのは予想以上の惨状だった。
数えきれないほどの守護機兵の残骸。
くだけた装甲に黒く変色した血の跡が付着している。
外に出て引き裂かれた聖騎士の遺体もあった。
悪魔は倒した瞬間に黒い霧となって消えるので跡形もないが、人間は違う。
姿かたちが残るのだ。
彼ら、遺体や残骸たちを、守護機兵たちが黙々と道の脇によけていく。
戦友たちの遺体だ。
つらくないわけがない。
だが、どけなければ通れないから。
のんびりしている時間はないから。
だから、生きている者たちは『作業』をおこなっていた。
基本的にはシンと静まりかえった現場に、ときおり「クソッ」といった声が聞こえてくる。
鼻をすする音も聞こえた。
「ひでえな、これは」
勇輝はたまらない気持ちになりながら、とりあえずベランジェール先輩のもとへむかう。
彼女の装甲馬車を見つけ、すこし離れた場所に着陸。
クリムゾンセラフから降りて馬車に駆け寄る。
「先輩!」
「あ、ユウキ様、いや総長代理」
「何でもいいですよ、そんなこと」
勇輝はベラン先輩のそばに寄る。
心なしか彼女も顔色が悪い。
目の前の惨状にひどく心を痛めている様子だ。
「あの……」
ダメもとで勇輝は提案してみる。
「お葬式とか……するのはダメっすかね?」
これは勇輝の優しさ、というか甘さから出てきた言葉だ。
ベランジェールもそれは重々理解しているので、悲しそうに微笑むしかない。
「時間の問題が、ね」
残骸の数はかなりのものである。
ちゃんとしたお葬式をあげる時間などない。
時間をかけすぎればリグーリアはいよいよ防備を固め、各地に散らばった悪魔たちもある程度再集結してしまうかもしれない。
もともと兵は神速を尊ぶという。
ゆっくりしていても良いことはない。
かわいそうだが戦没者たちはこのまま野ざらしにしていくしかない――。
――普通は。
「こっ、これならどうだろう!?」
勇輝はあきらめが悪く、頭も悪く、そして甘い性格をしていた。
人の命を合理的に『処理』できるほど優秀な指揮官ではなかった。
どん!
地面を軽くたたく。
小さな地響きとともに、街道の脇に大きく広い穴、というか窪みを作った。
「ここに遺体と残骸をならべて、俺が上から土をかぶせるよ!
で、石碑を建てるってどうだろう!?」
あまりにも必死にそう言うので、ベラン先輩はつい笑ってしまった。
顔も名前も知らない人のために努力する、それでこそ聖女らしい。
「命令とあれば、なんでもしますよ総長代理?」
「よ、よし、これは命令です!」
「はい、わかりましたぁ」
野ざらしのほうがもちろん作業が短くてすむ、しかしこれはこれで聖騎士団全体の士気が落ちるというデメリットがあった。
聖女の力で埋葬の時間が短縮できるというなら、そのほうが精神的に優しくていいかもしれない。
その証拠に暗い顔で作業をしていた男たちは、すこし救われた表情でテキパキと働きはじめた。
遺品を確保できるものは確保し、勇輝がつくった窪みに残骸を次々と横たえていく。
結局窪みは一つでは足りず複数つくることとなった。
勇輝は遺体と残骸の上に土をかぶせ、その上に石碑をはやす。
地面からはやした石碑に一部金属が混ざっているのを見つけて、ちょっと目に涙が浮かんできた。
下で眠っている守護機兵たちの一部だ。
非業の最期をむかえた上にこんなあつかいですまないが、どうか安らかに眠ってほしい。
勇輝は石碑の前に片ひざをつき、手を組んで祈りをささげた。
祈りは形ではなく心だと、ヴァレリアにそう習っている。
この片ひざをついた姿勢が今の勇輝の気持ちを一番あらわす姿勢だった。
ベラン先輩たち第二騎士団員もそれぞれの形で戦友たちに祈りをささげる。
祈りをささげ終えたあとで、聖騎士団は進軍を再開した。
石碑に碑文は刻んでいない。
そこまで考えている時間はないので、あとで考えよう。
かならずここへ帰ってきて、最高の碑文を刻もう。
先頭を行く第二騎士団が通りすぎて、後続の騎士団が次々と真新しい石碑の前を通る。
みなそれぞれ祈りをささげるなり、頭を下げるなりして、先に逝った戦友たちに思いをはせる。
戦意の低下は見られない。
むしろ決意を新たにし昂っている者が多かった。





